Reveal to Haruharu. 4
ハルハルさんは俺のつまらない身の上話をただ静かに聞いてくれていた。
たまに挟んでくれる丁寧な相槌が、ちゃんと話を聞いてくれているのだと実感できてありがたかった。
愚痴を吐いているだけなのに、その内容は自分でも驚くほど理路整然としていた。
きっと一つ一つの言葉を精査しながら文字におこしているからだろう。
それなのに最後は感情が入り込んでしまって。
『俺は劣等感の塊のようなただのひねくれ者なんでs』
情けなくも俺はそう打ち込みかけ、考え直してBack spaceキーで消して返事を待った。
これで何か解決策が得られたわけじゃない。
それでも心の中だけでもやもやさせていたものをこうやって文章に起こすだけで随分と気持ちが整理されるものだ。
きっと神様に罪を告白したらこんな気持ちになるのだろう。
晴れやかで一種の清々しさすら感じる。
だが、実際に告白した相手は全知全能の神じゃない。
俺よりも年下の女子大学生だ。
だから期待していなかった。
……いや、それはやっぱり嘘だ。なぜなら――
『ツムさんはひねくれものなんかじゃないですよ。人より劣っているわけでもないです。ただ、優しすぎるんだと思います』
――彼女のこの言葉に俺は目頭が熱くなって、泣きそうになってしまったから。
『俺が、優しい?』
『はい。ツムさんは誰かを蹴落としたり、困ってる人を見過ごしてまで自分の欲を貫けない、そんな優しい人だと思うんです。だって、転属願いを押し通せないのって、部長さんの事を気遣っているからじゃないですか!』
その時、新鮮な風がすっと吹き込むように視界が広がった気がした。
俺は今まで一度もそんな風に考えたことはなかったから。
自分が夢に近づけないのは自分の力量不足であって、他の理由は全部言い訳だと思っていた。
俺は人よりも客観視が得意だと。
不要な感情を排して、冷静に現象を捉えようと。
そうすることで、仕方がないと自分に言い聞かせていた。
だけどそれは間違っていた。
いや、まだ確信はない。
でも、ハルハルさんに言われるとそんな気がしてくる。
迷っている。だから俺は問わずには入れらなかった。
『俺に足りないのは何だと思いますか?』
『私にはツムさんがこれまでどれほどの挫折や苦痛を味わってこられたのかは分かりません。でも、ツムさんが本当にAIに情熱を傾けていることだけは文字からだって伝わってきます。だから、私はその思いをぶつけてほしいと思ってるんです。だって、そんなに強い思いが果たされないなんて悲しすぎますから』
『だけど、俺はもう諦めてしまったんです』
『無責任に聞こえるかもしれませんが、ツムさんはまだ諦めてないと思います。だって、ツムさんはまだこんなに苦しんでいるじゃないですか』
ハルハルさんの言葉がすっと胸に落ちてきて、淀みなく広がっていく。
これまで吐き捨てた言い訳が蘇っては打ち砕かれ、苦しいけど決して嫌な気分じゃない。
『夢を諦めたいわけじゃ無いのなら、ツムさんはまた頑張れると思います』
煌びやかな羽の腕でガッツポーズをとるアバターがとても頼もしく映る。
『すいません。柄にもなく興奮してしまいました。偉そうなことばかり言ってしまってごめんなさい』
『そんな、謝らないでください。俺はこれまで誰かに愚痴を聞いてもらう事がなかったので、とても新鮮で……なんというか、少し心が軽くなった気がします。だから、ハルハルさんにはとても感謝しています』
『そう言ってもらえて私も嬉しいです』
そうして会話がひと段落ついたところで俺は時間を確認し、あまりにもハルハルさんを拘束してしまっていたことに気が付いた。
『すいません。こんなに遅くになってしまって。明日も学校ですよね?』
『そんなこと気にしなくてもいいですよ(笑)』
と本人は言うが、ハルハルさんは気遣いが過ぎる一面がある。
彼女にこれ以上気をつかわせるわけにはいかない。
『今日は本当にありがとうございました』
と若干、無理やりにチャットを終了しようとすると、
『こちらこそ話してくださってありがとうございました。また、ツムさんの事聞かせてくださいね』
『そんな、聞いてもらってばかりだと悪いので、ぜひハルハルさんも悩みがあれば聞かせてください』
『私の事は、その……いいんです』
ん? もしかして馴れ馴れしすぎただろうか。
『あ、もちろん話したくなかったら強要はしませんから』
『気を使ってくださってありがとうございます。また明日お話しましょう』
『はい。また明日』
ハルハルさんのアバターがキラキラと光を振りまきながら扉の向こうに消えるのを見送り、俺はソファーに深く沈み込みながら天井を仰いだ。
ふぅ~っと長い溜息の中に、冷静さを欠いていたことに対する若干の後悔が浮かぶ。
遂に他人に話してしまった。しかも顔も知らない女子大生相手に。
――まったく、何やってんだ俺は……。
これまで誰にも話さなかったのは、別に秘密にしていたからというわけじゃない。
しかし、初めて愚痴を言う相手が上司でも同僚でもなくJDってなんだよ。
「今日のチャットはいかがでしたか?」
ああ、そうか……聞かれてしまった相手が“もう一人”いたんだったな。
「……悪くない」
自然に喉をついて出た言葉に自分自身で驚きながらも、彼女の満足そうな笑みを見ていると、どうでもいいと思えてしまった。
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