第6話 炎の魔女はお腹がすいている
「賢者の石を、奪いに来た?」
俺はメアリーの言葉を復唱する。その言葉が意味をかみ砕く。
「そうよ。あの監獄長から【元素の魔石】をね」
「げん……? まあ良い。確認なんだが、この監獄に賢者の石があるってことで良いんだよな?」
「そうだけど、知らないの? 割と有名な話よ」
「初耳だ」
俺はため息交じりに答えた。
「とにかく、私は賢者の石を探してる。だからもし持っているというのなら、それを渡してくれない?」
「だから待ってくれよ。まずどうして俺が賢者の石を持ってることになるんだ?」
潜伏が珍しい魔法だということは理解した。しかしだからと言ってなぜそれが賢者の石につながる?
「潜伏魔法が使えるなんて、賢者の石を持ってる以外に説明がつかないと思うけど」
ずい、とメアリーが詰め寄ってくる。
「なんでだよ」
「賢者の石の一つに、潜伏魔法を秘めたものがあるからよ」
またまたずい、と詰め寄る。近い近い。
「いや、ちがうんだ」
こうなればもう仕方ない。これが女神からもらった能力だということを話さなければ、メアリーは納得してくれないだろう。俺はそれについて説明することを渋々決心した。
「わかってくれたか」
俺はついに死んでから転生に至る経緯、そしてなぜ賢者の石を探しているかまですべてゲロってしまった。
話を聞き終えたメアリーは何かを測るように黙って俺を見つめている。それから彼女は短く息を吐き、口を開く。
「にわかには信じがたいわ」
「……」
まあ、そうだと思う。そもそも転生の話から
思わず眉を寄せる。もう詰め寄られるのは勘弁願いたい。
「でもまあ、あり得なくもないのかしら」
「え?」
「何? そんな驚いた顔して」
「いやだって転生とか、女神とか、女神から能力もらったとか。普通信じないだろ」
「あー、まあ信じてないわよ?」
「ん?」
「あー、ごめんね。君を信じてないわけじゃなくて……。まあ良いでしょ、とにかく私は君の話に納得したの」
「そう、なのか」
疑問は残るが、それなら問題はないか。
しかしそれ以外の問題が生じている。
賢者の石がこの監獄にあるというのなら、脱獄は見送らなければならないのだ。
「バーンさん、一つ訊いても?」
先程の話で引っかかったところがあった。
「どーぞ」
「さっき元素のなんちゃらって言ってたのは、何のことだ?」
「え? ああ、元素の魔石ね。賢者の石の一つよ。そう言う名前の賢者の石があるってこと」
「それがこの監獄に?」
「ええ。監獄長が数年前に拾ったって話」
拾ったって……。そんな石ころみたいに。
「そこら辺に落ちてるもんなのか? それ」
「まあその辺の話はまたしてあげる。それより、ほら」
ギギィと、鉄の扉が開く音がする。そこら中の牢の鍵が看守によって開けられていた。
「ご飯の時間よ」
メアリーが嬉しそうに呟いた。
飯の時間は牢獄ごとに決められており、俺は最後のグループに属している。囚人が二列になってぞろぞろと食堂へ移動するのだ。食堂へ入ったら、カウンターで飯を受け取る。おかわり自由だ。
今回の飯は、どうも前回より豪華だ。何かの記念か?
俺とメアリーは食堂の隅の方に向かい合って座る。……何かメアリーの目がキラキラしてる。
「嬉しそうだな」
「そりゃあ! 月に一度の! ご馳走だもの!」
「どういうことだ?」
「月に一度、囚人の士気を高めるために晩御飯がちょっとだけ豪勢になるのよ! さあ、早く食べましょう!」
メアリーは食い気盛んだ。さすが無銭飲食魔。
「で」
しばらく食べていると、メアリーが口を開けた。
「あなたも賢者の石を狙っているんでしょ?」
「まあ、そうだな」
そうか。俺はここではじめて理解した。俺とメアリーは共に賢者の石を狙う者同士。敵対関係に発展する可能性が高い。
「手伝ってあげましょうか」
「……え?」
「だから、手伝ってあげるって言ってるの」
自分の耳を疑う。メアリーは今なんて言った? 手伝う? なんで? フォーク
に刺したエビフライのようなものが皿に落下した。
メアリーは大きなため息を吐き、言葉を続ける。
「あなたがすべての賢者の石を手に入れれば、私の目的も達成される。だから手伝ってあげる」
「どうして急に」
「事情が変わったのよ。本当は元素の魔石だけ奪うつもりだったんだけど。……まあ、潜伏魔法はかなり有用だし、盗むのも楽になると思ってね」
「まあ、手伝ってくれるならありがたいけど」
炎の魔女に敵対されるよりは。
「じゃ、決定ね。よろしく。私はおかわりに行ってくるから」
実はこれで三回目のおかわりである。
俺の皿はもう空だし、これ以上食う気もない。しかし戻ってきたメアリーの皿には米、エビフライ、ハンバーグ、サラダ、スープが載っている。
おかしい、プリンを除けばフルメニューだ。どこにそれだけ食べる胃袋があるんだ。
