第3話 泥棒は貧乏くじを引かされる

 どうしてこうなった!

 俺は牢屋の中で頭を抱える。


 宿で休んでいると警察らしき連中が押し入ってきて、潜伏を使う間もなく手錠をかけられてしまった。

 そしてあれよあれよと監獄の中である。


「ねえ」


 同じ牢屋の女が話しかけてきた。

 女の方を見る。青色の髪の毛は後ろの方で一つに結ばれていた。座っていてもわかるほどスタイルは良い。

 スレンダー体系と表現するのが適切だろう。なぜなら、どことは言わないが、成長していない部位があるからである。顔は整っていて美人と言わざるを得ないが、目つきが鋭い。

 ただ美人は美人なため、服は囚人服なのだがこの女が着ていると別物のように思える。


「なんだよ」


「君、何で捕まったの?」


 げんなりだ。


「こっちが知りてぇ」


「ん? ……いや、そうじゃなくて罪状。何をして捕まったの?」


「ああ、そういう。……空き巣」


 そう言うと、女は顔を歪めて笑い出した。


「やっぱり、盗みに入った先で魔法を使ったのって君? 何考えてるの?」


「は? 何だよ。と言うか、何で魔法を使ったらダメなんだよ」


「……本当に言ってるの? 魔力痕が残るからに決まってるじゃない」


「魔力痕?」


「ひー、やめて、苦しい、死んじゃううう」


 女はゲラゲラと腹を抱えだす。


「なっ、なんだよ。この、貧――」


 瞬間、目の前に炎が現れる。


「あっつ!」


 とっさに身体を反らした。


「……次は当てる」


 何かガンマンみたいなことを言っている。


「何だよ、今の」


「魔法よ。火属性の魔法。わかるでしょ」


 そうですね、そういう意味じゃないんですけどね。


「この牢屋では魔法はご法度じゃなかったか?」


「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ。例えバレても、これは正当防衛だし」


「正当防衛?」


「襲ってきたから、つい使ってしまったんです。男はおぞましいケダモノのようでした。魔法を使わなければ、私は今頃この男に身体を好き放題にされていたに違いありませんわ、ってね」


 女がベッと舌を出す。


「なんて女だ。今後一切関わりたくない」


「残念ねー。貧乏くじ引かされて」


 そういうことか。妙だとは思ったんだ。女と同じ牢屋なんて。文明レベルが低いんだろうなんて考えが甘かった。文字通り、貧乏くじを引かされてしまったのか。


 最悪だ。牢屋の希望とか聞かれた時に「どこでも良い」とか言うんじゃなかった。

 ……まあ、潜伏を使えば脱獄は容易だ。魔力痕とかいうものの詳細を聞いたらずらかるとしよう。


「なあ、あんた」


「バーン」


「え?」


 何? 銃で撃たれたふりした方が良い?


「メアリー=バーン。私の名前よ」


「じゃあメアリー、聞きたいことが」


 ボッと目の前が燃える。


「熱い! 何だよ急に!」


「初対面でファーストネームとか馴れ馴れしいわね……」


 まるでごみを見るような眼で俺を見ていた。いやだって、日本人だからつい! 最初にある方が苗字だと思うじゃないか。


「……バーン」


 ――熱い!


「呼び捨て?」


「……バーンさん」


「よろしい」


「絶対すぐ出ていくからな!」


「で、君の名前は?」


「佐沼、佐沼真」


「ふーん、マコトね。で、何の用なの、マコト君?」


「え?」

「え?」


 妙な沈黙が生まれる。


「えっと」


「な、何よ。急に変な声出して」


 いや、だって


「苗字にさん付け強要しておいて、まさか名前で呼ばれるとは思わなかったから」


「……? どういうこと?」


「だから、急にマコト呼び……あ」


 そうだ、先ほどの俺と一緒だ。この世界では名前はファーストネームから呼ぶものなのだろう。英語圏と同じ法則ということだ。


「良いかメア、バーンさん。マコトってのはファーストネームだ」


 しばらくして事態を理解したのかメアリーの顔が途端に赤くなった。


「いや、その、でも……そんなことって」


「まあ別に良いんですけどね? 他人に呼び方強要しておいて……ねえ?」


「ご、ごめんなさい」


 急にしおらしくなるメアリー。


「いえいえ、構いませんよ? 俺は全然気にしてないんで」


「さっきまでため口だったくせに……」


 メアリーがぐっと唇を結ぶ。それから一つ咳払いをした。


「それでサヌマ君。何かようですか?」


 やっと本題に戻ってきた。とりあえずは、俺の知らないこの世界の情報を入手しなければならない。


「魔力痕とやらについて教えてほしい」


「……本当に知らないんだ。教えてほしいって言われても言葉のままなんだけど。魔法を使うには魔力が必要でしょ? 使った後に身体の外に出た魔力の残りカスが、魔力痕よ」


 ふむ。


「それが侵入先に残るとどうなるんだ?」


「そりゃあ、魔力痕には色々情報が詰まってるしある程度は特定されやすいわ。犯罪者は普通、間違っても魔法なんて使わない」


 あーーーー、なるほどーーーー。


「そういうことか」


 ぐてん、と床に倒れ込む。冷たい。


「まったく、いったい何の魔法を使ったんだか」


 メアリーが呆れたように首を振った。青い髪がかすかに揺れる。


「囚人番号二十三番! 届け物だ」


 急に聞こえた看守の声に身体がビクンと反応する。見ると向かい側の牢屋に看守がいる。どうやら手紙を渡しているらしい。


「……ありがとう、ございます」


 手紙を受け取った囚人は、伏し目がちにそれを開いていた。

 ……手紙、ね。


「どうかした?」


 俺が余程変な顔をしていたのだろう、メアリーが気にして話しかけてくる。


「別に。手紙にあまりいい思い出が無くてな」


「なに? 振られたの?」


「ラブレターじゃねえよ」


 そんな青春を送りたかったよ。


「じゃあ何? なんでそんな変な顔してたのよ」


 言えるわけがない。


「個人情報保護の観点より黙秘権を行使します」

「え? え? なんて?」


 嫌な記憶と言うのが、この世界に来ることになったきっかけ、言わば死ぬきっかけだったからだ。そんなことを言えるはずもない。


 記憶がよみがえる。「盗んで欲しいものがある」その手紙は、そんな奇妙な文言から始まっていた。

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