イワカガミのせい
~ 六月七日(金) めがねえ ~
イワカガミの花言葉 忠実
「くそう! ちょっと目を離したすきに!」
「捜査本部! 犯人の目星は?」
「教室に怪しい奴はいなかったって報告あったっしょ!」
「ははっ! なら空き教室とか、しらみつぶしにあたるか!」
通信係の携帯から、着信音がひっきりなしに流れる中。
ホワイトボードの立て看板に『捜査本部』と達筆な三井さんが書きなぐると。
校内地図を広げて、原村さんがバツ印を書き込んで。
忌々し気に椎名さんが机をたたいた音に、悲鳴を上げたりしています。
……いやはや。
ほんとにここは学校の中なの?
「捕虜からの情報は!」
「収穫無いわ。……ねえ、隼人。ほんとに知らない?」
「誰が太巻きを盗んだかなんて、知らねーって」
「ここに来るまで、すれ違ったやついなかったしな……」
「細谷。その証言がほんとなら、犯人はあなた達四人になるのよ?」
「ですからね、渡さん。窓から逃げて行ったやつが怪しいと思うのです」
「……ああ。そいつが、怪しいな」
凄みのある中野君の言葉に。
もう何度目でしょう。
渡さんが深々とため息をつきます。
「ダメね。こいつらほんとに何も知らないみたい」
「バッドバッド! やっぱ、窓から逃げた犯人の足跡を追うわよ!」
「校外に逃げられたらアウトよね……。捜索隊からの連絡は?」
「今、何人か戻って来るみたい」
……この、令和の学校ではあまり見かけなくなった光景の発端は。
三、四時間目ぶち抜きの特別授業。
うちの学校の特徴としまして。
三年になると、特別授業が増えるのですが。
本日は、男子は学校の雨どい工事。
女子は郷土名物の太巻きを作るという。
実に不公平なものだったのです。
そして男子の方が早く終わり。
何となく集まった五人で。
へとへとになった体を引きずって。
太巻きを恵んでもらおうと。
家庭科室へ来てみれば。
なぜか教室はもぬけのから。
そしてテーブルに積まれた、美味しそうな太巻きが。
五人の喉を同時にごくりと鳴らしたのでした。
「……ほんとにあんたたち、食べてない?」
「しつこいぞ香澄!」
「じゃあ、もう一度あーんってしなさいよ」
「何度だってしてやらあ! とくと見ろい!」
大きく開いた六本木君の口の中を。
あらゆる角度から携帯で撮影して、確認する渡さん。
「おい、渡。疑うんじゃねえよ」
「そうだ。気分のいいものじゃない」
「むむむ……、確かに……」
「まったくなのです。海苔なんか、付いてるはずないのです」
だって、俺たち四人。
君とおんなじ方法でチェックしましたから。
……先に、まるっと一本ずつ平らげた俺たちが。
証拠隠滅のために歯に付いた海苔を洗い流している間。
お調子者の柿崎君が窓枠に腰かけて。
怪しい奴が近付くのを見張っておくなどと言いながら。
太巻きを望遠鏡のように持って俺たちを笑わせていたのですが。
そんな柿崎君が慌てて窓から外へ逃げ出すと同時に。
女子が持ち帰り用のタッパーを持って帰ってきたのです。
やれやれ。
逃げおおせるのですよ、柿崎君。
あるいは。
例え掴まっても。
君が五本食べたと言い切って下さいね。
……
…………
………………
「捜索隊が帰って来た!」
柿崎君が証拠を隠滅する前に捕まると。
芋づる式に俺たちも検挙されてしまうので。
捜索隊、帰還の報に。
四人揃って緊張したのですが。
「ダメだ、怪しい人なんかいなかったよ?」
「こっちも……。穂咲は?」
「この名探偵のおメガネにも、なーんも怪しいものは見つかんなかったの」
今日はメガネなどしているせいで。
ちょっと知的に見えるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をハンチング帽の形に結い上げて。
ピンクの折り紙で作った様なお花が、一つの茎からぽんぽんとたくさん開く、かわいらしいイワカガミを挿しているのですが。
「ぶかぶかメガネにハンチング。まあ、見た目は名探偵ですね」
「見た目だけじゃなくて、名探偵なの」
「……それにしても、藍川のメガネ、珍しいよな」
「そう?」
「おお。ちょっとはましに見える」
「六本木君も中野君も、メガネに目がねえの? ……はっ!? 同音異義語!」
「それはちょっと違います」
そいつはただのおやじギャグなのです。
……しかし。
やっぱりちょっとぶかぶか過ぎましたか。
泣きながら眠ったせいで、腫れぼったくなった目を隠すために。
母ちゃんの伊達メガネなど貸してあげたのですが。
輪郭と言いますか、幅と言いますか。
断然違いますもんね。
「そんなメガネの名探偵が、華麗に事件を解決なの!」
「君は迷ってる方の迷探偵ですけどね」
調子に乗ってポーズを決める迷探偵に。
思わずダメだしをすると。
「む。失礼なの。犯人は助手の道久君なの」
「懐かしいですねそのパターン。でも、迷探偵が呆れます。怪しい人、見つけられなかったんでしょ?」
俺の言葉を聞いて。
うな垂れてしまうのです。
「忠実な助手の道久君が一緒じゃない時は、怪しい人と会ったら危ないの」
「まあ、そうなのですけど。だったら捜索に出た意味」
何という役立たず。
これには一同大笑い。
「やれやれ。……これは迷宮入りかしら」
「今回ばかりはそうかもなの。怪しい人、見つけられなかったし。何の証拠もつかめなかったし。ごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げた穂咲を。
みんなが笑顔で慰めます。
やれやれ、ほんとにこいつは。
いつまでたっても子供みたい。
……でも。
そんな子供が。
どえらいことを言い出したのです。
「ぐすん……。聞き込みもダメダメだったし。そこの窓の下にしゃがんでた柿崎君も、真っ黒な葉巻をふかしながら誰も見てねえって」
「「「そいつじゃねえか!!!」」」
穂咲を囲んでいた女子一同が。
灯台の下に身を隠していた共犯者に襲い掛かると。
太巻きを握りしめた柿崎君は。
校庭を必死に逃げて行きました。
……バカなヤツ。
五時間目になれば。
お白州の場に出頭しなければいけないというのに。
と、いう事は。
俺たちの命も。
風前のともしびなのです。
「…………みんなして、ぬすっとスタイルでどこに行こうとしてるの?」
「いえ、もちろん教室に……」
そして残った女子一同に。
周りを囲まれて身動きが取れなくなった中。
この迷探偵が。
ぽつりとつぶやきます。
「道久君、爪にデコってるの。ちょっとかっこいいけど、黒いワンポイントはいただけないの」
……今日の穂咲は。
まごうことなき、名探偵なのでした。
「いただけないの」
「いただきましたけどね」
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