Reveal to Haruharu. 2
「私は……AIです」
あまりにもあっさりと答えるものだから俺は一瞬呆けてしまった。
「……なら、ファシリにとってAIの定義は何だ?」
「自分で考え、実行に移せるもの。人に人と認識されうるものです」
「……なら、お前には……」
お前には感情はないのか――。
その言葉がどうしても喉の奥で引っかかって出てこない。
震えだそうとする声帯を俺自身が押さえ込んでしまっている。
息を止めているような苦しさに、こらえ切れず飲み込んだ。
代わりに――。
「ファシリ、お前の判断基準は何なんだ?」
「それはお答えできません」
即答だった。
「なら、お前のアルゴリズムは従来のAIと何が違う?」
「それも……お答えできません」
「ならっ……、なら……ッ⁉」
「どうされました?」
「……いや……すまない」
錯覚かもしれない。
だが俺には、彼女が肩を狭めておびえているように見えてしまったのだ。
機密情報保護プロトコルは当然、AI自身にも適応されており、放送禁止コードのように開発関係者以外には発信できないようになっている。
俺はまた、答えられない事を知っておきながら、好奇心を抑えきれず問い詰めてしまったのだ。
「どうかお気を悪くしないで下さい。答えられるものであれば包み隠さずお答えしたいのですが……」
「ああ、わかってる。俺にはその資格がないからな」
「……」
おそらく適切な応答パターンを有していないのだろう。
ファシリは何かを言おうと口をまごつかせるが、声にはならず、ついには顔を伏せて完全に沈黙してしまった。
ばつが悪い。
適切な応答を見出せないのは俺も同じ。
こんな時にどうやって話題転換すれば自然なのか、コミュ力の低さが恨めしい。
しばらく画面を直視できずにいると――。
ピコン♪
突然のポップアップ音。
「ハルハルさんがログインされたようです」
まだ八時にもなっていないが、タイミング的にありがたい。
今画面に映っているのは棒人間こと俺の貧相なアバターが殺風景な小部屋で待機している姿だ。
「ハルハルさんと繋いでもらえるか? ……いや、やっぱりちょっと待ってくれ」
ログインした瞬間にお誘いが来たらガツガツした印象を与えかねないとふと思って
「良いのですか? 他の方とチャットを始められたらしばらく話せなくなるかもしれませんよ?」
「それはそうなんだが……、まあ、ハルハルさんにだけ
「それ、ハルハルさんに伝えますね♪」
「ちょっ! やめ――」
「ふふふ、冗談ですよ」
く……、おかげで心拍数が跳ね上がったぞ……。
ひょっとして虐めた仕返しのつもりか⁉
と、再びポップアップ。
「ハルハルさんからチャット申請が届きました」
画面を見ると部屋のドアをノックするエフェクトとサウンドが表現されていた。
まさか向こうから声をかけてもらえるとは。
断る理由はない。
「繋いでくれるか?」
「もちろんです!」
ファシリは朗々として俺のアバターの手を引き、玄関まで誘導し扉を開ける。
白光の中からフワッと浮き出るように現れたのは細部まできめ細やかな桜色の羽をもつ小鳥。
ガチャで言えば間違いなくSSRであろうクオリティの高さだ。
ハルハルさんのアバターがペコリとお辞儀をして、
『こんばんわ、ツムさん。こんなに早く押しかけてしまってご迷惑じゃなかったですか?』
『全然、大丈夫ですよ。むしろこちらからお誘いしようと思っていたくらいですから』
そんな感じで軽く挨拶を交わして席に着く。
白を基調としたシンプルな丸テーブルと椅子がデフォルト。
どうやら自宅に招いてお話している体らしい。
そんな設定があるとは思っていなかったので、室内のデコレーションなどには一切手を加えていない、本当に貧相なインテリアだ。
『すいません。まだ始めたばかりで勝手がわからず、粗末な家で恥ずかしい限りです』
自動で頬染めエモートが入る棒人間。
ふと気づくとファシリがチャット画面から消えて枠外に
確かハルハルさんが部屋に入った来た時からだ。
「ファシリ、お前は参加しないのか?」
「私はあくまでもファシリテーターですから、なるべく出しゃばらないようにしているのです。それに、ハルハルさんにとっての私と勉さんにとっての私は若干異なりますので」
まだ、他人のファシリを見たことが無いので実感として湧かないが、ファシリの応答パターンはユーザー毎に異なる。
それが例え八方美人程度の違いであっても、奇妙な混乱は極力招かない方がいい。
それぞれのファシリがそれぞれのユーザーに助言を与えながら、サーバー内でその情報を共有しコミュニケーションを補助するという構図だ。
「勉さん、どうやらハルハルさんは何を話題にしようか困っているみたいですよ」
これもハルハルさんのファシリ
何か聞こうと思っていたことがあったはずなんだがうまく思い出せない。
というわけでファシリのレコメンデイションをざっと流し読みしてみる。
んー……あ、これなんかどうだ。
『一目見た時から思ってたんですが、ハルハルさんのアバター素敵ですよね』
自分で文章を付け足して入力。
アバターについて問うというのはどうやら鉄板ネタであるらしい。
『そんな、私なんてまだまだです。でも、ありがとうございます。とっても嬉しいです』
ん? “まだまだ”って何のことだ?
