第10話

 比較的人の少ない校舎の裏。美鈴はまだ来ていなかった。

 この日は朝一番に語学の授業があり、美鈴は敏夫より遅く教室に入ってきた。明らかに難しい顔をしていたが、今日は陸子の隣に座った。敏夫はいつも語学教室の真ん中の列の後方に座るので、ようすはすぐに分かる。美鈴は「陸ちゃん」と声をかけていて、敏夫は驚いた。おとといのクラスコンパで、打ち解けたらしい。

 「陸ちゃん、小説が好きっていってたでしょ。私、灰谷健次郎が好きなんだ。よかったら読んで」

 「え、ありがとう。私読んだことなかった」

 文庫本を受けとって、陸子がどんな顔をしたかはわからない。敏夫より前に座っていたから。

 クラス全体、クラスコンパでより打ち解けたようで、座る席も、親しくなったグループごとになっているようだった。


 美鈴と約束したのは昼休み。孝彦には、用事で一緒に昼飯はできないことを、あらかじめ連絡しておいた。

 狭い校舎と校舎の間。

 ほどなく美鈴が来た。難しそうな顔で角を曲がってきたが、敏夫を見つけると、つくり笑いをした。

 美鈴から口を切った。

 「あの、ほんとのこと言っていいからね」

 敏夫はこたえた。

 「本当いうと、ぼくは考えたことなかった。なんていっていいのか、驚いたというのが本音。だから、つきあうもつきあわないもないんだ」

 美鈴はうなだれた。

 「あ、結論を先にいうね。だから、友だちづきあいならできるし、したい」

 昨日の美鈴を交えた孝彦との一緒の昼食が、存外楽しかったことを思い出していた。

 美鈴は顔を上げた。

 「本当に?」

 「うん」

 美鈴はほっとしたようだった。よほど悪い予感に苛まれていたようだ。敏夫は昨日即答しなかったことで、美鈴を苦しめたことを改めて感じ、胸が痛んだ。アスファルトの上に、ペンキの跡が不規則についていた。夕方になると、ここで立て看板をつくっている学生が多い場所だった。

 「じゃあ、友だちのはじめに、今日のお昼、一緒に食べない? カフェテリアでいいかな?」

 「ほんと? うれしい。あ、でも昨日の高森くんは?」

 「今日は用事あるって言ってあるから」

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