第5話 佐沼真の完璧な計画
脱獄をするにしても、この監獄のことはいくらか把握しておかなければならない。
例えばどこから脱出するべきか。
例えば誰か利用価値のある人物はいないか。
あるいは誰が脱獄の障害となりうるか。
とりあえずは一日、ここで生活を送った。
結果、わかったことがある。
まず同じ牢獄の住人、メアリー=バーンについてだ。
「やあ、メアリー=バーン。この僕とランチはいかがかな?」
今日の出来事だ。伊達男の囚人が一人、メアリーに話しかけてきた。そしてメアリーの答えだが
「敬称を付けなさい!」
と言い放ち、魔法をぶっ放していた。
彼女は炎の魔法を得意にしているらしい。彼女に手を出そうとした囚人は全員燃やされている。死んではないらしいが、重症だと聞いた。
「バーンさん? 魔法は禁止ではなくて?」
俺がそうたしなめると、彼女は「私がルールよ」と吐き捨てた。男らしくて結構ですね。
一応この監獄では魔法の使用を禁止しているのだが、それはあくまで名目上のもので厳格な監視体制も存在しない。看守に見られたらまずい、程度のものだ。
「うわ。炎の魔女にアタックとか、馬鹿がいるぞ馬鹿が」
「触らぬ神に祟りなし」
「自己防衛が大事だよね」
と、囚人たちの反応はだいたいこんなかんじだ。
炎の魔女、なんて二つ名がつくくらいだ。言わずもがな、メアリーは監獄内で孤立状態になる。団体行動に向かないため、看守も手を焼いているらしい。
「あ、馬鹿一号だ」
「どこでも良いとか、何考えてるんだ?」
「口は災いのもとだね」
こちらは囚人たちから俺への反応である。
ああ「牢屋はどこでも良い」とか、ほんと言わなければよかった。
メアリーと同じ牢獄に入るのを皆嫌がり、二人用の牢が常に一人で占拠されている状態にあった。当然のように、俺は男でありながらメアリーと同じ牢に入れられてしまったのだ。
ちなみにメアリーの罪状だが、
「あー、メアリー=バーン? 無銭飲食だよ」
と、看守がかなり嫌そうな顔をしながら教えてくれた。
無銭飲食て。しかも常習犯らしい。監獄に入っては出て、入っては出てを繰り返しているのだとか。
ただし、メアリーだけが危険人物ではない。ジン=ノーディンとかいうここの囚人を取り仕切っている実力者がいる、と聞いている。カスカナの虐殺という大量殺人事件を引き起こしたのだとか。
ともかく、そんな危険人物のいる監獄に長居したくない。この世界について情報を集めようかと思っていたが、さっさと逃げよう。脱出経路として、警備が手薄な場所、時間、そこの鍵、すべて把握済みだ。
策も考えてある。俺の完璧な計画を解説しよう。
①まずメアリーと話している時に、潜伏を使う。
②メアリーは突然のことに驚き、声をあげる。
③それを聞いた看守は慌ててこちらへやって来て牢の鍵を開ける。
④その隙に俺は牢から脱出し、姿を消したまま脱獄を完了する。
完璧だ。
……うん、たぶん、完璧なはずだ。
……きっと完璧だろう。
とにかく牢屋の中で二人きりの今、夕食の時間を待っているこの時が好機だ。
「あー、バーンさん?」
俺は唾を飲みこんで話しかける。
「何? サヌマ君」
「あのー。昼飯わりと多く食べてたけど、ここのってそんなおいしいか? 俺には
良さがあまりわからなくて」
「あー、別においしくはないわよ。ただ、お腹が減りやすい体質なの。それで沢山
食べてるだけ」
蓄えた栄養はいったいどこに行ったんですかね、と身体の一部を見て思うが、言わない。燃やされるから。
「なるほど。それじゃあおいしい献立の時とかはないのか?」
「……まあ、あるわね。月に一度の特製プリンとか。今日の夕食で出るはずよ」
と、メアリーが眼を輝かせながら言う。
「へぇ、それは楽しみだな」
そろそろ良いだろ。俺は潜伏を発動させる。ここからは絶対に姿を現さない。計画がおじゃんだ。確かにメアリーは怖い。しかし怖がってばかりでもいられないのだ。俺にだってプライドがある。
……。……。……。……。……。
反応がない。失敗した? いや、違うよな。なんで反応しないんだ?