ちなみに料理名は
そろそろメアリーを見る視線が冷ややかなものに変わってきた時である。
「おうおうおう!」
やたらとでかい声が食堂に響いた。声の発生源が近づいてくる。
「やっちまってください! ジンさん!」
ジンと呼ばれた男と、その取り巻き十数名が俺とメアリーをにらんでいる。
――あいつがジンか。
ジン=ノーディン。この監獄の囚人を取り仕切る、囚人たちのボス。話には聞いていたが、確かにおっかない風貌をしている。
金髪はかき上げられ、目つきの鋭さが目立つ。鼻のところに大きな切り傷があり、体格は並程度だが実力者の風格があった。
普段はメアリーに近づかない囚人たちも、ジンがいれば話は別なのだろう。
「よお、メアリー=バーン。相変わらずだな」
「そうね、ジン=ノーディン君。何の用? 食事を邪魔するなら私にも考えがあるけど。あと呼び捨てやめろ」
緊張が走る。ジンとメアリーは互いににらみ合い、周囲は唾を飲んでそれを見ていた。
……気まずい。
まさかメアリーとジンが敵対していたとは。
「ちょっとお手洗いに行ってこようかな」
俺は誰に言うでもなく、そんな言い訳を残して席を外す。
「おいおい炎の魔女! 今日こそはボコボコにするからな! ……ジンさんが!」
威張り散らしていたジンの取り巻きは、ちょっと怖くなったのかジンの後ろに隠れる。
メアリーが隠れた彼に冷ややかな視線を送った。
「な、何見てんだよ!」
「うるさいわねコバンザメが」
「だ、誰がコバンザメじゃ!」
ジンの取り巻きとメアリーが小競り合いを始めたその時、ジンが「ん?」と足元に視線を送った。
「おい、今足元に何か通らなかったか?」
「え? どうしたんですか? ジンさん。なんもないですけど」
「ん? そう、か。まあなら良いけ、どおおお」
ジンが唐突にひざを曲げ、前のめりに倒れた。
「ど、どうしましたジンさん!」
そう言った取り巻きも、ジンと同様にひざを曲げて倒れる。一人、また一人と取り巻き立ちが倒れていく。取り巻きたちに動揺が走った。動揺は次第に混乱になる。
「いったい何が」
取り巻きの一人が口を開くも、すぐに倒れる。
まるでドミノのように連鎖的に人が倒れて行った。そして、取り巻き全員が倒れてしまう。
それを見たジンはおもむろに立ち上がりフッと笑う。
「どうやらこいつらの調子が悪いらしい。機会を改めよう。邪魔したな、メアリー」
ジンはそう言い残し、食堂の出口へと向かって行った。後ろを取り巻きが追っていく。
「あー、スッキリした」
俺はトイレから帰ってきた体で椅子に座る。
じとー、というメアリーの視線を感じた。
「な、なんですかバーンさん」
「今の君でしょ?」
「さ、さあ何のことだか」
俺は視線を逸らす。逸らした先で、ジンの取り巻きが彼を引っ張っていた。ジンはともかくその取り巻きはいまだメアリー打倒を志しているらしい。
「いやいや、とぼけないでよ。さっきジン君たちが倒れたやつ、潜伏を使える君なら簡単にできるよね?」
……まあ実際、メアリーの言うとおりだった。俺はトイレに行く振りをして適当な所で潜伏を発動。それからジンとその取り巻きに膝カックンを仕掛けていったのだ。
「できるのと実際にやるのは違うだろ」
それでも俺は否定する。これがジンどもに知られてみろ。あとでタコ殴りにされる。
メアリーが品定めでもするように俺を見つめた。
「君って、もしかして良い人?」
「はあ?」
想像だにしない言葉を聞いてしまい虫唾が走る。久しぶりに聞いた言葉だ。良い人なんて言葉は誉め言葉でも何でもない。むしろ俺らの世界では誰かを貶すときに使う言葉だ。
そもそも俺が先程の行動を起こしたのは、文字通り自分の為なのだ。潜伏の実験だ。
俺はジンたちに膝カックンをしたが、その前にジンの足もとを思い切り蹴るということを試している。しかしジンは蚊にでも刺されたような反応だった。
一つ仮説を立てる。潜伏状態の身体では、誰かにダメージを加えられないのではないか、と。
これが正しいと決まったわけではないが、大きなヒントになるだろう。
このことをメアリーに説明しても良いのだが、かえってみじめになる気がしたのでやめる。自分の顔が引きつるのがわかった。
「うわあ、すごい顔してるよ君」
「うるさいやめろそれ以上言うな」
食堂の扉が開き、ジンたちが出ようとするのが見えた。俺も話を切り上げたかったので立ち上がり、食堂を後にしようとする。その時だ。
「あれ? プリン一個余ってるね」
食堂のおばちゃんの声だった。メアリーの身体がびくりと震え、ジンの取り巻きが歩みを止めた。
そしてこれが、プリン争奪戦の幕開けとなったのだ。
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