Irregularly staring contest. 1
「こんばんわ、勉さん。どうかしましたか?」
「い、いや、なん……でも無い」
優との飲みをバックレたおかげで春美さんがログインする前に帰宅する事ができた。
風呂にも入ったし、コンビニ飯も食ったし準備万端。
約束の時間までまだあと十数分も余裕がある。
したがって今話しているのは春美さんではなくファシリ。
だから、どうして彼女から顔を背けてしまったのか、頬が少し
その理由を探している。
思い当たるのは優に言われた一言。
“ひょっとして勉君はAIが恋人なのかなぁ?”
……うっ。今思い出しても腹が立つ。でもそれ以上に――
……いやいや、そんな訳がない。大丈夫、落ち着け。これまで普通に見れてたんだから、見れない理由は無いだろ? よし、落ち着いた。完全に落ち着いた。イチ、ニのサン! ほら、なんとも――
「ブフゥーッ!」
盛大に吹き出してしまった。
「何だそのひょっとこみたいな顔は⁉」
「え? あっぷっぷじゃないんですか?」
「なんでそんな子供じみた遊びを脈絡もなく……」
「ちなみに私の表情パターンは約5000通りあるので負けつもりはありませんよ?」
「いいから普通の顔に戻せ!」
「はーい」
……なんかこいつ妙に浮かれてないか?
ノリがいつもと違う気がする。
「はい。いつもの顔に戻りました……あれ? どうしました勉さん。やっぱりあっぷっぷしたかったんじゃないですか?」
「いや、違うから。ただ、こう……春美さんと話す前に首の筋をストレッチしとこうと思ってだな……」
「ああ、なるほどです」
……ふう。危ない危ない。
しかし、なぜだ? なぜファシリの顔が直視でき――。
……はっ! まさか! いや、間違いない。これはつまりそういう事だ。
ファシリの顔――。
モニターする前からCMで、いや、リリース前の社内会議で見た時からなんか気になると思っていたが、今やっとわかった。
俺が大学時代に好きだったアニメのヒロインに似てるんだ。
いや、似てるどころか顔の基本形はほとんど同じ。
確認しないと断言できないが恐らくキャラクターデザインは同一人物。
キャラデザに優が一枚噛んでいるなら十分あり得る話。
ちなみにそのアニメの設定は金髪ポニーテールの女子高生がゾンビをばっさばっさと切り捨てる感じのバイオレンスなものだが、バトルパートと日常パートのギャップがクセになってしまう非常に中毒性の高い代物だった。
……だから、あいつはFaciliのモニターをあんなに推してきたのか。
自分の中で合点がいった。
くだらない仕込みだが実にあいつらしい。
そうとわかればファシリの顔も――、よし! 見れる! 見れるぞ! ふっふっふ。
「何ですか、その奇妙な笑みは⁉」
「別に? 何でもないぞ?」
「う……よくわかりませんが、征服されてしまった気分がします」
「気のせいだ」
「あ! さては勉さん、あっぷっぷが苦手なんですね? だからそんな不気味な――」
「もういい加減、あっぷっぷから離れろ!」
……どんだけやりたいんだよ、あっぷっぷ。
と、そんな下らないやり取りをしている間に春美さんがログインする。
「これで遂に報告会が始められますね。春美さんにライブチャット申請送っておきますね」
「ああ。でも、お前はしゃべれなくなるけどいいのか?」
「ひょっとして私に気をつかってくれているのですか?」
「まあ……そういう事になる……かな」
「ありがとうございます! やっぱり勉さんはお優しいですね♪」
優しいかどうかは別にして、ライブチャットを始めてからファシリと話す機会が減ったのは事実。まだ道半ばだが、ここまでこれたのはファシリのおかげなのは否定しようがない。
だから、何となく
「……でも、それは無理なのです。勉さんは春美さんか私のどちらかを選ばなければなりません」
「えっ?」
それってどういう……。
「――そういう仕様ですから」
「なんだ……そういう意味か……」
一瞬だけドキッとした。
「他にどんな意味があるのですか?」
「い、いや、何でもない……」
……まったく、俺は自意識過剰か。
大学時代を少し思い出したせいだろうか。
うん。きっと優のせいだ。あいつが変な事言うから……。
そして気持ちが浮ついているのは俺の方だ。
なんだかんだ言って経過順調であることを伝えられるのが嬉しいんだ。
よし、いったん気持ちをリセットしよう。
このままじゃ、春美さんににやついた気持ち悪い顔を
ロード画面を前に一回深呼吸。
……よし、春美さんがどんな顔をしていても平常心で迎えるぞ。
「では、ごゆっくり」
ファシリのその言葉が合図となりカメラの向こう側が映しだされた。
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