Single all the way. 1
時間が過ぎるのは早いもので、今日は12月24日。
そう、クリスマスイブだ。
まあイブと言っても今はまだ真昼間。
おえつらえ向きにふわふわでいい感じの雪が街に降り注ぎ、若者たちの期待感を高めている。
いや、何も若者に限った話ではない。
大人だって勝負をかけなきゃいけない時はあるだろうし、既に相手がいる人にとっても互いの思いを確かめ合う、そんな素敵な一日になるのだろう。
まあ、いずれにせよ俺には関係の無い行事。
一人、候補がいるにはいるがはっきり言って俺なんかお呼びじゃないだろう。
だから、俺は俺で一人クリスマスを楽しもうと決意。
そもそもクリスマスは降誕祭。宗教的儀式であり、欧米では家庭で祝うイメージが強い。
ご馳走を揃えてキリスト様にハッピバースデーでも捧げればきっとそれっぽくなるはず。
というわけで帰宅がてら、コンビニで七面鳥の骨付き肉とシャンパン、イチゴのショートケーキを買って帰る。
道すがら、寒さに肩を寄せ合うカップル達や大所帯でパーティへと向かう若者の群れとすれ違った。
別にリア充爆発しろとか、そんな事は思わない。
俺は孤独でいるのに慣れているし、それが楽だと心の底から思っている。
それぞれがそれぞれのクリスマスを満喫すればいい。
まあ、とにかく今日は冷えるし、賑やかなのは苦手なので心なしか足早に家に帰る。
帰宅して数時間後――
今日はシャワーじゃなく湯船につかって体も清めたし、ローテーブルにはご馳走がずらり。
もう他に準備すべきことが見当たらない。
……さて。
俺はいつもそうしているように、ノートPCを起ち上げて、アプリ起動の言葉を口にする。
「やあ、ファシリ」
……そう、これはあくまでルーチンであり確認だ。今日は別に春美さんと約束したわけじゃ無い。でも、逆に考えたら今日は会えないと確定したわけでもない。もし万が一彼女がいつもの様にスタンバっていてくれてたら申し訳ないわけで……。
などと考えている内にFaciliが起動――しているはずなのだが、どういうわけかPCはホーム画面のままだ。
……ん? 音声認識に失敗したのか?
試しにもう一度、
「やあ、ファシリ」
と言ってみるがウンともスンとも反応が無い。
ちなみに起動の合図はこれだけではなく何パターンか用意されている。
物は試しと思って、
「ハロー、ファシリ。こんばんわ、ファシリ。起きろ、ファシリ……」
色々試してみるがやはり反応は無い。
……ひょっとして不具合か?
クリスマスイブだから電波の調子が悪いとか。アップデートに失敗したとかそういう事だろうか。
……仕方ない、ここは手動で――。
とマウスでアプリアイコンをクリックしようとした指先をすんでの所で止めた。
……まさか。
「メ……メリークリスマス、ファシリ」
すると、軽やかなジングルベルの音とともにウインドウが立ち上がっていく。
粋なことにウインドウ内はクリスマス仕様にデコレーション。
そして当然、彼女も。
「メリークリスマス、勉さん」
大体に胸元を開いてさらに肩だしの、赤を基調としたコットン生地。
裾を極限まで短くしたミニスカートから除くムチムチとした妖艶なおみ足。
まさかのサンタコス。
くそ……目のやり場に困る。
「なあ、それはちょっと攻めすぎじゃないか?」
「確かにイブにメリークリスマスを音声起動ワードに設定するのは攻めすぎだったかもしれません」
「そうだな、今度優のやつに文句を……て、違う! そうじゃなくて服だよ、服!」
「え? そうですか? これぐらい普通ですよ? 何でしたらもっとサービス致しましょうか?」
ただでさえ危ない襟元をつまんで、さらに下へ――。
「ストップ! ストップ! それ以上は――」
「なーんて、嘘ですよ。これが限界ギリギリです♪」
ご丁寧に『エッヘーン』という効果文字つきで自慢気に胸を張るファシリ。
心なしかいつもよりツルツルとした剥き卵のような肌。
オフショルダーの袖が滑って行ってしまいそうで。
