第2話
「ほら、またあの子」
隣の席のクラスメイトが、いま入ってきた女子学生を、小さく指差しささやいた。
朝一番の語学の授業。敏夫は第二外国語にドイツ語を選択していた。とくに理由はないが、あえていえば、東西ドイツ統一という国際情勢が頭にあったのかもしれない。
政治系の学部柄、女子学生は極端に少なかった。学部全体の約一割程度。それでも敏夫のクラスは女子の割合が比較的多かった。十人程度の女子学生は、大体固まって座って、勝手に、そしてにぎやかにおしゃべりしているのだが、一人だけ、その女子のグループとも、そして男子たちとも離れて座る女子学生がいる。男子の間では、ひそかに噂になっていたのだった。
敏夫は東京の私立大学に進学していた。比較的地方出身者の多い大学で、敏夫は横浜の自宅から通っていたが、クラスには下宿生も多かった。声をかけてきたクラスメイトは東北から上京していたが、訛りはまったくない。親が転勤族だったためで、中学まで埼玉にいたそうだ。
「変わってるね」
敏夫は答えた。例の女子学生のことである。内心では、少し気にかかる女子だった。名前は斎藤陸子。クラス名簿を見ると、栃木出身の下宿生だった。聞いたこともないような街の、聞いたこともないような高校の出身だった。際立って無口なのは、訛りを気にしているのか。皆と打ち解けないのも、いわゆる有名高校出が多いなかで、気がひけるためだろうか。
ショートカットで、来ている服装も冴えないし、あまり豊かな家の子ではなさそうだった。彼女から見ると、周りは都会的でお金持ちの、違う種類の人間のように見えるのか。現実には必ずしもそうではなかったのだが。
だが、その子は、ただそうしたことだけを気にしているふうでもなかった。あまりしゃべらないが、何かを考えこんでいるように見えて、気になった。
やがて教授が入ってきて、出席カードが配られ、授業が始まった。真面目にノートをとる学生もいれば、睡眠時間がきたとばかりに露骨に机に突っ伏す学生もいた。
敏夫は真面目に聞いているほうだ。何しろ、貯金があるとはいえ、もう何ものも頼れない身の上なのだから、せいぜいしっかりと勉強し、間違っても留年などはしていられない。最初の学部オリエンテーションの懇親会で、学部の先輩から、留年生が多い話を聞かされ、軽い反感を覚えたのだった。
授業が終わると、斎藤陸子はいち早く逃げるように教室から出ていった。
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