第8話

 美鈴の会話がやや途切れたので、敏夫は前にある大皿の刺身をとろうとした。すると、向かいの男子学生も、同じように箸を伸ばしていた。思わず敏夫は箸をひっこめた。男子学生はすまなそうに、

 「君が先だから。食べて」

 といった。

 「うん、なんか悪いね」

 「何遠慮してるんだよ、はは」

 敏夫は刺身を口に運び、また無意識に首を振っていた。

 「またでたー。宮本くん」

 美鈴が笑った。

 「こいつ、なんかやらしいこと考えてんだよ。相田さんと一緒だから」

 「やだー。もう、鈴木くん、変なこと言わないで」

 美鈴はまた笑った。

 そうするうちに、クラス委員が赤い顔をして立ち上がった。

 「えー、宴もたけなわではございますが、そろそろお開きの時間です。二次会の場所もとってありますので、いける方はぜひ。さいごに、先生に感謝の気持ちをこめて、皆さん、拍手を!」

 パチパチパチ。先生も上機嫌のようだった。

 美鈴が聞いた。

 「宮本くんも、二次会いく?」

 「いや、ぼくはもう帰らなきゃ。親が待ってる」

 嘘をついた。

 「そうかぁ、ちょっと遠いしね。私も帰ろうかな」

 「何だったら、僕のうちに来ない? 下宿近いんだ」

 鈴木が陽気にいった。

 「いや、悪いけど」

 「私も」

 美鈴が言い、敏夫にいった。

 「宮本くん、途中まで一緒に帰らない?」

 「いや、寄るところあるから」

 また嘘をついた。

 けっきょく、居酒屋前でもう一度皆で輪になったあと、帰宅者と二次会行きにわかれ、それぞれがバラバラになった。

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