ミヤマホタルカズラのせい
~ 六月四日(火) あり ~
ミヤマホタルカズラの
花言葉 一途な
こいつの事を好きでも嫌いでもないのに。
おじいちゃんとおばあちゃんに。
無理やり藍川家に婿に入れようとされていますけど。
確かに、将来を約束された大きな企業のお偉いさんなんて。
夢のような話ではありますが。
「……俺には、分不相応なのです」
「そう言うな! これは確かに高級だが、君に相応しいぞ、ロード君!」
「いえ、目玉焼きの話ではなく」
この、原価数十円の品を。
俺に相応しいと言って慰めてくれる方は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭のてっぺんでお団子にして。
鮮やかな瑠璃色の花をつけるミヤマホタルカズラを活けているのですが。
そんな教授は。
料理を盛りつけたお皿を見て。
難しい顔をなさっています。
「むう……。これは、『あり』だな!」
「え? 蟻が入って来てました? たまに教室でも見かけますので、夏場は気を付けないといけませんね」
「なにを言っているのだね、ロード君?」
「は? ……ああ、有りって言ったのですか。なるほど、勘違いしました」
「はっ!? 昨日に続いて、同音異義語なの!」
そう言えば、昨日も面白がっていましたけど。
そんなに食いつくほどのものですか?
そもそも教授は。
イントネーションがおかしい時ありますから。
俺にとっては日常を頭の体操ゲームにさせられる苦行でしかないのですが。
「有りなの、同音異義語」
「無しです。面倒です」
「そして本日の実験結果も有りだとは思わないかね? ロード君!」
「その変わり身も無しですし、このお皿に乗っているものもちょっと無しです」
だって、目玉焼きの上に乗っているもの。
鯖缶、豆腐、キムチ。
「……有りなの」
「コレステロールが気になってたころ、母ちゃんが毎日食べてたやつ」
「有りなの」
「そうですかねえ」
まあ、無茶苦茶な組み合わせではないので。
食えなくはなさそうですが。
本当は、ここに納豆を突っ込むと。
対コレステロール用四聖降臨となるらしいのですけど。
そんなことを口にして、教室で納豆を出されては堪りません。
絶対に無しなのです。
「しかし、栄養バランス的には珍しく高水準ですが。どういう風の吹き回し?」
「うむ! そろそろ受験を念頭に置こうと思ってね!」
「……専門学校の試験に、実技は無いって話しましたよね?」
「そんなバカななの」
しょんぼりしながらいただきますと手を合わせている教授ですが。
食べる前にちょっと話を聞きなさいな。
「テスト、大抵小論文なのです。勉強しときなさい」
「小論文? じゃあ、国語を勉強するの?」
「いえ、文章を勉強するのです」
「そんな教科無いの。無しなの」
勉強の話は嫌そうな顔をしながら聞いていたくせに。
対コレステロール昼食を口にするなり。
目を輝かせる教授です。
「こいつ、なかなかやるの! 今度、ネギと大葉を散らしてみるの」
「ネギは合いそうですね。大葉はキムチとケンカしそうですが」
「でも、ポイントは目玉焼きなの。こいつ、主役のくせに邪魔」
「唯一コレステロール代表ですしね」
他の皆さんの敵ですし。
……それにしても。
「君は目玉焼きに一途ですよね」
「そりゃそうなの。あたしの夢なの。……道久君の夢は、その本?」
「冗談じゃありません」
机に出しっぱなしにしていた本。
東大の過去問なのですけど。
「おばあちゃんに押し付けられましたけど、これは無しです」
「かっこいいの。有りなの、東大生」
「そんなエベレスト、たどり着けると思います?」
「……アタッククルー次第」
「俺を背負ってくれるポーターを探しますか」
果たしてその扱いで。
登頂したことになるのかどうかは不明ですが。
それより、俺の登るべき山。
ほんとに、早く探さないと。
――君は一途に目玉焼き
俺は浮気しながら。
結局どこへ辿り着くのやら。
「……道久君の仕事、やっぱあれがいいの」
最近、時折見せる穂咲の真面目顔。
俺は茶化したりせず、先を促します。
「雛ちゃんの髪をセットしてあげた時。良い感じだったの」
「ああ、あの時ですか。でも、美容師はやっぱり違う気がするのですよね……」
試合前、雛ちゃんの髪をセットしてあげた時。
あの時は、小太郎君に可愛く見られたいという気持ちが自然と流れ込んできて。
「でも、有りなの」
「うーん…………。将来の夢はともかく、美容師の専門学校に行くべきなのでしょうか」
「そんなの分かんないの」
何となく。
それきり黙って。
不思議な風味を放つ料理を口に運んでいたのですが。
ふと。
先日のことを思い出したので。
確認してみることにしました。
「そう言えば、おじいちゃんが藍川家を君に譲りたいとか言っていたけれど」
「言ってたの」
「あれ……、受けるの?」
もしそうなれば。
いくつもの企業を傘下に置く会長となるわけで。
目玉焼きやなんか。
何店舗も経営できると思うのですが。
「無しなの」
「なんで?」
「だって、もうちっと駅前じゃないとお客さん来なさそうなの」
……そんな気はしていましたが。
あのお屋敷をくれるって意味だと思っていたようで。
しかも、あのお屋敷を。
目玉焼きやにしようとしてるなんて。
「君には猫に小判なのですね」
「猫は好きなの。小判は別にいらないの」
何となく。
ほっこりとする君の価値観。
俺は、料理に醤油を垂らして、ふむこれだなどと大はしゃぎする教授を。
幸せな心地で眺めていたのでした。
「……さて! では、早速明日の仕込みをするの!」
「仕込み? ……また、手の込んだもの作る気ですか?」
俺は呆れながらも。
夢に向かって一途に突き進む教授を羨ましく感じていると。
……いつものように、こいつは。
好きか嫌いかの天秤を。
支点ごと叩き折る発言をするのです。
「明日、下駄箱んとこで目玉焼きやをするの。一個百円」
「は? ……え? なに言ってるの? ダメに決まっているのです。無しです」
「有りなの。ちっと接客の練習しとこうと思って、先生に申請書出しといたの。将来を見据えてるの」
「…………いえ。君はもうちょっと目の前も見据えた方がいいのです」
きょとんとして。
首をひねっていますけど。
なにそれ?
大物だから目の前のことは見えないの?
「叱られるよ?」
「叱られないの」
まあ、そうですね。
君はね。
頭を抱える俺の耳に。
まるで今の会話を盗聴していたかのようなタイミングでスピーカーからがなり声が届きました。
『テステス。……秋山。心底申し訳なさそうな表情をしたまま職員室へ来い』
俺は、そのオーダーには従えず。
呆れ顔を浮かべたまま立ち上がると。
教授が、がしっと手を掴んできたのです。
「一途なあたしの想いを汲んで、許可をもぎ取って来るの」
「一途な先生の気持ちを汲んであげて、ビリビリに破いてきます」
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