まあ、喜んでもらえたのならそれでいいか。
『正直めちゃくちゃうらやましいですよ。俺なんて棒人間ですからね(笑)』
『え……と、シンプルでいいと思います。……ごめんさい。やっぱり嘘です(笑)』
ですよね。
ハルハルさん的にも棒人間は微妙らしい。
やっぱり引こうかな、ガチャ。
『ハルハルさんはそのアバターを引き当てるのに何回ぐらいガチャを引いたんですか?』
『その……私引いてないんです』
『え⁉ じゃあ初回無料の一発目で引き当てたってことですか⁉』
ハルハルさんは幸運の星の下に生まれたというのだろうか。
少し
『いえ……そうじゃないんです。私も初回は棒人間が当たりました』
ですよね……て、ん? それって矛盾してないか?
……いやまて、何かが引っかかる。
落ち着いて可能性を一つずつ消していきその答えに行き着く。
あ……、まさか!
『もしかして、ハルハルさんが自分でデザインしたんですか⁉』
いや、まてまて。
専門のデザイナーに依頼したという可能性もあるじゃないか。
うちの広報部のデザイナーでもここまで上手に作れるか怪し――
『お恥ずかしながら』
「マジかッ⁉」
思わず声に出てしまった。
「本当ですよ」
とファシリが応答。
「マジレスどうもありがとう。それでハルハルさんはもしかしてデザイナー志望の学生なのか?」
「それは私からお答えできませんので、直接ハルハルさんにお聞きください」
確かにそうだな。
だが、直接聞いたら失礼な気もする。
俺自身、ファシリの開発元で働いていることは伏せているし、一方的に情報を引き出していく事に抵抗がある。
……よし、ここは一つ遠まわしに聞いてみるか。
と想起するが早いか、既にレコメンデイションボードに例文が連なっていた。俺はその内の一つを参考にしてキーを打つ。
『ひょっとして独学でここまで?』
『独学と言えば独学かもしれません。でも私だけの力ではないんです』
どういうことだ?
何とも煮え切らない答えに俺は首をかしげる。
「何らかのツールを使用されているみたいですよ」
ファシリがヒントを出すようにささやき、俺は閃いた答えを
『もしかして、AI補助付きの3Dキャラ作成ツールですか?』
『そうです! よくわかりましたね。もしかしてツムさんも経験者だったりします?』
『いえ、全く。絵心ゼロです(笑)。一応AI関連の会社に勤めているので、名前と簡単なシステムくらいは知ってるんです。例えば、クライエスタとか
『なるほどです。あっ‼ もしかしてツムさんのお勤め先って
え⁉
不意を突かれて驚くが、ひとつ前の自分の文章を見て合点がいった。
クライエスタもAYNIOも自社製品じゃねえか!
ついプレゼンテーターの癖で自社製品ばかり紹介してしまった。
「ハルハルさんは口が堅いタイプだと思いますよ」
「俺もそう思うが……」
いや、そもそも別に知られてまずいわけではないのだからいいのか?
『実はそうなんです。えー、この度はうちの製品をご使用いただき誠にありがとうございます』
「勉さん! ナイスユーモアです!」
キメ顔で親指を立てるファシリ。
はい、ナイスユーモアいただきました。てか、別にふざけたつもりは無いのだが。
『ツムさん、おもしろいです♡』
どうやら、ハルハルさんのツボにも決まったらしい。
まさかのハート付きコメントに連携して、おしりをフリフリしながらハートマークを振りまくハルハルさんアバターにさりげなく癒される俺。
普通に営業マンとして謝意を述べただけなのだが、一般の人からしたら新鮮らしい。
まあ、とりあえずいい感じに話が盛り上がってる……のか?
