サツキのせい


 ~ 六月二十一日(金) おもち ~


 サツキの花言葉 協力を得られる



 今日も学校帰り。

 大きな寄り道をしています。


 ただ、連日のように。

 草の生えた裏庭や。

 畑の真ん中に立つぼろ屋ではなく。


「久しぶりに来ると気後れするのです」


 この界隈で一番栄えた町。

 そんな駅前の百貨店を。

 口をぽかんと開けて見上げます。


 でも、俺たちは。

 ここへ買い物に来たわけではなく。


「まったく情けない。こんな時期まで進路が定まらないなんて……」

「すいません、会長」

「だからいつまで会長と呼びますか! 非常識です!」


 この、ぷんすこ怒るお綺麗な女性。

 大学生になって、どんどん綺麗になるお姉さんは。

 元生徒会長の、雛罌粟ひなげし弥生やよいさん。


 そして、会長のお隣で。

 おろおろとしているのは、妹の葉月ちゃん。


「お、お姉ちゃん。そんな言い方しないで……」

「葉月も、この不良生徒を見習ってはいけませんよ? すでに進路が確定していてよい時期ですが、あなたはどうなのです」

「か、介護関係に進みたいって、漠然と思ってるけど……」

「それはいけないのです。漠然とではなく、もうちょっと具体的に見据えたほうが良いのです。介護と言ってもピンキリですし……、そうだ。今度俺たちと一緒にお仕事の見学に行きますか?」

「え、えっと……」

「あなたが先でしょうに! 秋山道久、なにを偉そうに言いますか!」

「ごもっとも」


 今日はうっすらとお化粧などされているせいで。

 ドキドキしてしまうのですが。


 会長は、そんな俺の気も知らずに。

 ぷりぷりとなさってばかりなのでした。



 ……先日。

 弥生さんと葉月ちゃんが。

 二人で俺のクラスに遊びに来たところ。


 まだ進路が決まっていないと話したせいで。

 ご親切にも、お仕事の話を聞く機会を設けてくれたのですが。


 まあ、一点気になるのは。

 生徒会長さん。

 卒業した学校に遊びに来すぎなのです。



 さて、そんな会長さんに先導されて。

 百貨店へ足を踏み入れますが。


 想定通り。

 こいつはたったの三歩で。

 俺たちとは違う方向へ進みます。


「これ。こっちが先です」

「痛いの。首根っこを掴まないで欲しいの」


 猫みたいに勝手気まま。

 そのくせ猫のように首根っこを掴んでも。

 持ち上がらないこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。

 そこを薄紅色のサツキで埋め尽くしているせいで。

 すれ違う人、誰もがぎょっとしていますが。


 最近、マヒしていた恥ずかしいという感覚が。

 今日は、ふつふつと湧き上がります。



 そんな穂咲が興味を引かれたのは。

 入り口で行われていた催事なのですが。


 飲食店の入ったロビーでお餅つきなどして。

 無料配布しているようなのです。


「貰って来るの。今日はきな粉な気持ちだったからドンピシャなの」

「帰りにしなさい」


 苦笑いの雛罌粟ひなげし姉妹にぺこぺこと謝りながら。

 慌ててエスカレーターに飛び乗って三階へ。


 そして、エスカレーターから降りるなり。

 驚くような光景を目にしたのです。


「弥生ちゃ~ん! 久しぶり~!」

「ぶほっ!?」


 いきなり会長に抱き着いて。

 いえ、タックルして押し倒してはしゃぐ女性。


 よく見れば。


「……あれ? そっくり?」

「全然似ていません! それより非常識です! 早くどいて下さい!」


 ちぇー、などと口を尖らせながら立ち上がった女性は。

 やっぱり弥生さんに似て、少し険のある感じの美人さん。


 まあ、この有様を見て。

 険のあるという印象はきれいさっぱりなくなりましたが。


「まったく、何て恥ずかしい……。これ以上人目を引く様な事をしたら帰りますのでそのおつもりで!」

「分かった分かった! それより弥生ちゃん、お化粧嫌いって言ってたわよね? 今日は気合入れてきたの?」

「う、うるさいので少しお黙りなさいあなたはっ!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人に。

 目を丸くさせているしか術を持たない俺たちでしたが。

 

「ええと……、こちらは?」


 葉月ちゃんに訊ねると。

 苦笑いを浮かべながら教えてくれるには。


「一番上の、さつき姉さまです」


 ……へ?


