第4話 泥棒は知らない男に脅される

『盗んで欲しいものがあります。詳しくは明日の十八時に「ブラックバード」という喫茶店で。

ヒイラギユキオ』


 まさかこのご時世、手紙が郵便受けに入っているとは思っていなかった。それに面食らったのも束の間、内容に驚愕する。「盗んで欲しいものがあります」とはきっと、俺が空き巣を収入源にしていることを知っているということなのだろう。

 ため息を吐く。


 行くべきか、行かないべきか。


 行く場合、強請ゆすられることになるだろう。「私のお願いを聞いてくれないなら、あなたが泥棒であることを警察にばらしますよ?」といった具合か。


 行かない場合、これは少しわからない。二通目の手紙が届くかもしれないし、その手紙には明確にこれが脅迫であることを示しているかもしれない。最悪の場合、二通目など出さずに警察に伝えられるかもしれない。


 どちらにせよ、俺には選択肢はないのだろう。

 もう一度手紙を見直す。

 ……ん? ある個所かしょに目が留まる。「ヒイラギユキオ」。ヒイラギは死んだ母の旧姓、ユキオは父の名前だ。

 たまたま? まさかそんなはずもあるまい。つまるところこれは、俺の情報を握っているぞという脅しに他ならないのだ。


 チッと舌打ちをする。


 どこで知られた?

 誰から知られた?

 何をミスった?


 しかし考えても仕方がない。俺は大人しくパソコンで喫茶店「ブラックバード」について調べるしかなかった。




 翌日。十八時の十分前。すでに空は薄暗い。

 俺はポケットに突っ込んでおいた手紙を取り出し、店名を確認する。

 「ブラックバード」

 目の前にある喫茶店の看板と照らし合わせる。間違いない。まあ喫茶店の名前としては間違っている気がする。不吉じゃないか? こういうのがオシャレというものなのだろうか?


 木製の扉を開けると、「いらっしゃいませ」の声と同時にBGMが耳に入って来る。穏やかなピアノの音だ。曲名は知らない。どこかで聞いたこともある気はする。


 店内は木をふんだんに使用したレトロな雰囲気で、そこまで広くはない。客はそこそこ入っていた。店内に入るとすぐに店員が駆け寄ってくる。


「何名様でしょうか」

「あー、二人で。もう一人は――」


 一番近くのテーブルで手が上がり、ゆらゆらと手を振っていた。明らかに俺に対して行われたジェスチャーだった。

 あいつがヒイラギユキオか。顔はちょうど見えない。


「すみません。もう来てたみたいです」

「そうですか、ではごゆっくり」


 手の上がっていたテーブルに向かう。心音が速くなる。唾を飲む。顔を見ずに、椅子に座る。


「こんにちは、佐沼真さん」


 ――俺の名前も勿論把握済みってことですかね


「ああ、こんにちは。あんたがヒイラギユキオさんかな?」


「はい。手紙読んでくれたんですね。来てくれなかったら、どうしようかと思いましたよ?」


 俺は少しだけ押し黙り、それから語気を強めて言う。


「それは脅しか?」


「いえいえ、とんでもない! 僕はこれからあなたにお願いをするんですから」


 ……わざとらしい。


 俺はヒイラギを観察する。

 空き巣に入る前も、対象となる家族をよくリサーチする。動作から様々な人間性を読み取り、生活リズムを把握する。いつなら容易に事を進めることができるかを考える。

 それと同じだ。いつもと同様の警戒が、この場では必要になる。

 

 ヒイラギは少しやせ気味で、テーブルの上に出されている手も細い。そのくせ目だけは無遠慮にぎらついている。彼の言うお願いとやらはそれほど重要なもの、あるいはそれだけの信念を要するものと考えるべきだ。


 髪の毛はボサボサで、服装に気を使っている様子は見られない。量販店で売ってそうな安物のシャツの上に、これまた安物のパーカーを羽織っている。

 ただ首に下げているアクセサリーはずいぶん上等なものらしい。

 

 俺は店員が持ってきた水に口を付ける。見るとヒイラギが右手の人差し指で一定のリズムを刻みながらテーブルを叩いていた。早く話を始めたいのだろうか。


「それで――お願いというのは? ヒイラギさん」


「ん? ……ああ、ちょっと待ってください」


 ヒイラギは慌ててポケットをまさぐりだす。早く話を切り出したいのではなかったのだろうか?


