トキソウのせい
~ 六月五日(水)
いいづらかった ~
トキソウの花言葉 届けたい想い
まあ、このクラスは大概こんなですけど。
それにしたって今日のはちょっと酷いのです。
「だからお化け屋敷じゃねえ! モンスターを出すんだよ!」
「意味分からない!」
「いや、それおもしれーって! お客さんに剣を持ってもらってだな……」
「教室で出来るわけないでしょ!?」
「だから校庭にダンジョン掘るって言ってんだろ!」
「無理に決まってるでしょ。やっぱりクイズ大会にしない?」
「べた過ぎて面白くねえ!」
「なら初心に帰って執事喫茶!」
「いいや、メイド喫茶だ!」
クラス中。
至る所から湧き出す自己主張。
それを涙目の苦笑いという珍しい表情で見つめたまま固まる委員長。
やれやれ。
今日はバイト入っているのに。
ロングホームルームは。
延長戦突入必至なのです。
「これは行けそうにないですね」
「諦めが肝心なの」
珍しく。
俺と同じ表情のままため息をつくこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪で、頭の上に池と森のジオラマを作り。
そこにトキソウを二羽……、間違えた。
二本活けているのです。
いやはや、今日の君の頭も大概ですが。
このクラスの呆れたお祭り好きにも困ったものなのです。
「やっぱり、ダンジョン掘ろうぜ?」
「出来るわけないでしょ!?」
「いや、去年はロボバトルだって実現できたし……」
ええ、そうでしたね。
そんな夢みたいなことが出来たせいで。
「それより王宮を作ってバラ園を作って……」
「そうそう! そこで執事喫茶やる方が現実的よ!」
「どこが現実的なんだよそんなの!」
「じゃあ、舞踏会でもいいわよ?」
「いいわね! シンデレラのお城作りましょう!」
ダンジョンだのお城だの。
めちゃくちゃなことが当たり前になっているのです。
……そもそもこのホームルーム。
卒業制作の話をしていたと思ったのですが。
誰かが後世に残る文化祭の出し物をしようと言い出したので。
こんな状況になっているのですけど。
みなさん。
もう、去年の時点で。
十分伝説になってます。
……そう。
去年の文化祭。
あの時だって、直前まで何を演じるか決まらなかったわけですし。
このクラスには、人数の回数だけ。
文化祭が開催されねば収拾つかないのです。
そんな喧騒の中。
俺の目の前で。
椅子に腰かけた先生がため息などつきながら。
ようやく、重い腰を上げて介入してくれました。
「……神尾」
「は、はい! えっと……、み、みんな落ち着いて? 想いはそれぞれあるだろうけど、一旦それは飲み込んで……」
「何を言っているんだ。落ち着かせて、順に意見を出すように言え」
「こんな無茶苦茶な意見を!?」
「無茶苦茶とはなんだ。どれも一つの意見。無下にするな」
あら先生。
珍しく寛容な態度ですが。
でも、朝からなにやら機嫌がいいのですよね。
そして、妙に気になっているのですけど。
いつの間にやら、砂漠の緑化に成功してませんか?
角度による見え方の問題?
「ええと……、では、順にこちらから指名しますね。まずは柿崎君」
「メイドカフェ!」
終始一貫。
第一声以降、他の単語を一切口にしない柿崎君なのですが。
彼の発言が終わるのを待たず。
約、半数の女子が手を上げています。
「うわ……。えっと、じゃあ、椎名さん」
「バッドバッド! そんなの男子しか面白くないっての! 断然、執事喫茶がいいって!」
「なんだと!?」
「それこそ女子しか面白くねえだろ!」
そして大ブーイング。
ああもう、手を上げてから発言してって言ってるのに。
「し、静かにしてください! えっと、じゃあ、矢部君!」
強引に一人を指名すると。
喧騒は一瞬にして収まったのですが。
……指名した相手が悪いのです。
「執事喫茶なんてどこがおもしれえんだよ。それより、ミニスカガーダーニーソメイド喫茶にしようぜ?」
もちろん。
ほぼ全部の女子が、怒りまなこにて挙手。
こんなの。
収拾つくはずありません。
「道久君はどっちがいいの?」
そして、蚊帳の外に一緒にいたお隣さんが。
呑気な顔で聞いてきたのですが。
「挙手していないので言いません。……君は?」
「目玉焼きやをやりたいの」
「はあ」
「でもみんなの意見をできるだけ汲んで、ウェイターさんはみんな執事とメイドさんのかっこで」
「はあ」
「ダンジョンの奥にお店を作るの」
「やっぱ掘るのか」
「で、クイズ大会をやってお化け屋敷になってて」
「ふむ」
「……そんな劇」
「劇だったの!?」
なるほど。
たしかに全部入り。
でもね。
そんなこと言っても。
全員の希望を組み入れるのは不可能です。
小さい意見なら入れそうですけど。
例えば……。
「メイド女子にメガネをかけさせよう!」
……こんなのなら。
まあ。
しょうもないですけど。
「メガネなんて嫌に決まってるっしょ!」
「そうよ! だったら執事男子にもメガネを!」
そしてしょうもないメガネバトルに突入。
ああもう。
今夜中に終わるの? これ?
呆れてがっくり肩を落とす俺でしたが。
そんな喧騒をぴしゃりと鎮めたのが。
ガタッと席を立った坂上さんだったのです。
清楚な図書委員。
ネットゲームの時に仲良くなった、静かな女子。
そんな彼女が俯いたまま。
肩を震わせている姿。
大騒ぎしていた全員が。
あっという間に黙り込み。
固唾を飲む音すら聞こえるほどしんとした緊張感の中。
消え入りそうな声で。
坂上さんが口を開きます。
「……みものです」
え?
……坂上さん、今、なんて?
「執事のメガネは! 飲み物ですっ!!!」
「なんだそりゃ!?」
「
「確かに! そうだそうだ!」
「うるせえ! 俺だって女子のメガネくらい飲めるわ!」
……なんという火にレーザー水爆。
これはもう、お泊り申請を出しに行った方が良さそうなのです。
「……だというのに。先生はご機嫌ですね」
「ん? そう見えるか?」
「ほんとなの。それにいつもより……、おっとっと」
「なんだ? 男前に見えるか?」
そんなことを言いながら。
手櫛などいれていますけど。
「そういうんじゃなくってね? えっと……、ねえ、道久君?」
「俺だって言えません。言いづらかったのです」
「……言っちゃってるの」
ん?
「でも、ヅラってよりか、植毛くらいなの」
「…………いいヅラ買ったなんて言ってません」
「同音異義語!」
「それより急いでフォローしないと、堕天した先生から雷が……? 落ちそうにないですね」
どういう訳か。
まだニコニコされていますけど。
「……お前らは、発言しないでいいのか?」
「ええ、だって」
「どうせ、どんなアイデアが出たとこで劇になるに決まってるの」
「そして俺たちがまた主人公とヒロインに決まってます」
「……また、地獄の日々が待ってるの」
なるほどなと頷いたご機嫌先生。
それならと、いい提案をしてくれたのです。
「俺は機嫌がいいからな」
「はあ」
「お前らは発言しないのだろう?」
「そうなの」
「だったら二人とも、静かな所にいると良い」
……あれ?
すっげえ怒ってたのです。
こうして俺たちは。
バカ騒ぎが終わるまで、数時間。
二人で廊下にいることになりました。
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