◆2-15 ウィル

「はあ、きっつ」


 通路を抜けたとき、体力がずいぶん削られていた。

 普段は意識しない体を覆うオーラに注視すると、白から黄色っぽい色に変わっていた。HP、半分くらい減ってるな。


 ケルベロス三頭、ビックホーン二体、イビルアイ五匹にリッチ、名前のわからない巨大蜘蛛とカメ――よくもまあ、狭い通路に詰めかけたもんだ。


 キュプロクスオーガが出てきたときは焦った。

 ばかでかい図体のくせに、こいつの叫びは小さな子の悲鳴にそっくりなんだ。擬態だ。子どもが襲われてると勘違いして駆けつけた冒険者をぱくり。わざわざ名前に人食いオーガがつくくらいタチが悪い。けど頭が悪いし、一つ目だから空間把握が下手だ。


 今回はその頭の悪さに助けられた。狭い通路で自慢の棍棒がふるえず、キュプロクスオーガは俺がしかけたワイヤーに何度もひっかかった。で、ぶちぎれて大混乱。なにを隠そう、物理攻撃がほとんど効かないカメを馬鹿力で潰したのはキュプロスオーガだ。


 とはいえ、ソロでこんな戦闘は繰り返せない。

〈探知〉と〈忍び足〉を駆使して非常装置を目指した。


 あんなに静かだったダンジョンが魔物の気配であふれている。蹄の音や地響き、遠吠え、奇声、小競り合う音や叫び声がこだまする。

 候補者じゃないといいんだけどな……。


 坑道を抜けると、出し抜けに〈ワイズ〉の残滓が目に飛び込んできた。

 石柱の並ぶ空間に紫煙の光がきらきら舞う。

 少し前に誰かが交戦したらしい。岩に刻み込まれた爪痕や焦げた地面から、激しい戦闘と混戦がうかがえた。俺は壁を見て、息をのんだ。


 大量の血をぶちまけたように、べっとりと血しぶきがついている。


 魔法使いかウルフのだ。この血の量…………かなりやばいぞ。

 でもケガ人を探す時間がない。地上に転移してから治癒するほうが確実だ。


 一刻も早く装置を起動させないと。

 ミアとはぐれた五叉路を直進していくと、らせんの坂道に出る。非常装置はその最上階の小部屋に設置されているはずだ。


 それにしても〈五人目〉はどうやって脱出するつもりだ? 魔物だらけのダンジョンを歩いていくわけないし、きっと脱出手段を確保してるはずだ。


 らせんの坂道にさしかかったとき、なにか動いた。


 こういうとき、日々の鍛錬がものを言う。

 天井から発射された糸を無意識に回避して、カウンターで投擲していた。


「ギャギャッ」


 耳障りな奇声をあげて、ボトッと蜘蛛が落ちた。

 一撃で仕留められなかったか。


 手首のワイヤーを引いてナイフを回収。追撃しようとし――――ぎくりとした。

 

 ボトッ。


 ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト大量の蜘蛛が落ちてくる。通路を跳ね、壁を這い、こっちに押し寄せる。


 しまった、攻撃すると仲間を呼ぶタイプか!? そう思ったとき、足元に振動を感じた。

 地響きか? ダンジョンを低い振動が揺らし、こちらへ近づいてくる。

 ――――上からだ!


 はっとして顔を向けると、影が生まれた。


 大量の魔物の群れが、なだれをうつようにらせんの坂を下ってくる。

 ケルベロス、イビルアイ、ダークドライアド、キュプロクスオーガが三体――――ぱっと見で判別できたのはそれだけだ。道にあふれた数十匹の魔物が雄叫びをあげながら突っ込んでくる。


「おいおい…………」


 歯の根が震えた。


 これを突破しろって? 敵は無数。対して俺はソロ。非常装置は坂の最上部で、こいつらを倒さないかぎりダンジョンからの脱出不能だ。


 進むも死、退くも死。


 この先には死しかない。

 

 腕から力が抜けた。ナイフの先を下に向け、棒立ちになる。

 

 先陣の大量の蜘蛛とは十メートルも離れてない。不細工な頭に六つの目が光り、鎌のように鋭い八本の脚が不気味に蠢く。


「――――出し惜しみしてる場合じゃないよな」


 血が熱い。恐怖は変わらずそこにあるのに、負ける気がしない。

 

 バチッ、と俺のまわりで光が弾けた。


 神経、筋繊維、骨、全身の細胞が〈ワイズ〉で活性化され、あふれたエネルギーが皮膚を伝ってスパークする。まだだ。まだたりない。ぎりぎりまでオーバードライブさせる!