「これを見てください」


 ヒイラギがテーブルに出したのは指輪だった。主張しすぎない程度の大きさの、透明な宝石があしらわれている。ダイアモンド、とは違うな。どこか妙だ。どこが妙とも言えないのだが。


「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」


 店員がカップを運んできた。俺はヒイラギに目を向ける。


「頼んでないが?」


「すみません。勝手に頼んじゃいました。コーヒーは苦手ですか?」


「いや、そういうわけじゃないが」


 まあ、毒が入っているわけでもあるまい。ヒイラギはこれから、俺にお願いをするのだから。


「それでこの指輪なんですが、これについてる宝石『賢者の石』と言うのですが、その宝石シリーズがこれを含め七つ存在しています」


「賢者の石?」


 なんとも胡散臭い名前の宝石だ。


「そんな顔しないでくださいよ。それでお願いと言うのは、その賢者の石を盗んで欲しいんです」


「……すべて?」


「はい。ここにあるものを除けば六つですね」


 六つの宝石を盗むのか。それはずいぶんと骨の折れそうな話だ。


「それは一か所にまとまっているのか?」


 美術館、あるいは宝石商がまとめて持っているのだとしたら、まあ面倒ではあるが不可能ではない。


「いえ、各地に散らばっています」


「はあ?」


 ふざけてるのか? という言葉を飲み込んだ。下手へたに逆切れされても怖い。


「もちろん、ただでとは言いません」


「何?」


 意外だった。てっきり、俺が泥棒であるとばらさないことを条件にすると思っていた。


「全部盗めたら、あなたの『盗みたいという衝動』を消してあげましょう」


「は?」


 こいつ、何を。


「困ってるんでしょ? やめれなくて。助けてあげます。だから盗んでくださいね」


「そんな方法あるわけ――」

「あります」


 ヒイラギは言い切る。


「それだけの力が、賢者の石にはあるんです」


 賢者の石を欲しがる連中がその手の技術を知っているのか、それとも賢者の石そのものに何か特別な力があるのか。


 判然としない。おかしな話だ。馬鹿げている。しかしそれでも目の前にちらつく希望に、どうしても縋ってしまいたくなる。


「なんでだ?」


「え?」


「なんでお前は、俺にそんなことを頼む? 裏の奴らだったらかろうじて知ってるような、ほぼ無名の泥棒の俺に頼む理由は何だ?」


 ヒイラギは不敵に笑う。


「別に、あなたが一番くみしやすいと思ったんです」


 ……。それがすべてではない、というのはヒイラギの表情から読み取れた。しか

しこれ以上話しそうにないこともわかる。


 しかたない、引き受けよう。はなから俺に選択権はないはずだ。それにもし本当なのだとしたら、悪い話ではない。


 コーヒーに口を付ける。


「で、その賢者の石ってのはどこにあるんだ?」


 ……。……。……。……。

 不自然な間が開く。ヒイラギの顔が少しだけ歪んだ気がした。



「――は? それは」


 言い終わる前に、俺の意識は薄れていく。


「もう一度確認です。あなたにはこれから行く世界で、六つの宝石を盗んでもらいます。賢者の石という名前をよく覚えておいてください」


 毒を入れられた? なぜ? これから行く世界ってなんだ? こいつは何を言っている?


 それらの疑問は浮かんですぐに立ち消えて行った。

 そしてその答えも、すぐに判明することになる。

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