スモークツリーのせい
~ 六月十八日(火) かよう ~
スモークツリーの花言葉
賑やかな家庭
雨上がり。
ペトリコール漂う駅前で。
相変わらず、音程もリズムもめちゃくちゃな歌を歌うのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、三段ポニーテールにして。
それを貫通するように、スモークツリーが一本突き刺さっているのです。
もくもくと、ピンク色に煙るように見えるスモークツリーが。
ここだけ、未だに霧雨が降っているようにも見えるのです。
「かようなの」
「最近流行の歌ですか? 俺は詳しくないですし、もし知っていたとしても君が歌うと別の曲になるのです」
「同音異義語なの! それより、別の曲ってどういう意味? 雨上がりの騎士、ペトリコール・リッター参上なの!」
「いたいいたい。傘で突かないで下さい」
英語なのやらドイツ語なのやら。
火曜と歌謡と聞き間違えたくらいでそんなに怒らないで下さい。
いや、音痴を指摘されて怒っただけか。
それこそ、何をいまさら。
それよりも。
「いきなり火曜とか言われましても勘違いしますって。なんで曜日の確認?」
「待ち合わせ時間になっても来ないから確認したの。今日であってる?」
「はい、今日なのです。……お。やっと来た」
駅前の待ち合わせ場所へ向かって来る、棒と丸。
見紛うはずもない。
父ちゃんと母ちゃんです。
……今日は、穂咲のとこのおばさんが。
夜中までお仕事だということで。
母ちゃんが、穂咲のために腕によりをかけると。
満漢全席でもこさえるかねと。
鼻息荒く宣言していたのですが。
「まったく、高校生に外食させることになるとは」
「しょうがないさね! 夜、ぐっすり寝られるヨガってやつをテレビでやってたんだから!」
「……それが、何の意味があるんだ?」
「だから、それやったら疲れて寝ちまったのさ、さっきまで」
「夜って単語はどこに行ったんだ」
遅刻してきたことを謝りもせず。
ぎゃんぎゃんと口喧嘩などしていますけど。
「夕食に合わせて帰ってくるために二人ともがっつり勉強してきたので、お腹ペコペコなのです。早く行きましょう」
俺が文句をつけてもこの二人のケンカは収まらず。
それでも最後には父ちゃんが折れて。
トボトボと歩き出すのですが。
「ほらあんた! どこ行くんさね!」
「ん? ファミレスじゃないのか?」
「中華作るって言ったんだから、中華に行くに決まってんじゃないのさ!」
そう言いながら、母ちゃんが向かう先。
ショッピングセンターの方なのですが。
確かに、あそこ。
ドリンクバーが付いてる中華レストランが入っていましたっけ。
そして、女子二人が大声でドラマの話で盛り上がる後ろを。
俺と父ちゃんがついていくと。
三組ほどの行列が出来た。
赤を基調にしたおしゃれなお店と。
紫のキラキラを基調にした。
おしゃれの欠片もない総支配人が待っていたのです。
「おや? お前達はビンボウ・バーガーのしがない店員じゃないか。こんな高級レストランに何の用だね?」
「お久しぶりです、支配人」
「そっ! うっ!」
「は?」
「総! 支配人!」
「あ、そうでした」
「総だよ! 総!」
「はい、そうでしたね」
「……同音異義語なの?」
正解です。
面白いので、からかっているだけです。
そんな面白支配人さんと遊んでいる間に。
席が空いたようで。
俺たちは、あっかんベーされながら。
美味しそうな香り漂う店内へ入りました。
「なんだか、騒がしい人だったねえ」
「俺たちだって十分騒がしいのです。お店では静かに願いますね?」
任しとけと、がはがはと笑う母ちゃんですが。
……笑い声がやかましい。
ため息をつきながらメニューを捲ると。
店員さんが、お冷やを四つ持って来てくれたのですが。
「お。ドリンクバーがあるのです」
そうなると。
貧乏性が顔を覗かせて。
お冷やに手をつけるのがもったいなく感じてしまいます。
ライスやスープが食べ放題というシステムと。
店員さんの服装はお手軽ファミレスっぽいのですが。
お店の雰囲気とお値段はそれなり高級で。
やはり、ちょっと静かに食事をするべき。
改めて、そう感じた俺の耳に響き渡る罵声。
「ランチは五時まで!? どういう事さね!」
「任しとけと言った舌の根も乾かぬうちにやかましいのです。もうすぐ七時ですし、十分まっとうな話です」
「向こうの定食屋じゃ、夜でも朝ごはんセット出してくれるじゃないのさ!」
「あれは母ちゃんが無理やり作らせてるだけなのです」
まったく、騒々しいったら。
穂咲は楽しそうにしてますが。
男子チームは揃ってため息なのです。
「それより、珍しいですね。父ちゃんはお休みなのですね」
サラダのページを吟味する父ちゃんに。
一品料理にセットでお得なドリンクバーを頼むとライスとスープが付くからと。
野菜炒めを勧めながらたずねると。
