四つ葉のクローバーのせい


 ~ 六月十七日(月) どっこいしょ ~


 四つ葉のクローバーの花言葉

   私のものになって



 四時間目の授業の間。

 俺だけ、生徒指導室に呼び出されました。


 と、言うのも。

 未だに進路志望が確定していない三年生が俺だけということで。


 ……それっぽいことを言ってごまかしても良かったのかもしれないのですが。


 でも、正直に言って。

 何かヒントを貰えるなら。


 そんな思いで向かった指導室で。

 不毛なお小言が始まったのです。


 そこで、偶然とは言え、おばあちゃんに連れられて。

 職業体験をしていることを説明して。


 前向きに検討しているという言い訳を信じてもらうことに成功しましたけど。


 でも、本題の。

 仕事についてのヒントを貰おうと。

 先生のお仕事について質問したところ。


 気づけば愚痴を聞いているだけという。

 やはり不毛な時間になりました。


 そんなこんなで、教室に戻ってこれたのは。

 お昼休みも半ばになったころ。

 さすがにお腹がペコペコなのです。



「お。帰ってきやがった」

「我がクラス一のワル、御帰還っしょ!」

「ワルとは失礼な」


 おや珍しい。

 本日のリストランテには。

 柿崎君と日向さんが腰かけて。


 穂咲特製、ミルクプリンなど召し上がっているのです。


 察するに。

 穂咲が、仲のいい日向さんをご招待したところ。

 日向さんのことを気に入っている柿崎君が押し掛けてきたのでしょう。


 ……なんて思っていたのに。


「お前のこと心配で、藍川に聞いたんだけど。まだ進路決まってねえのかよ?」

「なんと。そんなに心配してくれるなんて」

「あたりめえだろ。いつも藍川の面倒見てばっかで、自分の事を後回しにし過ぎなんだよお前」

「そうっしょ。たまには自分のことだけしっかり考えるといいっしょ!」


 嬉しいことを言って下さる二人の後ろで。

 珍しく、優しい笑顔で頷くこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をギブソンタックにして。

 頭のてっぺんに一つ。

 四つ葉のクローバーを植えていますが。


 おばさんが取ってきちゃったこと。

 君は苦笑いしてましたけど。


 ほんとは、四つ葉のクローバーを摘むの。

 君は嫌いなのですよね。


 夜にでも。

 きっちり叱っておきます。



 四つ葉のクローバーは。

 見つけると幸せになるものなんだから。


 他の人にも幸せになってもらうために。

 摘んじゃいけないんですよって。



「お腹、ぺこぺこです」


 そして、俺が席に着くなり。

 穂咲はお昼ご飯を出してきたのですが。


 ……二人がミルクプリンを食べていたので。

 これがデザートになるならと。

 洋風の料理をあれこれ想像したのですけど。


「洋風までは正解でしたが。これは想定外なのです」

「たくさん食べると良いの」


 まあ、たくさんですけどね。

 バケツ一杯のミルクプリン


 しかも、ちょうど二人分くらい。

 お玉ですくい取った跡があるのです。


「俺も小鉢で食べますよ」


 そう言って、手にした小鉢の中に。

 オードブルを押し込まれました。


 小さい器にそんな無理やり詰めるから。

 オードブルの黄身が潰れちゃったじゃないですか。


「こんなに食えませんので。お二人も、お代わりどうぞなのです」


 俺が二人にすすめながら手を合わせている間に。

 プリンをなみなみとお玉ですくったお調子者の柿崎君。


 ……器に入らないでしょうが、そんなにたくさん。


 呆れながら、笑いながら。

 俺がオードブルを一飲みにすると。


 けたたましい音を上げて扉が開いて。

 見慣れたコンビが教室へ入って来たのです。



「おい、おっさん! 知恵を貸してくれ!」

「ちょ、ちょ、ちょっとヒナちゃん! やぶからぼうだってば!」


 この、礼儀知らずなシャギーヘアは加藤雛ちゃん。

 その腰にしがみつきながら引きずられるのは香取小太郎君。


 最近仲良しの二人組なのです。


「なんだなんだ!?」

「可愛い一年生ズが押しかけて来たっしょ」

「……知恵を貸せって言われましても。雛ちゃんの方が物知りでしょうに」


 そして俺たちの元に来るなり。

 穂咲にミルクプリンを振舞われているのですが。


 雛ちゃんは迷惑そうな顔で俺の前に器を置くと。

 吊り上がったアーモンド形の目で顔を覗き込んで。

 小太郎君を指差しながら叫びます。


「こいつ! まるで勉強しやがらないんだ!」

「はあ。穂咲と一緒ですね」

「失礼なの」

「言うに事欠いて、なんで勉強するのか理由が分からないとやらねえって!」

