12 冬の音色

 冬の音色


 ……自己犠牲。切ないね。 


 それからどれくらいの時間が経過したのだろう?

 それは一瞬とも、とても、とても長い時間のようにも思えた。そもそもの話、もしかしたらこの暗い海の底では、もう時間なんてものは存在すらしていなくて、なんの意味も持たないのかもしれなかった。

 流していた涙が小唄の頬の上で乾き、赤く充血しているであろう小唄の目が再び空に向けられたとき、そこに白色の彗星の姿はなくなっていた。もちろん古代魚も、空を泳ぐ魚の仲間たちも、その姿を消していた。小唄は本当にこの真っ暗闇の中で一人ぼっちになってしまった。小唄は闇の中で古代魚との約束を思い出していた。古代魚は小唄を迎えに一人の女性がやってくると話をしていた。小唄は古代魚のことを信頼していたから、その女性があらわれるのを白いベンチの上に座りながらじっと待ち続けていた。

 やがて、遠くの闇にぽつんと一つの明かりが見え始めた。

 小唄の目はその光に釘付けになった。

 それはとても綺麗な光だった。それはだんだんと小さな光から中くらいの光、そして大きな光へとその大きさを変えていった。小唄はその光の正体が初めはなにかわからなかった。でも次第に、どこからか、かんかん、かんかん。かんかん、かんかん。という音が聞こえてきた。小唄はその音を聞いてこの光の正体が線路のない闇の中を滑走する列車だということに気がついた。

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