バラの蕾のせい


 ~ 六月十九日(水) かしつき ~


 白薔薇の蕾の花言葉

      愛するには若すぎる



「お菓子は?」

「え?」

「お菓子付きって言ってたの。じゃなきゃ、こんなの割に合わないの」


 もうすぐ十八歳になろうというのに。

 お菓子につられて俺についてきたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をツインテールにしていますが。

 今日は珍しく。

 お花を活けていません。


 と、言うのも。


「最後の一本! 取ったー!」

「ちぇーっ!!

「俺が欲しかったのにな!」


 ……先ほどまでは。

 いろんなお花のアソートセットになっていたのですが。


 天使のような山賊に。

 みぐるみ剥がれてしまいました。


「山賊の、一番下っ端みたいな扱いですね」

「さんざんなの。それより、お菓子は?」

「……この時期の草むしりは、湿気でむわっとするので、加湿器みたいだと言ったのです」

「同音異義語! だったら、ついてこなけりゃ良かったの!」


 もうすぐ十八歳になろうというのに。

 子供のような聞き間違えなどする穂咲でなのでした。



 ……ここは、地元駅から五駅も先の児童館。

 いつもお世話になっているまーくんからとは言え。

 普段なら。


 『草むしり手伝ってくれない?』


 なんてメッセージを受け取ったら。

 既読スルー確定なのですが。


 お仕事のヒントを探す身としては。

 いい機会を貰えたと。

 こうして学校を早退してお邪魔したのです。


「やれやれ。意外と重労働なのです」

「だらしねえなあ道久君は。子供らの方が役に立ってるじゃねえか」


 まーくんが視察に来た会社のお隣に建つ児童館。

 その裏庭が。

 手入れもされずに草ぼうぼう。


 これを見たまーくんは。

 視察と、お偉いさんとの会合を部下に全部丸投げして。


 児童館に押しかけて、先生方のお尻を蹴飛ばして。

 遊びに来た子供たちと一緒に。

 草むしりなど始めてしまったようなのです。



 まーくん、お偉いさんのはずなのに。

 高級そうなスーツを泥だらけにして鎌をふるっているのですが。


「こら! 俺は鎌持ってるから近寄るなって言ってんだろ? まとわりつくならこのお兄ちゃんにしろ!」

「迷惑千万。俺にも装備させてくださいよ、その子供よけアイテム」


 子供は俺をサンドバッグ代わりにするので。

 どうにも苦手なのです。


「助かったよ。今日は五時間目で終わりだったのか?」

「五時間目までいたら、こんな時間にこれません。お昼を食べて、五、六時間目は自主休校です」

「お? そいつは悪かったな」

「いえいえ。仕事について、ヒントを貰いたくて来たのです」


 まーくんが刈り取った草を袋に詰めながら。

 こちらを優先した理由を話すと。


「そういや、スタイリストやめたんだったよな。もっと楽しいもの見つけたのか?」

「それがちっとも見つからないからここにいるのです。……ちなみにまーくんは、どうして草刈りなんかしているのです?」

「ちょー楽しいから!」


 ……変な人なのです。


「俺はな? 嫌な仕事は部下に押し付けて、やりたいものだけやりたいから出世したんだ。そんかわり、こいつは押し付けられたんだが」


 そう言いながら見つめる先。

 ひかりちゃんが両手に草を握りしめて。


 嬉しそうにまーくんに渡すと、再び茂みへ向かいます。


「……部下って、ダリアさんの事だったのですね」

「そう」


 それにしても、やりたい事をするためって。

 昨日父ちゃんから聞いたお話の。

 アンチテーゼなのでしょうか。


 なんだか、複雑なのですが。

 ちゃんと理解しないといけないのでしょうか。



 いくら考えても、もやもやしたまま。

 一時間ほど過ぎた頃。


 穂咲をいじめていた子供たちを追い払いながら。

 若い先生が声をかけてきます。


雨虎あめとら商事の藍川さん! 準備できましたよ!」

「お? じゃあ、穂咲ちゃん! 子供たちの手を洗わせて、児童館に入れてくれ」

「なんで?」

「おやつの準備ができたってさ!」


 そんなまーくんの声を聞いて。

 子供たちは、我先にと駆け出しますが。


 豹変した穂咲の声が響くと。

 途端にびたっと止まるのです。


「フリーズ!!! 両手を高くあげて、水道の前に並ぶの! 一人でも言う事を聞かないお友達がいると、なんと! あたしのおやつが取り上げられるの!」


 ……言っていることはめちゃくちゃですが。

 その必死さは伝わった模様。


 子供達は、素直に一列になって。

 穂咲の指示で、手洗いとうがいをしています。


「さっきまでは穂咲をいじめてたくせに。急に子分になっちゃいましたね」

「子分なんかじゃないの。……ダメなの! 爪の間も、良く洗うの!」

「……やっぱり子分です」

「違うの。はい、次のお友達。手洗いするの。うがいするの」


 そして順繰りに声をかけてますけど。


