第7話
クラスコンパの日の語学の授業に行くと、男子も女子も、何か雰囲気が違った。そうか。皆わりといい服を着て、要するにおしゃれをしているのだった。そういうものなのか。敏夫は普段と変わらないTシャツとジーパン。いまさら横浜に戻るわけにもいかないので、仕方がなかった。
正門前で待ち合わせになっていた。皆明るい表情だった。陸子も、女子たちの固まりのなかに入っていた。
居酒屋につき、座敷に通されると、クラス委員がにわかに「学生、注目~」と叫んだ。
皆がその方を見ると、そのクラス委員は、ぐるりと見渡し、
「ええと、今日は、男女混じりあって席についてください。変な意味じゃないですけど、女子と話したい男子はたくさんいます!」
皆笑った。女子たちは、互いに顔を見合わせてから、それぞればらばらに席を探し始めた。
敏夫は「よくないな」と思った。せっかく陸子が他の女子たちともっと打ち解けあえるチャンスだと思っていたのに。
陸子は少しまごついていたが、まだ左右に空きのある場所を見つけて、そこに座った。
そこに、男子学生が挟んですぐに座った。敏夫も、適当な場所を見つけて、座った。
「先生、どうぞ」
はす向かいに座った女子学生が、はしっこく教授にビールをついでいる。その子は大学のすぐ近くに自宅があり、そのため、逆に遅刻の常習犯だった。しかし、いかにも都会っ子らしく気が利いていることが分かった。
乾杯が終わると、がやがやと賑やかになった。あらためて自己紹介をしあったり、とっている科目や教授の噂話をしたり、最初はどちらかというと、情報交換に近いようすだった。
敏夫も、前や両隣の席の学生と談笑した。とはいっても、敏夫はもっぱら聞き役であったが、それでも酒が入ると、いくぶん陽気になる自分に驚いた。
やがて座が崩れてきた。
席を交換し、相田美鈴という女子が敏夫の隣に来た。
「宮本くん、よろしく」
その女子は、笑顔で言った。少し頬が紅潮している。酔うとすぐに顔に出る質なのだな、と敏夫は思った。
少し離れたところから、けたたましい笑い声がした。驚いて見ると、それはなんと陸子の声であった。顔色は少しも変わっていないが、酔っているらしかった。
陸子を思わず凝視していると、美鈴が声をかけてきた。
「宮本くん、横浜なんだよね。じゃあ、自宅だよね。私は川崎なんだ。近いね」
「あ、うん、そうなんだ」
敏夫はあいまいに返事した。内心は「だから何だ」という気持ちだった。
「サークル入ってないんだね。珍しいね」
さらに美鈴は話かけた。
「そうかな。…あんまりやりたいことないんだ」
「えー。ほんと? 私は英語サークルに入ってる。知ってる? ESSって」
「いや」
「よかったら入らない? 英会話の勉強になるし、人数多くて、楽しいよ」
敏夫は大人数のサークルに入る気はしなかった。入れば交友の幅も広がりそうだが、あまり興味は持てない。
「途中入部も歓迎だから」
「そうだね。でも、俺忙しいんだ」
「そうなの」
美鈴は失望を隠さなかった。サークルの先輩に、サークル員を募集するよう言われているのかもしれないと思い、少し気の毒になった。
「ごめん。バイトもしないとね」
「バイト? 何やってるの? 私も考えてるんだ」
「ああ、家庭教師と、パン工場」
「カテキョウ! いいよね。時給いいし。中学生? 高校生?」
「どっちも。二つやってるんだ」
「すごーい」
それから、アルバイトのことについてひとしきり聞かれ、ぽつぽつと敏夫は答えた。
「やってみたいな。でもママが反対でさ。人の家に入るのが嫌みたい。何心配してるんだか」
美鈴は笑った。箸が転げても笑う、というのはこういうことをいうのかな、と敏夫はぼんやり思った。同時に、少し嫌な予感がして、敏夫は話題を切り替えた。
「相田さんて、高校でも英語?」
「ううん。高校は演劇部」
道理でよくとおる声をしていた。
「演劇部? どんなのやるの?」
「普段は地味だよ。私はミュージカルが好き。合唱部と迷ったけど、演劇の方が感じが良かったんだ」
「大学ではなんでやらなかったの?」
「やだ~。ここの演劇サークル入ったら、授業なんて出られなくなっちゃう」
「そう聞くね」
「お母さんにもお父さんにも、それだけはやめろって言われた」
「両親とも出身者?」
「うん。だからいろいろいわれてる」
美鈴はまた笑った。屈託がなかった。女子はなぜこんなによくしゃべるんだろう、と思いつつ、よく見れば周りの男子学生もずいぶん饒舌だ。敏夫もふだんでは考えられないほど話しているほうだった。
美鈴が、敏夫のグラスを見て、「注ぐね」といった。敏夫はグラスを手にとった。
「少し斜めにして。そうすると泡があふれないの。少しずつ上にあげてね」
「そうなんだ。詳しいね」
「お父さんと一緒に晩酌してるから。あはは」
敏夫は首を振った。
「あれ、どうしたの? それって宮本くんの癖だよね」
そんなことまで見られてるのか、と敏夫は少なからず驚いた。
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