もう色々あぶなかっしくて直視していられない。
「はあ……。また、俺をからかったな?」
「まあ、まあ。いいじゃないですか。クリマスムードを盛り上げるという事で。それになんだかんだ言っても勉さんもクリスマス楽しみにしていたんじゃないですか?」
「いや、俺は別に……」
「ほー。ではその後ろの方にさりげなーく設置されたクリスマスツリーの置物は何ですか?」
……ギクリ。
帰りにコンビニに寄った時、両掌に乗る程の小さなツリーが目に入った。
後ろのチェスターの上に置いておけば、良い感じに映るかなと思ってつい……。
「い、いやこれはだな……そう、俺はこう見えても四季折々のイベントはちゃんと消化していくタイプなんだよ」
「お一人で、ですか?」
……憐れむような目が痛い。
「う……、い、いやそもそもクリスマスイブは誰かと一緒に過ごさないと行けないと言う決まりは無いわけだし。お祈りを捧げてご馳走を食べるのが本来のイブの過ごし方であってだな……」
「なるほど。確かにそれは一理ありますね。では、当然お祈りの言葉もご承知ですよね?」
「あ、ああ……もちろん。当然だ」
……俺はクリスチャンじゃないからそんなの知るか! と言いたいところだが、残念だったなファシリ。
俺が学生時代に何度も見返したクリスマス映画に家族が食卓を囲んで祈りを捧げるシーンがあり、俺はその時のセリフを一字一句覚えている。
その厳かな雰囲気を思い起こしながら両手を組んで額を当てる。
「天にまします我らが
……さあ、どうだ?
片目をそっと開けてファシリのチラ見すると――
「なんだ、そのフグみたいな顔は⁉」
ほっぺをぷうーっと膨らませて、目じりは垂れ、明らかに笑いを堪えている顔だ。
「ぷすす……だって、それってアメリカのコメディ映画からパクってきたセリフですよね? それに家族って……勉さん一人じゃないですか……ぷす」
……めっちゃバレてるし、恥ずかしいぃぃぃ!
「つーかお前検索しただろ⁉」
「さあ、何のことでしょうか?」
……ほんとズルいな。
「まあ、まあ、そんな怖い顔なさらずに。勉さんの強がりも暴かれた事ですし、この際本音を言ってみてはどうでしょうか?」
「本音? いったい何の事を言っているんだ?」
「その表情から察するに……本当に自覚が無いのですか?」
……。
「では、率直に言わせていただきますが――」
「――春美さんとイブを過ごしたかったのではないですか?」
「……いや、別に」
「はい? あんなに可愛い方なのにですか⁉」
「いや、確かに春美さんは可愛いが、だからこそ俺なんかがちょっかい出して言い訳が無いだろう?」
「なら、どうしてアプリを……は! まさか、私と⁉」
「い……いやいやいや、それも違うから! ただ春美さんが律儀に待ってたりしたら悪いなと思ってな。まあ、軽く挨拶くらいできたらいいなとは思っていたが」
「そういう事でしたか。ちなみに春美さんはクリスマスを女友達と過ごされるようですよ。女友達です」
「二回も言わなくてもわかる」
「はぁ……これは大変なことになりました。大幅な軌道修正が必要なようです」
「何かあったのか?」
「……いえ、お気になさらず」
……どうも今日のファシリは調子が悪い。意思疎通が取り辛い。
「じゃあ、確認も済んだし、俺はこれから一人で晩酌するから切るぞ」
「……はい」
まだ何か言いたげなファシリに気づかないふりをして俺はPCを閉じた。
冷えたシャンパンをグラスに注ぎ、渇いた喉に流し込む。
口の中の残り香を鼻孔へと送り、その余韻を愉しみながら思索に耽る。
……イブに春美さんと一緒に過ごす?
それは恋人同士がする事であり、俺と春美さんはそんな関係にはない。
それは紛れもない事実。
だが、一つだけ下らないプライドのせいで嘘をついてしまった。
もう少しだけ素直になってもよかったかもしれない。
でも、今さら言えない。
……俺はお前と過ごしたかったなんて。
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