「労働基準法の問題でな。月の頭に休出した分休めという話だ。……納期も迫っているというのに……」
そして、サイドメニューの餃子を見つめて腕組みなどし始めるので。
ドリンクバーに餃子とデザートが付いたセットを指差してあげると。
納得の頷きを一つ返して来たのです。
「……ゴールデンウィークの旅行でまーくんに聞きましたけど。父ちゃん、お客様に信頼されているのですよね。それほどしっかり仕事をしているという事なのでしょうか」
「当然だろう。仕事なんだから」
「でも、ちゃんと仕事しない人もいるわけなのですよね?」
「うちの会社じゃ見かけないが……、世間一般的には、そうなるな」
穂咲と母ちゃんが、ようやく注文が決まったようで。
呼び出しボタンで店員さんを呼ぶと。
驚いたことに。
二人で四品も頼んで。
ドリンクバーを付けています。
……それなら。
余らせるのが明白ですので。
俺と父ちゃんは以心伝心。
穂咲が頼んだ四つの内二つに。
ドリンクバーだけつけることにしたのです。
「しかし……、藍川さんに、ちゃんと食べさせると約束しておいてなんてざまだ。いいか、道久。これが、ちゃんと仕事しないやつのいい例だ」
「失礼な! 今日はたまたまさね! それに穂咲ちゃん、ここに来たかったって言ってたし!」
「そうなの。だから、ケンカしないで楽しく食べるの」
穂咲に言われると。
二人とも、口をつぐんでしまうのですが。
やれやれ。
俺が言ってもきかないくせに。
「……じゃあ、ちゃんと仕事しない人はどうなるのです?」
母ちゃんと穂咲がドリンクバーへ向かう間。
俺は父ちゃんに訊ねます。
「そうだな。個人経営の寿司屋でも想像すればいい」
「ん? ……美味しい店と、美味しくないお店?」
「そうなるな。……だが、チェーン店の回転寿司は、たくさんの職人がいくつも握るだろう。その中に、ろくに仕事をしないやつがいたら?」
ええと。
個人経営だと、真面目にやらないとすぐ潰れるでしょう。
でも、チェーン店なら。
意外と平気?
「……なるほど。でも、他のみんなからは信頼されないでしょうね」
そうか。
信頼に足る、という言葉の意味が分かった気がします。
ならば、やりたい仕事ということにこだわらずに。
真面目に一生懸命仕事することだけ考えていればいいのでしょうか?
進路のヒントになるかもと。
質問してみたのですが。
余計こんがらがって来たのです。
そんな俺の耳に。
店員さんの大声が届きます。
「お客様! そちらはちょっと……」
「わはははは! お代わり自由なもんしか乗せてないさね!」
母ちゃんがなにかしでかしたようなので。
頭を抱えながら事件現場に向かうと。
この人。
ライスにお代わりOKのザーサイを乗せて。
スープをかけて、中華おじやにしてます。
偵察機は。
友軍に扱われるのも恥ずかしいのでそのまま帰還。
そして本部へ報告です。
「父ちゃん。あそこで注文してない料理を生み出しちゃった偉人を回収して来るのです」
「まったくあいつは……」
そして本部自ら戦地へ向かうと。
今度は本部が攻撃され始めました。
「お客様! そちらは召し上がってはダメです!」
「少量だ、気にするな」
「気にします!」
……え?
父ちゃんは何やってるの?
一人、濁った色のドリンクを二つ抱えて戻って来た穂咲に訊ねると。
「おじさん、天才なの。緑茶のティーバッグの中身をご飯にぶちまけて、お湯を注いでお茶漬けにしてるの」
「ミイラを取りにミイラが行っただけなのです」
頭を抱える俺の耳に。
くすくすと。
幸せそうな笑い声が聞こえるのですが。
「楽しいの」
「恥ずかしいだけです」
「じゃあ、道久君にも楽しいのおすそ分けなの」
「いりませんよこんなミックスドリンク。……何と何を混ぜたの?」
「メロンソーダの中にレモンソーダ」
「……まあ、そこまでゲテモノじゃないですね」
もっとひどい物を想像していた俺は。
興味本位でミックスソーダを口にしたのですが。
レモンの味が薄くて。
ほぼ、メロンソーダなのです。
「このコンセプトは何?」
「緑の中に、黄色いピカピカがあるときれいなの」
「またなんか始まった!」
去年とそっくり!
まさか、またなのです!?
「……思い出せないの」
「知りませんから。あと、緑に混ぜたら黄色は消えちゃいます」
「……そうなの。消えちゃったの」
「なにが?」
「それを探すのは道久君の仕事に決まってるの」
「分かるわけ無いでしょうに!」
思わず席を立って。
大声を上げた俺に。
店員さんが。
お静かに願いますと爆撃して去っていきました。
「うるさい奴だな」
「ホントさね」
「恥ずかしいの」
あまりにも腹が立ったので。
俺は店の外で立っていることにしました。
…………そして、ずっと。
総支配人さんに絡まれたのでした。
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