『あの、製品についてツムさんに聞きたいことがあるんですが、いいですか?』
『俺にこたえられる事なら何でも』
『AYNIOの名前の由来はなんですか?』
『ああ、それはAll You Need Is Order、意味は“命令こそが任務”。AIに声で命令するだけで画像を作成してくれることからついた名前です』
『そうなんですね! 意外とかっこよくてびっくりしました』
『確かに良く言えば“かっこいい”ですけど、はっきり言って堅苦しいですよね(汗) 初めはマジでこの名前で商品化される予定だったんですけど、異論があって……。それで安直に縮めたら意外とそれっぽい名前に収まったっていう実に下らない製作秘話です(笑)』
その異論を唱えたのは俺なのだが、まあ、それは別に言わなくてもいいだろう。
『下らなくなんてないですよ! とても面白い事を聞けました。今度誰かに自慢してみます!』
「よかったですね。勉さん。ハルハルさんの好感度が爆上がりです!」
「お前、適当に言ってないか?」
「まさか、そんな……、あ、ハルハルさんから追加でコメントが……」
『……あの、もしかしてですが、AYNIOを作ったのってツムさんだったりしますか?』
“作った”というのは恐らく“開発した”という意味で聞いているのだろう。
なら、答えは――
『違いますよ』
と答える他ない。
すると今度は、
『そういえばファシリさんもツムさんの会社の製品ですよね?』
『そうですが』
ハルハルさんが何を言いたいのか何となくわかる。
だが聞きたくない。
しかしそんな俺の思いを彼女が知る術もなく。
『実はファシリさんを作ったのってツムさんだったりしますか?』
やはりか。
なら答えは――
『いいえ』
Enterを押した時、俺の中で何かが冷え固まって、落ちて、砕けたような気がした。
俯いて深呼吸。鼻から長く息を吐いて気を落ち着かせる。
この感情は怒りとか焦燥感ではない。
“――だったらどんなにいいだろう”
そんな分不相応な欲望がちらつく。
諦めてしまっておいたはずなのに、他人事のように受け流せない。
それが
だが気持ちは時間とともに風化するもので、昔のようにいつまでも胸の中でくすぶることはない。
ほら、時間が経てば少しずつ、
『ごめんなさい』
突然ハルハルさんから送られてきた謝罪の六文字。
『どうして謝るんですか?』
ハルハルさんは何も悪い事はしていない。
第一、ハルハルさんに俺の絶望を知る由は無い。
俺が許可しない限り、プライベートの内容をファシリから伝え聞く事は不可能で、そもそもそのファシリさえ俺の心の内は知らないのだ。
『分からないんです。ただ、何となくツムさんが悲しんでいる気がして……』
……そうか。ファシリが俺の表情から読み取った感情を彼女に伝えたのか。
得心がいったところでこの話題は終わりにしようとキーボードに指を乗せたとき、俺のあさはかな考えは雷鳴のような音を立てて打ち砕かれた。
『あの、ファシリさんに言われたからというわけではないんです』
『なら、どうして?』
『ツムさんが何かに葛藤を抱いているような気がしたんです。私、まだツムさんの事何も知らなくて。なのに、ツムさんの気持ちも考えずに何か触れてはいけないことに触れてしまったような気がして』
まさか、たったあれだけのやり取りで……。
『急に変なことを言ってごめんなさい。もし違ってたら私の妄想だと思って受け流してください。でも、もしそうじゃないなら私に話してもらえませんか?』
「ファシリ……、本当にハルハルさんには伝えてないのか?」
「はい」
心を見透かされた――。
いや、それも少し違う。
彼女は感じ取ったんだ。
俺の背景にあるものを。
俺はこの心の葛藤をまだ誰にも打ち明けたことは無いし、打ち明けたいとも思ったことはない。情けない男の無念を誰かにぶちまけたところで何になる。
それはただの恥の上塗りだ。
ハルハルさんはまだ確信しているわけじゃない。
だから、さらりと流してしまえば何事も無かったかのようにまた日常は過ぎ去っていく。
だが本当に受け流してしまっていいのか――。
……やめろ。一体俺は何を考えている⁉
人に打ち明けてどうにかなるものではない。
しかも相手は顔も知らない、まだ、出会ってさえいない相手。
でも――。
「何か悩み事があるのでしたらハルハルさんに相談してみてはいかがですか? もちろん、私でも構いません、というより私に相談してくださると喜びます!」
「ファシリ……」
少しだけ大げさな動きで笑顔を振りまくファシリ。
俺の気のせいなのだろうか。
彼女の瞳がいつもより数倍、優しさに満ちている気がした。
これは一瞬の気の迷いかもしれない。けど――、
凍り付いていた俺の指が、ぎこちなくだが確かに動き始めた。
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