Reveal to Haruharu. 1
通常の勤務時間を一時間オーバーして何とか事なきを得た。
うちの会社は決められた勤務時間内にノルマを終わらせる事で給料にボーナスが加算され、達成できなければ仕事量と給料が減少するシステム。なので、損と言えば損だが明日に引きずることにはならなかったのでまだ良かった。
それもこれも仕事中に大爆睡を決め込んだ自分に落ち度がある。
それでも恰幅のいい広報部の部長に叱られる事はなく、逆に「疲れたら有給とっていいんだぞ……」と肩を優しく叩かれる始末。
もう罪悪感が凄い。ほんとすいません。
こんな時こそ飲みたいものだが、それでは本末転倒。
戒めの意味も込めて今日はおつまみを買わずに帰る。
そんなこんなでいつもより遅く自宅に到着。
玄関を開けると心地よい静寂が優しく迎えてくれる。
最近ではスマートスピーカーを主軸とした家電の連携でいろいろなことを声一つで行えるようになった。
だが、俺は騒々しいのが苦手なのでそういったホームアシスタントAIは利用しないし、会社からモニターを頼まれたり、試供品を頂戴した場合は実家に送って感想だけ拾っている。
今この時も両親のいい話し相手になってくれていることだろう請け合いだ。
さて、いつもならお風呂に直行するところだが、今日は朝も昼もろくに食べていないのでまずはメシ。
といっても料理スキルは皆無なので、冷凍庫にストックされたお弁当をレンチンするだけ。
味なんて二の次で、貪るようにして食い終わったらシャワールームへ直行。
お飾りの指輪を外して手早く脱衣。
出だしの生ぬるいお湯を髪に染み込ませながら物思いに耽る。
Faciliのアルゴリズムについて。
帰りの電車の中でもずっとそればかり考えていた。
あの優でさえ嫉妬するほどのそれを俺が簡単に思いつけるわけもないのだが、探求心があきらめさせてくれない。
唯一とっかかりになりそうなのはPCにしか対応していないという点だ。
例えばスマートフォンに内蔵されたアシスタントAI。
これもFaciliと同様に本体のサーバーは別にあり、実質的な判断はそこから下される。
ユーザーが会話している端末は言わば橋渡し役だ。
それでもある程度のやり取りはオフラインでも行う事ができる。
Faciliもスマートフォンで使用できた方が便利で普及率も上昇するだろうし、実際にスマートフォン向けのサービスが水面下で計画されている。
しかしどうして二年前ではそれが困難であったのか。
それは単純に端末の処理能力や容量の問題だろう。
おそらくFaciliでは端末機器自体においてのデータの蓄積と機械学習のウェイトが高い。あるいはサーバー本体の負荷を軽減するための処置なのかもしれない。
かなり極端にまとめるなら、一般のアシスタントAIでは本体サーバーからの判断をそのまま伝えているだけだが、Faciliは本来サーバーで行うべき判断を個々が独自で行う事ができるというわけだ。
学習済みのモデル――基礎があって、個々のファシリが独自に機械学習を行いながらそれを修正していくイメージ。
ユーザーの言葉、表情、声から読み取れる感情――つまりインプットに対して、どのようなアウトプットで返すのか。それをファシリは常に学習しながら修正しているはずなのだ。
不透明なのはそのアルゴリズム。
アウトプットの評価や報酬の与え方。
簡単に言えば、
“ファシリは何を判断基準に行動選択をしているか”
という事。
それが全く分からないのであれば諦めもつくのだが、何故だろうか……自分でも不思議なのだが、あと少しで何かを閃きそうな気が……。
……っといけない。
滴る雫の音でふと我に返る。
またお湯が止まっていたようだ。
まあ、仮に閃いたところで何がどうなるというわけでもない。
今はとにかくFaciliの性能をモニターするべき……
――いや、彼女を体感したい。
十代のような無邪気さに突き動かされ、俺は超高速で洗体を終え、髪を乾かす時間も惜しんでノートPCを開いた。
「やあ、ファシリ」
それが合言葉となってアプリが起動。
彼女が丁寧なお辞儀と綺麗な声で出迎えてくれる。
「お帰りなさい。勉さん」
茶色がかった髪を揺らして柔らかく微笑んだあと、あっ、という表情を一瞬だけ浮かべた。
「ん? 何か言いたいことがあるのか?」
「いえ、そういえば今日は勉さんと一緒に家を出て一緒に帰ってきましかたらお帰りなさいは変かなと思いまして」
意外過ぎる返答に俺は半分呆れて半分驚愕して言葉を失った。
“下らない事を気にするAIだ”と、単純に切り捨てる気にはなれない。
こういった不要とも思えるやり取りが人間らしさを演出しているのだ。
「お帰り……でいいんじゃないか?」
形式的な問題ではなく、そう言って貰いたいと心が望んでいる気がする。
そんな内情を知ってか知らずか、
「はいっ! そうさせていただきますね」
と弾けるように彼女は答えた。
「さて、それでは本日はどういたしましょう。ハルハルさんはまだ帰宅されていないみたいです。新しいフレンドをお探しになりますか?」
それも確かに魅力的だ。だが、俺はやりたいことを既に決めていた。
「俺はお前と話しがしたい」
「ええっ‼ 私とですか⁉」
身を引くほどの驚きよう。
そこまで驚愕されると拒否されているみたいで悲しくなる。
「あの、その……別に嫌と言うわけではないんですよ?」
しまった。顔に出ていたのか。
「私はただ嬉しくて……勉さんに必要とされるのが……」
組んだ人差し指を絡めあうようにして、小声でボソリ呟くファシリ。
「……そういう不意打ちはやめろよ……」
「え?」
聞き取れなかったのか、適切な会話パターンを持ち合わせていないのか不思議そうに首をかしげるだけのファシリ。
「……なんでもないから」
「そうですか……て、あれ? そういえば勉さんの頬赤くないですか? 風邪でも引いたのでは――」
「なんでもないから! 気にするなっ!」
悪かったなぁ。耐性ゼロで。
ひょっとしたらまたからかわれたのかとほんの少しだけ訝しんで彼女をみやるが、その無邪気すぎる笑みに魅せられ、邪なのは自分の方だと思い知らされる。
……まったく、AI相手に俺は何をやってんだ。
一度重たいため息を吐いて頭を冷やし、気を取り直して話しかける。
「質問がある。至って真面目で……少し意地悪かもしれないが……」
「ふふっ。いったい何でしょうか?」
く……、聞きづらい。
しかし、これは聞かずにはいられない。
「ファシリ、お前はAIなのか?」
何を馬鹿な、と思うかもしれないが、この質問はかなり重要だ。
実はAIの定義はかなりあやふやで、どういった条件を満たせばAIと呼べるのかは定まっていない。
ある見解によれば、ニューラルネットワークにより”学習”という人の大脳の機能の再現に成功したものはAIと呼ぶにふさわしいとされる。
では次の場合はどうだろう。
ある特定の質問に対して一対一の決まった応答をするようにプログラムされた機械。
これを人工知能と呼べるのか。
この場合、機械自体が考えているわけではないので厳密には知能とは呼べない。
しかし、もしこのプログラムと対話した人間が人と話していると感じることができれば、それは人工知能と呼べるのかもしれない。
逆にAIの定義をさらに厳格化し、“感情を持つもの”に限定すると、先の“学習”ができるだけではAIと呼ぶことはできない。
こういった事情から、例えばスマートフォンに搭載されているアシスタントAIなどに同じ質問をしたらあやふやに答えるようになっていたりする。
ファシリはこの質問になんと答えるのか――。
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