 ええと。この間、小さな妹さんと偶然お会いしましたが。

 むつみちゃんと言いましたっけ?


 一番上と一番下。

 めちゃくちゃ年が離れているようですが。


 まさか。

 十二人姉妹じゃあるまいな。


 そんな疑念を抱きつつも。

 ご挨拶などしてみると。


「ほうほう。君があのミチヒサ君か~。なるほどなるほど~」

「珍しいですね。穂咲より俺に関心を向けるなんて」


 いつもこいつの隣にいるせいで。

 初見の方に興味を示されるという体験は。

 実にレアなのです。


「それに、雛罌粟姉妹にしては堅苦しくない方で驚きました」

「あら、生意気な子~! 弥生が好きそうな子ね~!」

「んななななっ! ちょっ、余計なことはいらないので! 仕事について、彼の疑問を晴らしてあげなさい!」

「あはは! そんな話だったっけ~?」


 姉妹らしく。

 なにやらドタバタと大騒ぎしていますが。


「じゃあ百聞は一見に如かずって言うし~! さっそく職場に行ってみようか!」

「え? 喫茶店で話すだけでいいのです! あそこはダメです! 非常識です!」

「皐姉さま! それはちょっと……!」


 両腕を一本ずつ。

 妹二人に引かれた皐さん。


 でも、そんなことはお構いなしに。

 二人を引きずって向かったお店に、俺も皆さんの後に続いて……、即Uターン。


「入れるはず無いのですっ!」

「びっくりしたの。興味あるのかと思ったの」

「ないですっ!」

「でも、高校生にもなったら、一度はちゃんとこういうお店で店員さんに選んでもらった方が……」

「一生御用はございません!」


 バカなの!?

 なんで俺が女性用の下着を選んでもらわなきゃならんのです!


 それにしても。

 なんというパステルカラーのお花畑。

 早くお店の前から離れなきゃ。


 至る所から氷の矢のような視線が俺を突き刺すのですが。

 今日は穂咲よりも注目を浴びて。

 精神的にへとへとなのです。


「何してるのよ~! 入って入って!」


 無茶なことを言いながら。

 引き返してきた皐さんなのですが。


「ご興味はお持ち?」


 そんなことを聞かれても。

 真っ向から否定するのも悪いですし。


 なんと返事をしたらいいものか。

 俯いたまま口をつぐむ俺に、助け舟。


「ばれちったの。ほんとはここより、入り口で配ってた、つきたてお餅に興味津々なの」

「え?」

「ご興味は、お餅なの」

「あはははは!!! なにそれ!」

「花より団子か」

「お団子じゃないの、お餅なの」

「あははははははははは!!!」


 いつもの同音異義語で救われた半面。

 恥ずかしいったらありゃしない。


「面白い子! 弥生、ちょっとこの子借りるわよ?」

「ちょ、ちょっと! お待ちなさい!」

「ふえええええ!? い、いやなの、間に合ってるの!」


 皐さん。

 今度は穂咲の手を引いて、弥生さんに羽交い絞めにされているというのに。

 ひょひょいと下着を掴んで。

 お構いなしに、フィッティングルームへ入ってしまいました。


「ひにゃああああ!」

「ほら、じたばたしない! 店員の協力によって、はじめて知ることになるのよ! 普段は全身に散らばったおっぱいは、こうして集合させることができるの!」

「ぎゃあああああ! 触っちゃ嫌なの~~~!!!」


 阿鼻叫喚。

 ポップな店内の音楽に合わせて。

 響き渡る断末魔。


「……さすがに。ここにはいられないのです」


 お店の外に。

 俺と二人、取り残された葉月ちゃんに。

 ギブアップを宣言します。


「ですよね……。でも、お仕事の話を聞きに来たのですよね?」

「まあ、そうですけど」

「じゃあ、秋山先輩も、皐姉さまの全員集合テクを体験していきます?」


 可愛い後輩とは言え。

 さすがにデコピンです。


「俺は席を外します。穂咲よりカップが大きくなったりしたら、明日から口もきいてくれなくなるので」


 俺は、何となく脇のあたりの肉を寄せたりしながら。

 お店から離れて。


 仕方なく。

 お餅の行列に立っていることにしました。


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