第5話
初夏にさしかかる頃、件の女子学生、斎藤陸子が現れなくなった。敏夫は気になったが、語学クラスは脱落者も多いので、やはり彼女もその口かと思い始めていた。少しがっかりした感情もあった。けれど、それはそれだけのこと。
ところが、三週ぶりくらいに現れた陸子を見て、敏夫は内心仰天した。以前から、おかっぱに近いショートカットが少しずつ伸びていたのだが、その髪にパーマがかけられていたのだった。そういうとき、真っ先に反応するのは女子学生である。まるであいさつのように、「わー、髪型変わったね」「似合うよー」と声をかけた。陸子は、そういわれるとはにかむように微笑して、一つ空いていた女子学生のせきのとなり隣の席に座った。
敏夫のなかに複雑な心情がわいた。髪型を変えるだけで、こんなにも女子の見かけと性格までも変わるものなのかという驚きと、なにか期待が外されたような失望感と、明るい雰囲気になった彼女に見ほれる感情と。
女子たちはいつもにもましてにぎやかになった。
「斎藤さん、久しぶりだね。何かあったの?」
「ううん、別に。少し疲れてた。私、夜のバイトやってたから」
敏夫の耳がぴくんとした。
「え、何のバイト?」
「モスバーガ―。あそこの、駅の近くの」
「わあ、そうなんだー。モスっておいしいよね」
女子はたわいもないことを元気よく話す不思議な生き物である。
敏夫は、その日の授業があまり耳に入らなかった。
敏夫はその日も、孝彦と一緒に昼食を食べた。
「うちのクラスに変な女子がいるんだよね」
珍しく敏夫から話し始めた。
「変って、変なのばっかじゃん、ここの女子って」
「そうかな」
「そうだよ」
「あ、ええと、孝彦は、彼女いる?」
「いたらこんな野郎どうしで飯食うか」
「そりゃ、そだな。でも孝彦はもてるだろ。背も高いしさ」
いわずもがなの容姿のことは避けた。
「ぜーんぜん」
あまりに美男子過ぎて、近寄りがたいのかもしれない。
「それより、今度うちのクラスでクラスコンパあるんだってさ」
いきなり孝彦が話題を変えたので、敏夫はいくぶん失望した。
「予算がけっこう高いんだよ。でも教授が一部出してくれるから、それでも割り引かれてるみたいだ」
「孝彦の生活費って、どのくらい?」
「下宿も安いけど、銭湯代かかるし。うーん、いくらだろう? とりあえずバイトでまかなえはしてるよ」
「意外とどんぶり勘定なんだな」
「母親が働いてるからね。お金使わないことに慣れてる。来年は大学の奨学金も取りたいんだけどね」
「ひゃー、難関だよな」
「できればだよ」
昼食を食べ終わったところで、すまなく思ったのか、孝彦がその女子学生のことをまた聞いてきた。
「さっきはごめん。その変わった女子って、何が変わってるの?」
あらためて聞かれると、敏夫は躊躇した。
「えーっと、なんていうのかな。地味…」
「地味ならいくらでもいるじゃない」
「地味が変わった」
「ええ?」
機をそがれて、敏夫はまごついていた。今度は敏夫が話をそらした。
「孝彦、こんど俺、あさって、あのバイトやるから」
「OK」
けっきょく話はまたバイトの話題に流れていった。
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