Sweet heart.




 勉と込み入った話がしたくて、うちの社員が行きそうにないさびれた飲み屋をあえてチョイス。


 カウンターでメニューを片手に思考を巡らせる。



「それで、全部聞いてたんだろ?」



 ……まあ、あの状況で“何も聞いてない”、“たまたま通りがかっただけだ”、なんて流石に無理があるよな。



「いやあ、それにしても久しぶりだな。こうやって二人で飲むのは。いつ以来だ?」


露骨ろこつにはぐらかすな!」


「まあまあ。二年ぶりの早退の余韻よいんを少しは味わわせてくれよ」


 と半ば強引に勉のお冷と乾杯。

 仕事終わり一杯目のレモンサワーを手に取り、くっと一口。

 喉から鼻を抜ける爽快感。そしてこの安酒場特有の甘ったるさが逆に……いい。

 

 実はここ二日、早退届出してスタンバってたなんてとても言えないからな。

 まあ、勉がそこまで勘づくとは思えないから、目撃したこと自体は白状してもいっか。


「うん、一部始終ぜーんぶ見てた。部長!って勉が叫んだ時の声、廊下まで良く響いて来てさ。いや~、あの時のオフィスの空気マジでやばかったなぁ。はっはっは」


「お前、急に口を割ったらそれかよ。容赦ようしゃねえな」


「まあまあ、ひとまずおめでとう。勉史上、歴史的瞬間に立ち会えて俺は実に幸運だったよ」


「はは、俺は逆に不幸極まりないがな。また一つお前に語り継がれるであろう黒歴史が増えたかと思うと心が痛むよ」


 勉は背中を丸め、はあ~と黒い溜息を吐く。

 たった今定員が運んできたばかりのやたら香ばしい串カツの臭いにすら気づいていない様子。



 ……あー、これはガチでへこんでるな。



 まあ冗談はここまでにして。

 さて、ここからはマジレスPARTと行きますか。




「確かに“あれ”はお粗末だったな。もう二度とやらない方がいい」



「“あれ”……って、服部部長に啖呵切った事か?」


「いや、それはいい。むしろ大学時代の勉が蘇ったかと思って俺は嬉しかったぞ。思い出すなぁ、例えばあの戦慄のバレンタイン事変……」


「ちょ、それは思い出すな! っていうか記憶から抹消しろ!」


「わかったからちょっと落ち着けって、真面目な話なんだからさ」


「……たく、それで、じゃあ何がお粗末だったって言うんだ?」



 ……やっぱりか。これははっきり突き付けてやった方がいいだろう。



「勉さあ、部長にバレてないって思ってただろ?」



 時間を止められたように凝り固まる勉を横目で捉え、再度確信する。



「勉が転属希望出すだろうって部長は見抜いてたよ。もちろん俺もな」


「なんで……わかったんだ?」


「勉はうまく誤魔化してたつもりかもしれないけど、バレバレ。表情とか態度ですぐわかる。それに、勉が思っている以上に周りの人は勉の事をちゃんと見てるんだよ」


 ……反論なしか。どうやら勉なりに心当たりがあるらしい。


「まあ、慣れない事はするなってことだ」


「ああ、確かにそれは……そうだな。反省するよ」


 ……ふむ、素直なのは良いが……う~ん、これはまだ自覚が足りてない? よし、少し試してみるか。

 

「それでさ、次はどうするつもりなんだ?」


「次って開発部部長との面接の事だよな?」


「ああ。まあ、開発部の場合は開発チームごとに専門性が違いすぎるからチーフクラスの人間、つまり石破チーフが面接に当たると思うぞ」


「だろうな。一応、そのつもりで策は考えてある」


 ……ほう。


「それで? どんな作戦なんだ?」


「今、完成間近のアイデアがあってな。それをプレゼンして度肝を抜いてやろうと思ってる」


「ふーん、なるほどな。……で、どうやってその舞台を整えるんだ? 面接様式は面接官側に一任されるのは当然知っていると思うけどさ、もしプレゼンを許可してもらえなかったらどうするつもりなんだよ?」


