Eve of the revolution.
春美さんの素顔を初めて目にしてから二週間が過ぎた。
異動希望が受理される最終期限を明日に控えた前夜。
俺の自宅にて決起会が開かれた。
会と言っても、俺とファシリと春美さんのいつもの三人だけで、果たして決起会と言って良いものかもわからないほどのささやかなものだ。
「遂に明日ですね。最近随分と冷え込みますがお体は大丈夫ですか?」
ゆったりと細めた
春美さんもだいぶ俺との会話に慣れてきたようだ。
「はい。ファシリに毎日しつこく言われているので」
俺の方も軽く皮肉を吐くぐらいの余裕は出てきた。
『もう、ひどいですよ勉さん! そんな言い方して春美さんに嫌われてもしりませんよ?』
……うぐ。
と舞台裏でファシリからダメ出しを喰らうのもいつもの光景。
しかし、調子に乗らないように気を付けないといけないのは事実だ。
なんせ春美さんは、俺が紳士的で優しく何かと気が回るパーフェクトヒューマンか何かだと思い込んでいる節がある。
いや、正確には俺が思い込ませてしまったのかもしれないが。
だから、春美さんが俺に対して描く理想像を壊さないように振舞わなければならない。
「春美さんの方はどうですか?」
「あ……あの、はい。順……調……です」
何気ない挨拶程度なら先のように自然体で話せるようだが、彼女自身の事を問いかけたようなときはなぜかまだたどたどしさが残る。
恐らく春美さんは自分に自信が持てないタイプ。だからはっきりと答えられないのだろうと邪推する、と同時に深く共感する。
俺も素の自分に自信が持てないから、こうやって別の誰かを演じているわけだから。
「春美さんが思うように話してもらえれば大丈夫です。もし訂正したいことがあれば後で言ってもらえればちゃんと受け入れます。だから、素の自分で話してもらえればいいですよ」
……まったく。素を出せない俺が良く言えたものだ。
とセルフツッコミを入れるも、春美さんの表情がぱっと明るくなるのを見て、応答として間違いではなかったと確信する。
「あの……ありがとうございます。本当に勉さんは話しやすくて……、信じてもらえないかもしれませんが、こんな風にちゃんと男の人と会話できるのは勉さんくらいなんです」
「そう言ってもらえると嬉しいです。でも、やっぱりそれはちょっと……
「あっ……確かにそうですね。お父さんとなら話せます」
良い感じに緊張がほぐれたようで、無邪気な笑みがこぼれる。
……よかった。
実を言うと“大袈裟”という表現を使うかどうか迷った。
彼女が感じたことを否定してしまうことになり、拒絶されたと思われないか心配だったのだ。
「でも、やっぱり勉さんの方が……」
「え?」
「……いえ、何でもないです」
春美さんは言いかけた事を胸にしまい込むように目を閉じて一呼吸。
こうやって、何かを言いかけて止めるという事は春美さんには良くある。
もどかしさを感じないと言えば嘘になるが、春美さんは自分の言葉が相手にどんな印象や感情を抱かせるかを常に考えているだけだ。少し考えすぎな面もあるが、俺は春美さんが思うように話してくれたらそれでいいと思う。
「それで、あの、私は私の事より勉さんの事が気になります。明日、部長さんに希望を伝えるんですよね?」
「はい。今度はちゃんと伝えるつもりです」
それを聞いた春美さんは一度はほっと肩を落とすも、まだ何かを言いたげに視線を
「どうかしました?」
「あの……、勉さんの言葉を疑うわけじゃ無いんですが、勉さんがまた部長さんに気をつかって自分の夢を諦めてしまいそうで怖いんです。勉さんは優しすぎますから……。だから、約束して欲しいんです。あとほんの少し……あとほんの少しだけ
あとほんの少しだけ我儘に――、か。
以前ファシリに言われた言葉を思い出す。
“あとほんの少しだけ大胆になってください。そうすれば――”
「俺は春美さんと出会えってから変われた気がするんです。今度は絶対にあきらめません! だから、信じて待っていてください!」
俺らしくなく盛大に見栄を切る。
春美さんの前では不思議と自信家でいられる。
そんな俺に彼女はまるで祝福を与える女神のように優しく微笑んで、
「はい」
と一言。
たった二文字のその言葉が俺に力を与えてくれる。
キーボードを叩いて出る文字だけでは決して届かない感情があると、彼女の表情が、声が俺に教えてくれる。
もう引き下がれないし、そんな臆病な自分はとっくに捨てた。
明日は絶対に自分の意志を貫いて見せると俺は改めて心に誓った。
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