 蜘蛛との距離は五メートルを切った。


「〈架空索動フィクション・アクト〉」


 両手のナイフを宙へ放った。ナイフはくるくると回転しながら残像を残す。

 ただの残像じゃない。〈ワイズ〉で形成した実体のない架空兵器だ。

 その数、八本。

 オリジナルのナイフ二本と合わせて十。

 

 蜘蛛が前脚を振り上げ、牙を剥く。


 その動きを見定め、俺はためた力を一気に解放した。



「〈王者への解弾テンカウント〉!」



 スキルを発動させた瞬間、どんっと衝撃が脳を揺らし、世界が極彩色にのみこまれた。


 極限まで能力を引き上げた肉体が見せる別次元。


 風、匂い、流動する〈ワイズ〉――普段は感知できないものが色として網膜に映り、研ぎ澄まされた感覚は時間の流れさえ緩やかにする。


「スタート」


 俺の言葉を魔物が知覚することはないだろう。

 弾丸のように打ち出されたナイフは、すでに巨大蜘蛛六匹を貫通し、地面に突き刺さっていた。


 残り四本のナイフは同時に操る。二本を宙に放り、両手に一振りずつ装備して敵陣に突っ込んだ。


 魔物の動きは水中を進むように鈍い。

 眼前に迫った蜘蛛の牙をよけ、右手で脳天を串刺しにして左のナイフで薙ぐ。中空に舞う一振りを右で掴み、後方の怪物を一閃。手首を返してナイフを放り、追撃を左でこなす。ナイフを別の蜘蛛の背に突き立て、落ちてきた一振りを下から上へ跳ね上げた。最初に潰した蜘蛛の脳天からナイフを回収して真横の一匹を真っ二つにする。


 ここまでワン―――― 一秒。


王者への解弾テンカウント〉は能力を極限まで高める秘技。

 肉体はもちろん、演算能力や思考能力も飛躍的にアップする。それがこの十刀流を可能とする。


 ナイフが生き物のように俺の周囲を踊り、次々に魔物を撃破する。


 一撃ごとにナイフは必ず突き立てるか中空へ放る。手の届く範囲で操ることでタイムロスをなくし、十本のナイフは武器にも盾にもなった。でも〈架空索動フィクション・アクト〉の真価は武器の複製じゃない。


 目にもとまらぬスピードで魔物を蹴散らし、キュプロクスオーガに投擲した。目、喉、胸、腹、縦一列に四本のナイフが突き刺さる。


「ききぃぃぃやあああああ」


 甲高い叫びもスロー再生したみたいに低くのろい。


 残り六本のナイフを操って死体の山を築き、キュプロクスオーガに刺さったナイフを足場に駆けあがる。

 背後に着地すると、力をこめて右手のワイヤーを引いた。


 そう、増やしたのはナイフだけじゃない。

〈ワイズ〉で作ったワイヤーはオリジナルと同じくナイフとつながっている。


「オオオオ!」


 渾身の力でワイヤーを引いた。

 散らばっていたナイフが連なり、蛇腹の武器に変異する。

 鋼の怪物は小さな竜巻のように周囲の魔物を切り刻み、通路に無数の傷を残す。


「ぶぉおおおおばあああああ!」


 魔物の絶叫がまのびした音で響き渡る。


 シックス――――セブン


 複製したワイヤーを切り、ナイフを前方へ放つ。


 またたきほどの一瞬に、すべての魔物の動きを予測し、ナイフと自分の動きを組み替える。


 俺はオリジナルのナイフとオリハルコンを手に坂を駆けあがった。叩き、貫き、太刀筋が消えないうちに次のナイフで斬り、矢のように放つ。

 ナイフが閃き、宙に躍る。

 魔物には俺が瞬間移動したように見えるはずだ。俺の背後には黒い靄しか残らない。


 そのとき、蠢く魔物の向こうに最上部が見えた。


 ナイン


 最後の一秒は駆け抜ける!


 宙に遊ばせていたナイフを取り、両手に三本ずつ握った。ぐっと背筋を引き、前方に撃つ。


「ハアッ!」


 一振りが弾丸のように数体を貫き、道を開く。

 

 倒すことより前へ。俺は残りのナイフを手に一散に駆け、襲いくるケルベロスや怪物を切り裂いた。歩みは緩めない。前へ、前へ!!



 ――――10テン



 持続が切れた瞬間、ズシッと体が重くなった。

 音や光、速度が通常値に戻り、なにもかもが鈍く感じられる。体が重力につかまった感じだ。

 急激に重くなった自分の体にあらがって、ぐっと踏みこみ、最上部の部屋へなだれこんだ。


「!?」


 なんだこれは……!?

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