「はあ。穂咲と一緒ですね」

「失礼なの」


 なんとも懐かしい。

 こいつも一年の頃。

 そんな事ばっかり言っていましたっけ。


 でも、それなら対処は簡単です。

 大人ではできなくて。

 先輩だから教えてあげられること。


「それはですね……」

「お姉さんなあたしが教えたげるの。それは留年しないためなの」

「……と言う冗談は置いといて。確かに考えちゃうよね、高一くらいまでの間は」

「に、に、二年になったら考えないの?」


 ふてくされる穂咲のおでこを押さえ付けながら。

 小太郎君に教えてあげます。


「勉強の先にあるものが視界に入ってくるせいで、なんで勉強するのか見えてくるものなのです。具体的には……、えっと、日向さんの場合は?」


 嫌そうな顔をする雛ちゃんと腕を組んではしゃいでいた日向さんが。

 任せとくっしょと胸を叩きながら言うには。


「あたしは旅行が好きっしょ。で、世界中の素敵な景色を見たいから、そんな仕事をしたくって英語を勉強してるっしょ」

「柿崎君は?」

「俺は、高一の夏くらいから数学が楽しくなってさ。そこからパソコンにはまって、CGにはまって。だからそんな仕事に就こうかなって思ってる」


 ミルクプリンをさらにお代わりしながら。

 事も無さげに柿崎君が説明すると。


 小太郎君は、眉根を寄せてしまいました。


「じゃあ、好きなものを見つけてから勉強するの? それとも、勉強するから好きなことが見つかるの?」

「なんか、煙にまこうとしてないか?」


 雛ちゃんも、小太郎君に説明できないからここに来たのですよね。


 だからこうして。

 俺に問いただすのです。


「違いますって。中学までの教養としての勉強と違って、高校の勉強は、将来の夢を叶えるために必要な知識でもあり、将来の夢を探す足がかりでもあるのです」

「ゆ、ゆ、夢を……、叶えるため?」

「探すため?」

「そうなのです。……どっこいしょ」


 俺は二人に椅子を持って来て、座らせて。

 改めてプリンを並べてあげました。


「だから、今だって高校の勉強なのです。このプリンから、何かに気付く可能性だってあるのです」


 そして二人は呆然としながらプリンを口に運んで。

 その美味しさに、目を丸くさせているのですが。


「……おっさんも、そう考えながら勉強したのか?」

「俺はちょっと違うのです。俺の場合、こんな信頼できる皆さんと友達でいるわけですし。そんな皆さんが恥ずかしい思いをしないように、勉強しているのです」

「十分恥ずかしいが?」

「秋山、学年最下位っしょ?」

「もう脱出してます!」


 ちょっとみんな!

 せっかく話がまとまりそうだったのに!


「……信憑性ゼロじゃねえか」


 案の定。

 雛ちゃんが怪訝顔になってしまったのですが……。


「そんなこと無いよ!」


 小太郎君が。

 興奮しながら俺にすがります。


「長年の疑問が晴れました! ボク、一生懸命勉強します!」

「コタロー。こいつらの話を真に受けちゃだめ。特におっさん、いい加減なこと言うな。いつもみたいに立ってろ」

「そんなこと無い! 秋山先輩のように優しい人だから、こうして素敵な人が集まるって分かったの!」

「あ、う、うん……。でも……」

「ボク! いっぱい勉強して、ヒナちゃんに相応しい男になるから!」

「ふさっ!? へ、にゃっ? にょ!?」


 おお、大胆な告白。

 雛ちゃん、顔から火が出そうなほど真っ赤になっちゃいました。


「やれやれ。おあついのです」

「おっさん! それセクハラだかんな、廊下に立ってろ! ア、アタシは別にこいつのことなんか好きでも嫌いでも……」

「耳まで赤くなりながら言われましても。……どっこいしょ」

「座るな! ……も、もういい! アタシが立ってくる!」


 そして、めちゃくちゃな理由を付けて。

 雛ちゃんは、廊下へ逃げて行きました。



 残された皆さん。

 どういう訳か、俺をニヤニヤ顔で見つめているのですが。


「なんです?」

「いや、おっさんみたいだなって思ってよ。セクハラだしどっこいしょとか言うし、それに……、なあ?」

「それに?」

「そうっしょ。どっこいしょ」

「ん? 日向さん、どうしました? おっさんみたいな声出して」

「……違うの。同音異義語なの」

「え? なにがです?」


 説明しつつ、ため息などつく穂咲の肩を。

 日向さんが抱きながら慰めたりしてますけど。


「どいつもこいつも、はっきりしなくって困ったもんっしょ」


 ……だから、何の話なのです?


 俺は小太郎君と二人で首をひねって。

 みんなが何を言っているのか。

 ずっと考えることになりました。


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