「手洗い、うがい。手洗い、うがい」


 しまいには面倒になったようで。


「てがい」


 ……やっぱり。

 子分じゃないですか。


「じゃあ、最後は道久君なの」

「へいへい。親分も洗うのです」

「当然なの」


 そして子供達に続いて児童館に入ると。

 幾人か、子供と一緒に来ていたお母さんたちがせっせと準備して。


 低い長机で作った特設会場に。

 パンケーキとミルクのセットが並べられていたのです。


「……あれ? 我先に飛びつくと思っていたのに」

「なに言ってるの? 子供たちとお母さんが先に決まってるの」

「でも、急がないと足りなそうですよ?」


 子供たちの目の前には。

 一つずつ、ご褒美セットが並んでいますけど。


 残りの数セット。

 お母さん方はお互いに譲り合って。


 ようやくじゃんけんで、どなたが食べるか決定して。

 席がすべて埋まってしまいました。


「いいのですか?」

「子供たちが美味しそうに食べてる姿を眺めてる方が幸せなの」

「悪いな、お前ら。足りなくて」

「いえ、まーくんが謝ることでは。別に構いませんよ」


 ……それに。

 あれだけ、お菓子お菓子と騒いでいたのに。

 気持のいいことを言う穂咲のおかげで。

 俺もお腹がいっぱいになったところですので。



 そして賑やかにおやつタイムが始まりましたが。

 子供たちにとっては遊びの延長。


 そこいらじゅうで。

 小さないざこざが起こります。


 お隣りの子のパンケーキがいいとか。

 牛乳が嫌いとか。


 さらには牛乳を零してしまう子が現れて。

 大人たちが慌ててそちらに意識を持っていかれている間に。


 もっと大きな事件が起きました。



 男の子が大声で泣きだして。

 その隣で、二年生くらいの男の子が困り顔。


 どうしたのと、そばにいたお母さんが泣いていた子に訊ねると。

 この子が、ぼくのパンケーキを食べちゃったと言うのです。


「……穂咲みたいなやつなのです」

「そんなら、根はいい子に違いないの」


 減らず口の穂咲と共に。

 ケーキを食べちゃった男の子が叱られている姿を見つめます。


 でも、いくらごめんなさいしなさいと言われても。

 頑として聞かずに。


 最後には、部屋の隅っこに逃げて行きました。



 すると、優しさと厳しさを兼ね備えた表情の館長先生が。

 彼の元へ向かったのですが。


 館長先生の前に。

 両手を広げて、行く手を遮る女の子。


「……ひかりちゃん?」


 そう。

 ひかりちゃんが。

 館長先生をとおせんぼするのです。


「おじょうちゃん。どうして私を止めるのかな?」

「あのね、あの子、悪くないの。先にケーキを食べちゃったの、あの子の方なの」


 なんと。

 驚きの事実。


 今まで泣いていた男の子に、お母さんが問いただしても。

 そんなの知らないと言っていますけど。


「……でも。ひかりちゃんは、ウソなんてつかないの」

「そうなのです」

「やれやれ。しょうがねえなあ」


 するとまーくんが立ち上がり。

 自分に免じて、ここは無かったことにして欲しいと頭を下げたので。


 なんとなく、それぞれがわだかまりを抱きつつも。

 慌ててまーくんの元に駆け寄って。

 了承する館長先生の姿を見て。

 言及するのをやめたのでした。



 ……そんな中。

 隅に逃げていた男の子が駆け出して。

 部屋から飛び出すと。


 ひかりちゃんも、彼を追って駆け出したので。

 俺たちはこっそり彼らの後を追います。


 すると廊下の片隅。

 みんなの荷物箱の中から。


 男の子は何かを取り出すと。


「ありがとう。……こ、これ、あげる」


 自分をかばってくれた少女へのプレゼント。


 きっと、穂咲の頭から抜いて。

 お母さんにでもあげようと思っていたのでしょう。


 蕾のままの白薔薇を。

 ひかりちゃんに手渡していたのです。


「ありがとう。……でも、なんで言わないかったの?」

「いいだろ? べつに」

「なんで?」


 ……なんでなんで期のひかりちゃんに絡まれて。

 困った顔をする男の子。


 でも、どこか嬉しそうに。

 自分の服を引っ張る、プラチナブロンドの少女の頭を。

 優しく撫でていたのでした。


「……道久君」

「はい?」

「あいつ、俺より背が高くなるか?」

「分かるわけ無いでしょう」

「そうだよな。……よし! 道久君! 今日は飲むぞ!」

「何をです? ……ちょっと! どこへ連れて行く気です!?」


 そしてまーくんは。

 穂咲に、ひかりちゃんを頼むとだけ言い残すと。


 近所の居酒屋に俺を連れ込んで。

 気持ち悪くなるほど無理やりジュースを飲ませて。


 自分は泣きながら絡みながら。

 お酒を浴びるように飲むのです。


 ……どれほど自分のやりたい仕事だとしても。

 まーくんの部下にはなりたくないのです。


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