Single all the way. 2


 イブが明けたクリスマス当日。


 一晩中雪が降り続いたらしく、今朝、高層階から見えた街並みは見事なまでに白一色で、まるで特別な日であるように錯覚してしまった。


 俺にとってはやたら寒い事を除けば普段と変わらないただの一日。

 交通機関のマヒも特に無く、平穏そのもの。



 仕事を終えて帰る頃には雪はすっかり解けていて。

 雪解けの後の道はべちゃべちゃしていて、足に絡みついてくるようで実に鬱陶うっとうしい。

 幻想的な白銀の世界だった時とは対照的だ。


 そしてくたびれた革靴が水を吸ってしまった事もあるのだろう。



 帰りの足取りは昨日よりも少しだけ重たく感じた。





 


 帰宅してから4時間後――




 俺はPCに向かい、二律背反アルゴリズムの作成に没頭していた。



 いや、正確には没頭とは言えない。



 PCと向かい合ってはいるが、本当にただ向かい合っているだけで手が動いていない。

 昨日の夜の事が思い起こされるたびに集中できなくなってしまう。




 昨晩、ファシリとは何となく気まずい別れ方をしてしまった。


 しかし喧嘩をしたわけでもないし、謝る……というのもおかしい気がする。



 顔を突き合わせて何か言葉をかけなければいけない気がするのだが、肝心のその言葉が思い浮かばず、Faciliを起動することもできずにただ悶々もんもんと時間だけが過ぎていく。



 人事異動については、まだ面接を受けられるかどうかも決まっていないのだが、もし開発部側に申請が受理されているならば恐らく1月末当たりか遅くても二月初め。つまり準備期間は残り1ヵ月も無いかもしれない。

 

 理論はほぼ完成してはいるが、“ほぼ”ではダメだ。


 面接は一発勝負。


 システム上の矛盾はもっての他であるし、あらゆる質疑を想定しておかなければならない。



 なのに――。



 ……いや、いつまでこうしていても何も進まない。とりあえず、ファシリと顔を突き合わせてみよう。後はアドリブできっと何とかなるだろう。



 ついに思い至って、作業ウィンドウを閉じてファシリを起動する。



 ……はあ、今日もアレを言うのか。



 いや、むしろ今日を過ぎたら次は一年後と思えばそれほど抵抗感は無いか。



「メリークリスマス、ファシリ」



 その合図で昨日と同様にクリスマス仕様のウインドウが開く。



「メリークリスマスです。勉さん」



「今日はコスプレやめたんだな」 


「は、はい。あれはそのー、勉さんには刺激が強すぎたから……みたいな?」


「何か話し方がおかしくないか?」


 ……やっぱり何かしらの不具合があるんじゃないだろうか。


 と本気で心配する。


「大丈夫です。何もおかしい事はありません。それよりも、聞いてください!」


「何だ?」


「なんと今、春美さんがログインしています!」


「それ、そんなに大袈裟に言う事か? それに別の人とおしゃべりしてるんじゃないか?」


「それが、今ちょうど空いたみたいなんですよ! だから話すなら今ですよ⁉」


 ……あーなるほど。俺がログインしたタイミングと春美さんがフリーになったタイミングがジャストだったからテンション高めなのか。


 ここはファシリの提案に乗っておいた方がよさそうだ。



「……わかった。じゃあ、春美さんと繋いでもらえるか?」


 

「アイアイサー!」



 ……やっぱりテンションおかしいだろ。







「春美さんが申請を受理されたので、ライブチャットモードへと移行します。準備は良いですか?」



「ああ、いつでも」



 春美さんと話すのもだいぶ慣れてきた。顔や口調もそこまで意識しなくても自然に整う。



 ……さあ、まずはいつも通り和やかな挨拶から――って! え⁉ 何これ! は、春美さん⁉



 向こう側の映像がいつもと違う。

 いつもより遠望で春美さんの上半身だけでなく、下半身までモニターに収まっている――なんて事など細かすぎて全く問題にならない程の事態が起きていた。



 驚愕したのは春美さんの恰好。



 オフショルの赤いアレ。


 昨日ファシリが来ていたそれとほぼ同じ。

 そう、まさかのセクシーサンタコスだったのだ。



「は……春美さん⁉」



「め…目を逸らさないで、ちゃんと……見ていてくださいね」



 ……見ていてくださいってその露出度MAXの卑猥な姿を⁉


 何のご褒美――いや、これはむしろ一周回って罰ゲームなのか⁉



「ちゅ、注もーく……」



 と顔を赤らめながら右手を天に掲げる春美さん。


 ……おいおい、今度は何が始まるんだ?


 すると、春美さんは両手でハートを作ってぎこちないステップでくねくね踊りだし、

 

「私のハートをあなた……に……とど……け……とど……やっぱり無理ですぅうううう!!!」



 ……よくわからんが春美さんが自爆した。 



 事情はさっぱり分からないが、とにかくやらされた感が半端ない。



「ファシリ……お前がやらせたのか?」


『いいえ。違います』



 ……勘が外れたか。じゃあ、誰が?



