Irregularly staring contest. 2



「あの……春美さん?」





“春美さんがどんな顔をしていても平常心でいる”



 その誓いは開始早々に破られてしまった。



 いや、厳密にはまだセーフだ。



 なぜなら――




 春美さんは俯いたまま固まってしまっているから。




 表情が全く見えない。

 


 ……何だこれは? どういう状態だ?



 まさか、春美さんもあっぷっぷ……いやいやさすがにそれは無いだろう。


 春美さんの事だ、きっと何か理由があるはず。



 ……考えろ。


 きっと今の俺ならわかるはず。ファシリのフォロー無しでも春美さんの気持ちを察して適切なリアクションをとれるはずだ。



 そう、ヒントは表情が見えない所にあるんじゃないか?



 ……表情を予想して言い当てるゲーム?



 いや、違うな。



 春美さんは俺が部長を説得できたかどうかを知らないはず。





 ……なるほど、そういう事か。



 俺は確信めいて、表情と声を整えてから、



「春美さん、部長の説得……無事成功しましたよ」



 すると、彼女の震えは止まり白百合のつぼみが開くようにゆっくりと顔をあげ、安堵に満ちた笑顔がぱっと咲いた。



「はああ……よかったです。あの……本当に、おめでとうございます!」



 春美さんに続きファシリも画面隅でさりげなく『おめでとうございます』のくす玉で祝福。



「それと、ごめんなさい……。勉さんをどんな顔でお迎えしたらいいのか分からなくなって……」



「気にしなくても大丈夫ですよ」



 ……よっしゃぁああ! 合ってたぁああ!



 いや、きっと大したことはやってない。でも、何だろうこの会心の一撃を決めたような感覚は。



「その……それで、どんな風に説得したんですか? もし、良かったら教えて下さい」



 ……ギクッ。



 俺を応援してくれていた春美さんには当然知る権利がある。


 だけど、“思惑が全て見透かされていて、なし崩し的に何とかなった”、なんていくらなんでもダサすぎるから、ありのまま伝えるのはダメだ。


 かと言って“頑張って押したら意外となんとかなりました”、じゃ軽すぎるし、ある程度具体的に伝えなければならない。


 ちらっとファシリの方を見ると、


『”春美さんのおかげです。愛してます“と熱い感じで答えてください』


 とかふざけたことをぬかしてくるので全く参考にならない。



「えーと、そうですね……、初めは断られてしまいそうだったんですが、他の社員の目の前っていうのもあって……それで勇気を出して伝えたらわかって貰えて……」



「え⁉ 他の社員の方がいる前で伝えたんですか⁉」



 ……あ、しまった。そこは隠しておいた方が良かったか。これ、若干引かれてるんじゃないのか?



 ファシリは『あーあ、やっちゃいましたね』と言わんばかりに、首を横にふる呆れモーション。



 ……いや、絶対お前の返しよりはよかった自信はあるぞ⁉



 とはいえ、ここから何とか挽回ばんかいしなければ。


 


 ――そうだ、笑い話にしてしまうのはどうだろう。



「いやぁ、恥ずかしい話そうなんですよ。つい熱くなって周りが見えなくなってしまって。まったく、カッコ悪すぎて笑えますよね?」



 ……さあ、どうだ? 春美さんはどんな反応を――。



「そんなの笑えるわけないじゃないですか……」



 体を震わせ、声のトーンを下げる春美さん。



 ……あ、これ、やっちまったな。

 

 恐怖で体が小刻みに震え、嫌な汗がたらり。





「そんなの……カッコいいに決まってます。いいえ、カッコよすぎですよ!」



 目がキュピーンってなるくらい、眩しいくらいの春美さんの目力に圧倒される。



 ……今日はみんなテンションおかしくないか? てか、いったい何がどう化学変化してこうなった⁉



「あの……、え……、カッコいいんですか?」



「もちろんです。その時の勉さんの雄姿、私も見たかったくらいです」



 ……いやいや、あんなみっともない姿はとてもじゃないが春美さんには見せられない。というか、なんかめちゃくちゃ美化されてないか?



「そんな、そんな。春美さんが想像するほどカッコいいものじゃないですよ」


「いいえ、そんな事ないですよ。私、そういうのドラマの中だけの事かと思っていたので、今とても感動してるんです」



 ……そういう震えだったのか。てか、うん、だめだこれ。完全に謙遜してると思われてる。


 

「えーと……」


「はい。何でしょう?」



 ……ダメだ。今さら否定できない。


 これまで見たことのない春美さんの笑顔を崩すことなんて。そんな勇気は俺には……ない。



「ありがとうございます。春美さんが支えてくれたおかげですよ」



「そんな、私なんて何の役にも……」



「いえいえ、春美さんが背中を押してくれたから頑張れたんです」



「そんな……えと……くぅぅぅ……」



 喉を鳴らしながら、そっぽを向く春美さん。


 

 謎の褒め殺し合いで得た謎の勝利。





 ……なんだこの変則的あっぷっぷ。





 


 





  

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