「それはだな……」


「それは?」


 みるみる勉の顔が青ざめていき、目が泳ぐ泳ぐ。


 ……まさか。


「……どうしよう」


 ……やっぱりか。


「はあ~、全く。勉がお人よしなのはそういうところだよ! その調子だとそこんとこ服部部長に頼んでないんだろ⁉」


「いや、これ以上はさすがに迷惑かけられないから、俺が直接石破チーフに直談判してなんとか……」


「はあぁぁ。勉、お前の目は節穴か?」


「何だよ急に」



 ……まったく。先が思いやられる。



「利用できる人間がこれ見よがしにお前の目の前にいるだろうがっ!」



 酔いもあってか、ジョッキの底を机に叩きつけて咆哮。



「いや、さすがにそれは……」


 ……ああ、じれったい。


「服部部長に啖呵切った時の事を思い出せって。あれぐらい我儘わがまま言っても良いんだよ!」


「しかしな……」


「わかった。なら、こうしよう。面接様式はプレゼンにしてもらえるように俺が勝手に頼んでやる。だから、勉はそのつもりで全力で準備しろ」


「す……すまん」


「気にするな。勉には借りがあるからな」


「借りって何のことだ?」


「そこはさらっと流しとけよ。そういうところが馬鹿真面目なんだよ!」


「あ、ああ……すまん」


 ……まったく。勢いで俺ばかり飲んじまった。それに少し言い過ぎたか?



「……まあ、そう暗い顔すんなって。何にせよ今日の所は祝杯と行こうぜ! ほら、何か飲み物頼めよ。俺がおごるからさ!」


 そう、せっかく飲みに誘ったのに勉はまだ水しか口にしていない。


「いや、それなんだが。お酒は飲めないんだ」


「おいおい、俺は親友だぞ⁉ 勉が酒に弱いのはちゃんと分かって――」


「いや、そうじゃなくてだな。今日はこれから彼女に報こ――」


 突然はっと口を押えて押し黙る勉。



 ……ん⁉ んんん⁉ 何? 彼女? 初耳なんですけど!



 大量の汗を噴き出し青ざめる勉の肩にすぅーっと手を伸ばし、


「勉くーん。彼女って…………何?」



「い、いや、そういう意味の彼女じゃなくてだな。あ……あれだ、英語で言えばSheだよShe!」


「ほーう。じゃあ、どうして俺から目を逸らすのかなぁ?」



「……いや、ホントにそんな人いないから」



「人じゃない? あ、ひょっとして勉君はAIが恋人なのかなぁ?」



 ……あらら、アルコール入ってないのに顔を真っ赤に染めちゃって。



「お前なぁ、酔ってるからって好き放題言いやがって!」


「はは、悪かったって。めんごめんご」


 ……ちょっとからかいすぎたな。まあ、勉が新しい彼女を作る気が無いのは分かってるしこれぐらいで勘弁してやるか。



「……たく。俺はもう帰る!」


「えー、まだいーじゃん。せめて一杯ぐらいさあ~」


「大学時代、お前のその言葉に何度騙され煮え湯を飲まされたことか……。俺は忘れてないからな!」


「え⁉ 例えば?」


「ナチュラルに話を膨らませようとしてんじゃねぇ! 帰るっ!」


 ……ふっ。どうやら誰か大事な人ができたのは本当みたいだな。



 地面を踏み鳴らしながら出口に向かう勉ににやり笑って最後に一言。



「今度俺にも紹介してくれよ。そのSweet heartとやらをさ」


「だから彼女じゃねえっ! フンッ!」





 ……あーあ、行っちまったか。



 冗談めかして言ったが、実際最近の勉は大学時代の時のようにイキイキしている。



 ……あれは確か、Faciliのモニターを頼んで少し経ってからだったはずだよな?



 まさか彼女って本当に? いやいやいや、まさかそんなはずは……。







 ――いや、待てよ……ありうる!




 なぜなら――

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