 春美さんの顔が半狂乱におちいりそうなほど紅潮している。

 いっそ殺してくれと今にでも言い出しそうなこの異常な雰囲気を、まずはなんとかおさめないといけない。


「あの、春美さん? 何があったのか話してもらっても良いですか?」


「……はい」


 今さらながら涼しそうな胸元を両手で隠し、恥じらう春美さん。

 惜しい気もするが、どうやら冷静さを取り戻しつつあるようで何より。



 そのまま春美さんが逃亡して事件は迷宮入りになるかとも思われたが、供述する覚悟が整ったらしく、自ら沈黙を破る。


「その……友達に勧められたんです。これがライブチャットでのクリスマスの祝い方だよって……」


「これ……ってセクシーサンタコスで踊るのがですか?」


 それを聞いてまたのぼせ上がる春美さん。



 ……あ、ついセクシー言ってしまった。



 しかしあれはセクシー意外に言いようが無いだろう。プリティとかそんな生易しいものじゃないし、明らかに春美さんのキャラに合わない。いや、むしろエロティック……ってそんなことはどうでもいい!



「なあ、ファシリ。ホントにこんな祝い方が流行ってるのか?」




『私は知りません』



 ……え?




「あの、春美さん? ファシリは知らないと言っていますが……」



 魂が抜けたように膝から崩れ落ちる春美さん。



「……そ……そんなあ……。私、ひょっとして……友達にからかわれたんでしょうか?」 



 今にも泣きそうな顔で なんかもう悲壮感が半端ない。

 


「ん……んー、どうでしょうか。そのお友達の事を知らないので俺には何とも……」


「同じ大学に通う留学生の方でとても陽気……というか変わった方です」



 ……陽気な留学生か。海外では実際に流行っている可能性があるから何とも言えない。しかし、ファシリが知らなかったという事は……。



「一つ言えるのは日本では流行っていないということですね」


「……はうぅぅ……」



 今さらスカートのすそを引っ張ってその激烈な短さをどうにかしようと抵抗する春美さん。

 結構しっかり目の生地なので伸ばすのは難しいと思う。



「あの、見なかった事にしますから、あまり落ち込まないでください」


「……ぅぅぅ」


 ……だめか。というかちょっと失礼だったか。あんな物を見せられて、正直忘れられる気がしないし。



「えーと……なら、俺の心の中だけに留めておいて絶対に他言はしませんから」


「本当ですか? 私の勇気無駄じゃなかったですか? 私ただの恥ずかしい人になってませんか⁉」



「いや、その……少なくとも俺は良いもの見せてもらえたのでハッピーといいますか……そう、こんな楽しいクリスマスは初めてなので、春美さんにはとても感謝しています。だから恥じらう必要も無いと思いますよ」



「勉さんに喜んでいただけたのでしたら、私は救われますぅ」



 とろけそうな笑顔を見せる春美さん。


 

 よくわからんがこれは解決したという事でいいのか?



「あのー、でしたら勉さんもやっていただけますか?」


「はい? え? 俺はコスプレ道具は持ってませんけど……」


「その……男性バージョンは裸ネクタイ……らしいので勉さんならできるかと……」


「いや……それはちょっと……」


「どうしてですか⁉」


「どうしてって――」



 うん、春美さんには悪いがさっき否定したばかりの言葉を使おう。





「――恥ずかしいからです」



「そ、そんなぁ……」



 春美さんには申し訳ないが若手の忘年会芸よろしく醜態しゅうたいをさらすつもりはない。というか、春美さんの様子が明らかにおかしい。


 テンション駄々下がりのはずなのに春美さんの顔はまだ真っ赤。



 ……これはつまりそういう事だ。





「春美さん、お酒飲んでますよね?」


「どうしてわかったんですかぁ?」



 なんかイントネーションが微妙におかしいし、恰好だけでなく春美さんそのものから妖しさを感じる。



 つまり、友達と飲み会してそのままのテンションで俺とチャットしてしまったという事だろう。



「明らかに普段と様子が違うからです。ちなみに俺とその友達以外にその姿をみせましたか?」


「何言ってるんですかぁ、そんなわけないじゃ無いじゃないですかぁ」



 ……よかった。まだ、被害は少ないらしい。



「とにかく、今春美さんは冷静な判断能力を失っているので、とっぴな行動はとらないようにしてください」


「とっぴな行動って例えばどういうことですかぁ?」


「例えば、そういう格好で人前で踊ったり、街に繰り出したりといった事です。たぶん、後でめちゃくちゃ後悔しますよ?」



 ……俺にさらした時点で、もう手遅れかもしれませんが。



「こんな寒い格好で外に出るわけないじゃないですかぁ」



 ……いや、最大の問題点はそこじゃ無いんだが。まあ、いい。



「そうですね。風邪を引いたら大変ですから今日はしっかり水分を取ってからお風呂に入って暖かくして寝て下さい」



「わかりましたぁ。勉さんはやっぱり優しいですね」



「そ……それはどうも」



 そうしてライブチャットを終了しようとした寸でで、ふと、気づく。



「そう言えば言い忘れていました。メリークリスマス、春美さん」


「はい。メリークリスマス、勉さん」




 そして今度こそチャットを終了。




 最後の彼女の笑顔はいつもの春美さんだったような気がする。


 賑やかなクリスマスも案外良いものかもしれないとふと思った。



 ……それはそうと今日あったことは俺の心の中だけに留めておこう。



 そう固く誓って目を開けるとやたらどや顔のファシリがいて、




「春美さんの雄姿……バッチリ録画しておきました!」


「お前は鬼か!」



「え⁉ 今目をつむって、“あー録画しとけばよかったー”ってなげいてたんじゃないんですか⁉」


「お前は俺を何だと思ってるんだ⁉」









 後日、春美さんからお詫び――というか懺悔ざんげコメントが雪崩のように送られてきたのは言うまでもない。

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