ボッ、と目の前が燃えた。ボッ、ボッ、ボッ、と俺の周りに次々と炎が発生する。
「出てこい」
「はい」
即決である。プライドよりも大切なことはあるのだ。狭い牢の中で無差別に燃やされたんじゃたまらない。
俺は潜伏を解除し、姿を現す。
「今の何?」
メアリーが
「こっちが聞きたいんですけど」
「別に、びっくりしたから燃やしたの」
何この人怖い。何も考えてないのか。
メアリーが続ける。
「それで今のってまさか、潜伏魔法だとか言わないわよね?」
「まあ、そうだけど」
魔法かどうかは知らないが。
「……ありえない」
メアリーが呟いた。
「ん?」
「サヌマ君って本当に魔法の仕組みとか知らないの?」
「まあ、そうだけど」
「良いわ。説明してあげる」
メアリーは呆れ顔を隠しもしない。
「まず、魔法に必要なのは魔力と想像力」
「想像力?」
魔力、と聞けば魔法に使うエネルギーのようなものと割り切れるが、どうしてここで想像力が出てくる?
「想像したものを具現化させるのが魔力だからよ。体内にある魔力量で、魔法の質は変わってくる。魔力と想像力の両方がないと、魔法は使えない」
「ほう」
俺は素直に相槌を打った。
「たとえば大量の魔力があればそれだけ強力な魔法が使えるけど、それを想像できなければ魔法は発動しないの。
つまりね、潜伏魔法なんて基本的にはできるわけがない」
……? どうしてその結論になるんだ?
「どういうことだ? 意味が分からん」
「考えてみて。自分が今ここにいて、でも周りからは見えていない。難しかったら逆から考えても良いわ。ここに誰かがいて、でも自分には見えない。
どちらにせよ、私たちはものを考えるとき、必ず意識が存在するわ。意識はある。それでも自分はいない。そんな想像をできる?
仮にできたとしても、それは自分の意識というノイズが混じった歪な想像よ」
メアリーの詳細な解説に何となく納得したような気になる。
「なるほど?」
「ねえ、サヌマ君。どこでそれを身に付けたの?」
「どこでって言われても」
「しかも魔法陣も、魔石を使った素振りもない。詠唱も。潜伏なんていう高等魔法
をよ? あり得ないわ!」
「ん? えっとだな」
正直何を言ってるのかあまり理解できない。
「じゃあ想像してるの? 自分が消えるイメージをしてる?」
そう言われると、想像はしたことがない。しかしこれはあくまで女神からの贈り物であったはずだ。となれば、想像力や魔力と関係なしにこの魔法が使えると考えてもおかしくない。
むしろ魔法の素養のない俺がこの魔法を使えるようになると考えれば、贈り物としては十分かもしれない。
デメリット付きクソ能力とか思ってごめんね?
「あー、つまり……」
適当なごまかしを入れようとしたとき、メアリーが何かに気づいたように眉間にしわを寄せた。
「まさかとは思うけど、賢者の石を持ってるんじゃない?」
賢者の石――その名前には憶えがある。俺が盗むべき六つの、いや正確には七つの宝石の総称。
俺はメアリーに詰め寄る。
「賢者の石を知ってるのか!」
「な、何? 急に。知ってるも何も、常識でしょ」
メアリーは俺をはねのける。しばしの沈黙。メアリーは俺を見て何かを吟味している様子だった。
それからおもむろに、メアリーは口を開く。
「私は、この監獄にある賢者の石を奪うために来たの」
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