第2話 泥棒は異世界でも空き巣を探す

「なんで……裏切った?」


 男はうつぶせの状態で俺の顔をにらみつける。


「なんでって、そりゃあ」


 もう利用価値が無いからだろう。そもそも強盗なんてリスキーなことを強要してきた時点で、あんたと関係を結ぶ価値よりも関係を切る価値の方が大きくなっただけだ。

 しかしそれを説明したとしても理解してくれるとは思わないし、説明する意味もない。だから俺はただ黙って男を見下ろしていた。


「お前」


 男が突然ニヒルな笑みを浮かべた。


「ん?」


「佐沼お前、最初から裏切るつもりだったな?」


 俺は沈黙する。


「はなから信じてすらいなかったな?」


 沈黙。


「ああ、かわいそうな奴だ。誰とも信用しあえないなんて」


 男はククク、とか細い笑い声をあげる。

 俺はしゃがんで、男と目線をそろえた。


「どの口が言ってんだ」


 男の指を踏んづけた。男は短いうめき声をあげ、また笑った。


「お前は勘違いしてるみたいだけどな、お前と俺らは違うぞ」


「は?」


「俺らはなぁ、仲間なのさ。信頼し合った関係なんだ。それぞれがそれぞれの役割を果たす。それを信用してるから、俺も自分の役割に専念できる」


 ハッ、と俺は笑い飛ばす。


「強盗団のセリフじゃねえな」




 目を開ける。光がまぶしい。

 ……夢か。いや走馬燈みたいなものだろうか? こんなどうでも良い記憶がよみがえるなんて、記憶は完全に戻ったと考えて良いだろう。


 目をならしながら、周囲の状況を確認する。

 まず家が見えた。レンガや石、木材で造られた家だ。似たような家が点々と並んでいる。背の高い建物はほとんど見当たらない。遠くにトンガリ屋根の教会があるくらいだ。


 目の前を二人の子供が走っていた。彼らは手を伸ばして互いに水をかけあっている。そしてその水はどこからともなく、当然のように彼らの手から放たれている。まるで魔法のように……。


 ――ああ、ここは異世界なのか


 と、ようやく理解する。

 視線を感じて我に返る。どうやら俺は道路のど真ん中で体操座りをしているらしい。あわてて立ち上がり、道脇によけて状況を整理する。


 まず、俺の服装は死んだ時と同じだ。白のワイシャツにジーパンとスニーカー。周りの服装と比べて、そこまで浮いているわけではない気はする。


「何あの人?」

「怖くない?」

「なんか突然……」


 気がするだけだ。やはり少しは目立つらしく、ちらちらと視線が向けられていた。ひそひそと俺を見ながら会話をするご婦人の視線だ。いや、単に道の真ん中で体育座りをする大人に驚きを隠せないのかもしれない。


 そう言えば考えていなかったが、言語は聞き取れる。日本語に聞こえる。この世界で使われている言語が日本語なのか、それとも女神がそこらへんは解決しているのかは定かではないが、どちらかと言えば後者の確率が高い気がする。


 女神が俺の脳みそをいじっている様を想像し、若干の吐き気を催す。だ、大丈夫だ。きっとそこは魔法的なアレでパンパカパーンとどうにかしているに違いない。きっと。それかあれだ、最後に飲まされた液体の効果とかだろう。


 そして持ち物は一切ない。問題は、この世界で流通している通貨が支給されていないことだ。


「少しぐらいくれても良いだろうに」


 思わずぼやいてしまう。昔、本当に昔、俺がまだ物語に触れていた子供のころを思い出す。携帯ゲーム機でプレイしたRPG。軍資金は百ゴールド。まともな装備は手に入らなかったが、それでも少しはお金がもらえた。しかし今、そんなものは存在していない。


 ではどうするか。


 盗もう。すぐにその回答に行き着いてしまう。


 ――結局俺は、こんな生き方しかできないんだな


 まあ、どうせ俺を殺したあいつの言葉を信じるなら、盗みを働かざるを得ない。

 あいつ――ヒイラギユキオと名乗る男は、この異世界で六つの宝石を盗むよう依頼してきた。そしてどうやら、その報酬は俺の最も欲しいものらしい。


 ヒイラギの顔を思い出す。


「くそ」


 腹が立って地面を蹴った。その勢いのままそこを後にする。

 適当に歩いていると、噴水のある広場までやって来た。噴水を囲むようにいくつかの家が近くに並んでいる。ここらで盗みに入る家を決めることにした。


 どこが良いだろうか。視線をあちこちに動かす。留守の家は何軒かあるが、どれが一番盗みやすいか……。いや、と思い直す。わざわざ見定める必要はない。俺には潜伏があるのだ。どこに入ったって同じだろ。


 俺は正面の家に視線を向ける。決めた、あそこにしよう。そういえば、潜伏はどうやって使うんだろうか。魔法みたいなものだろうか。とりあえず物陰に隠れる。

潜伏――と心で唱える。


 ……。……。……。……。特に変化を感じない。


 できてる? うまくいってる? 

 試しにそこら辺に座っている男の眼前で手を振ってみる。

 ……全く反応がない。どうやら本当に認識されていないらしい。マジかよ、すげえな。

 思わず興奮してしまう。しかしすぐに、一日に三十分以上使うと死ぬ、という女神の言葉を思い出した。急がなければ。


 俺は狙いを定めた家に入る。侵入経路は窓だ。人ひとりが余裕で通過できる大きな窓に、拾った石を投げつけた。大きな音が鳴ったので、こちらに数人がやって来たが問題ない。俺のことは見えてないし、ガキのいたずらとでも思うだろう。


 侵入後は手早く寝室に向かう。金目の物を適当に見繕い、ポケットにしまった。ジーパンのポケットが小さめなので大量には入れられないが、今日の宿代くらいにはなるだろう。


 <潜伏>を使って何分くらいが経ったかが気になる。時計が欲しい。

適当にあさっていると、懐中時計を発見する。今日はついてる。ついつい口角が上がった。


 この辺で切り上げることにする。さっさと盗んだものを売って宿を探そう。

 にしてもちょろいな。これは捕まるわけがない。だって見られもしていないのだ。これが完全犯罪か。宝石を盗むのも簡単かもな。思わず足取りが軽くなった。

 ――捕まえれるなら捕まえてみろ


 


 そして日をまたぐことなく、俺は捕まった。

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