My principle is …


 “あ……、あの人また来てる”


 

 今一瞬だけ目線があった女子社員。絶対そう思ったな。

 


 まあ……確かに? 最近他の部署に顔を出しすぎた感は否めないし、俺は疲労が顔に出にくい方ではあるけれども。



 ただ、これだけははっきり言っておきたい。


 開発部は決して暇じゃない、と。




 働き方改革で週休2日の9時→5時くじごじ勤務がゴールドスタンダードになった素敵な世の中だが、悲しきかなAI開発部は例外だ。


 なにせ開発部は会社の律速機関。

 研究開発スケジュールに支障を来せば全ての部署にもれなく悪影響がついてくる。


 いや、純粋な設計開発だけならまだいい。

 定期的なシステムメンテナンスやアップデート作業などやらなければならない事が山積みだ。 


 ……はあ。それもこれもぜーんぶ企業情報保護プロトコルのせい。


 

 本来、メンテはメンテナンス部門の連中に任せればいい仕事なのだが、Faciliのような“特例中の特例”の場合は情報漏洩を防ぐために極力チーム内だけで完結させようとするので必然的に仕事量が多くなる。


 その中でも一番かったるいのが緊急メンテナンスだ。


 “緊急”と言うだけあってそうしょっちゅうあるわけじゃないが、“チーフまたは副チーフは2時間以内に直接的な師事をとらなければならない”という実に下らない規則があるため、実質的な自宅待機を強いられる。


 わかりやすく言うと土曜日か日曜日のどちらかが確実に潰れる。

 部長の機嫌によっては両方。

 最悪の場合は深夜に呼び出しを喰らう事も。



 ……そういう諸々の事情もあって勉の転属はウェルカム。一緒の部署で働けたらどんなにいいか。



 などと思いつつも、石破チーフに進言する――なんて事はしない。



 冷たく思われるかもしれないが、俺は無駄な努力はしない派。

 勉には楽観主義と思われている節があるが実はゴリゴリの現実主義者リアリスト


 俺が嘆願したところで、こわいこわい石破チーフの機嫌を損ねるのがオチ。



 だから、今の俺にできるのは来るべきその時のために勉のモチベ―ションを保ってやることだけだ。



 そんなわけで今日もランチを誘いに広報部へ参上したのだが、さて、勉はいずこに……。



 デスク――


 にはいない。なら、



 休憩室――


 にもいないのか。



 昼休憩は食堂が混まないように交代制になっているので、広報部内の社員は多くなく、探すのにそれほど苦労しないはずなのだが、ざっと見渡した限り勉の姿はない。



 だったら……


 窓際の一番奥に目線をやると、一際重厚な机と高級革性の可変式チェアー。

 そこにでんと構えるは恰幅のいい壮年男性。


 ……お、ラッキー。いるじゃん、服部はっとり部長。



 一社員の行方などその辺の平社員にでも聞けばいいのだが、服部部長はめちゃくちゃ人がいい。だからつい話しかけてしまう。何よりこの部署内では一番勉の事を気にかけてくれているはずだ。


「服部部長! お勤めご苦労様です!」


 といいつつノリで敬礼を添える。


「おぁっ! びっくりした……。あ、ああ……足立あだち君か」


 驚きのあまり勢いよくのけぞり、ギシギシと悲鳴を上げるチェアーがへし折れる寸前で上体を起こしつつそう答えた。


 俺が話しかけるまで、完全に俺の事が視界に入っていなかったらしい。


 ……まあ、知っていてやったんだけどw



「それで服部部長。お忙しいところ申し訳ないんですがお聞きしたいことが……」


真鍋まなべ君の事だね?」


「そうです! さすが服部部長!」


「はっはっは。彼は今営業で社外に出ている。新商品の出張プレゼンだよ」


 ああ、やっぱりそうか。

 しかし勉も良くやる。

 新商品のプレゼンともなると一発で契約とはなかなかいかないはず。

 何度も足を運んで、それでも結局破断する事もままあるのだから俺だったらとてもやってられない。

 


「新商品のプレゼン……という事は昼休憩が終わるまでに戻ってこないかもしれませんね」


「まあね。今日はフォーラム形式で7社に対して同時に行うプレゼンだから、今頃質問攻めにあってるかもしれないなぁ」


 ……ははは、ですよねー。


 と引きつった笑いを浮かべる。


 何事もファーストインプレッションは重要。

 勉の苦労が会社の利益につながっているんだなぁとしみじみ感じていると――、



「部長、ただいま戻りました!」


 軽快な声に振り向くとビシッと敬礼を決める勉の姿。


「おお⁉ 真鍋君? 随分と早かったね。あと、その敬礼は流行っているのかい?」


「は? 何のことでしょうか?」


「い……いや、何でもない。それで、手ごたえはあったかね?」


「はい。七社ともうちと契約したいとのことです」


「まあ、そうだろうね。初見だし、七社とも断られても仕方が……って今何て言ったかね?」


「はい。七社ともうちと契約したいと」


 さも当然のように報告する勉。


 “あの、報告が終わったので下がっても?”


 とでも言いたげな態度に部長もそれ以上は追求せず、


「ご、ご苦労だったね。じゃあ、ひとまず昼休憩に入ってくれたまえ」


「はい。ありがとうございます」


 さっと回り右をして立ち去ろうとする勉の肩を止めて一言。



「ちょっと待て。俺を無視すんなよ」


「あ、優か。すまん、ちょっと考え事しててな」


「考え事? 悩みなら俺が聞いて――」


 と言いかけて


「――いや、何でもない」


 と着地する。



「昼ごはんを誘いに来たんじゃないのか?」


「んーまあ、そうなんだが気が変わったからいい」


「おかしなやつだな。まあいい。とにかく俺はこれで失礼する」


「……ああ、頑張れよ」


「何か言ったか?」


「いや、何でもない」


 俺がそう答えると、勉は不思議そうに肩眉を上げてから回れ右。

 自分のデスクへとまっすぐに戻っていく。

 俺はその背中をかすかな微笑を浮かべて見送る。



 ――勉の目。



 あれは悩める人間の目じゃない。


 何か大きな事を成し遂げようとする男の目だ。




 きっと勉の中で何かが変わった。

 もしかして“彼女”が?


 

 ……俺もそろそろ動き出す時なのかもしれない。

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