◆2-14 ウィル

 いた!


 ひらけた場所でミアが剣や棍棒を手にしたリザードマンと交戦している。全部で六体。ミアの後ろに通路を見つけて俺は顔をしかめた。


 変だな、剣士が多勢を相手するとき、一対一に状況に持ちこむはず。どうして通路を利用しないんだ?

 そう思ったとき、通路に白い司祭服の女の子が倒れているのが見えた。


「神官をかばって下がれないのか!」


 俺は一気に加速した。〈ワイズ〉を消費して一時的に身体をオーバードライブさせる。


「〈ソニックスラッシュ〉!」


 数メートルの距離を一瞬で移動し、高速の一閃がリザードマンを真っ二つにする。

 俺が着地するのと同時に、リザードマンは黒い靄をあげて塵に還った。


「ウィル!?」

「そっちを頼む!」


 驚くミアに告げ、リザードマンたちに突っ込んだ。


 ナイフの極意は確実に急所を捉えること。ソードやランスに比べて殺傷能力が低く思われがちだし、リーチの短さはいかんともしがたい。

 けど混戦や狭い場所では真価を発揮する。


 ヒットアンドアウェイ、シーフの機動力でリザードマンを翻弄し、一瞬の隙を突く。柄でリザードマンの顎を砕き、左手のオリハルコンで息の根を止める。二体目とはつばぜり合いになったけど、ワイヤーを敵の剣に引っかけて叩き落とした。


 と、交戦するミアに別のリザードマンが襲いかかるのが見えた。


〈ワイズ〉を消費して全力投擲!

 オリハルコンのナイフは不埒な魔物の喉に突き刺さり、どうっと倒れる。

 

 確認できたのはそこまでだ。目の前のリザードマンが特攻してきたので、俺はワイヤーのからんだ剣を振り回し、リザードマンの頭を狙った。魔物がひるんだところでワイヤーを手離し、ガードでがら空きになった心臓にナイフを突き立てる。


 ナイフを抜くと、リザードマンは黒い靄を上げながらその場に崩れた。

 これで全部か?

 振り返ると、ミアが最後の一体を仕留めたところだった。俺は投擲したナイフを回収してそばへ向かった。


 ミアは苦しそうに肩で息をしながら顔についた泥を拭った。

 ずいぶん疲弊してるな。


「大丈夫か?」

「……どうしてここにいるの」


「どうしてって」

「おたがいベストを尽くしましょうといったはず。私はあなたに手を貸さなかった、その私をなぜ助けるの?」


 戦闘の余韻でミアの目が光ってる。

 俺もそうだけど、きつい戦闘が続くと、気が高ぶって言葉が荒くなる。


「ミアだって神官を助けてるじゃないか」

「小さな子を放っておけない、けがをしてるし」


「そういうことだ、俺も同じだよ」

「私が小さな子どもみたいに弱いといいたいの」

「あーもう、つっかかんなよ。ケンカしに来たんじゃないんだ!」


 それにミアは強い。お世辞じゃなくて、本当にそう思うんだ。剣士としても、人としても心が強い。


「さっきミアにいわれたこと、そのとおりだと思ったんだ。俺には覚悟がない。この試験に命はかけられないし、誰も傷つかなければいいと思ってる」

「…………誰だってそうよ。ただ現実がうまくいかないだけ」


 やっぱりミアは知ってるんだな。願うだけでは叶わないことを、血を吐く思いで努力しても、どうにもならないことを知っている。でも。

 いや、だからこそ。


「希望を抱くのもだめかな」

「希望?」

「俺はあきらめたくない」


 いつか、仲間を捨てて前に進まなければいけない日が来るかもしれない。

 多勢を守るために罪のない人をこの手にかける瞬間がやってくるかもしれない。


 それでも、あきらめたくない。


「魔王は必ず倒すし、誰も犠牲にしない。ぬるいこといってるのはわかってるよ。だけど希望がなくてどうやって戦うんだ?」


 しかたなかった。そんなふうに割り切る準備をしたくない。最初からここまでと決めて、命に線引きをしたくない。あきらめたら誰も救えないじゃないか。


「俺は最後の最後まで手を離さない。誰の手も。それが俺の覚悟だ」


 ミアは目をみはった。初めて俺の顔を見たようにまじまじと見つめる。

 やがて、彼女は悲しそうにささやいた。


「その生き方は苦しいよ。救えなかったものが、いつかあなたを押し潰してしまう」


 やっぱり、ミアは優しいな。

 肯定も否定もしない。だけど、いつか俺が直面する苦悩に心を寄せて胸を痛めてくれる。ミアだって好きで覚悟してるんじゃない。どこかで割り切らないと戦えないんだ。

 助けた人を両手に抱えたまま、別の人は助けられない。


 遠くで魔物の奇声が聞こえた。


「のんびり話をする余裕はなさそうね」

「そうだな。さっさと脱出しよう」


「脱出するって……どうやって? そこら中魔物だらけ、信じられない数よ。とても逃げ切れるとは思えない」

「大丈夫だ、全員助かる方法がある」

「本当!」


 ミアの顔がぱっと明るくなった。

 ……悪いな、たぶん君には辛い方法だ。


「ミア、いったよな。覚悟が必要だって。大きな使命を成すためには仲間や大切なものを切る覚悟がないと魔王には勝てないって」

「ええ」

「なら、その覚悟を見せてくれ」


 小首をかしげるミアに俺は告げた。


「非常装置を起動させる」

「な……っ、そんなことしたら!」


「ああ、失格だ。待った、いいたいことはわかるけど最後まで聞いてくれ。この試験はまともじゃない。〈五人目〉の問題を抜きにしても変だ。魔法で強制転移させられたり、試験監督官がいなかったり、今は尋常じゃない数の魔物に囲まれてる。いくらなんでも試験の域を超えてるよ。ミアはこの状況が正常だと思うか?」


「…………いいえ」

「まともな試験なら俺はとめない。だけどこれじゃ、もう試験とは言えないだろ。ルール無用の現実だ、死んだらそれまでなんだよ」


 戦闘不能や気絶ならどうにかなる。でも死んだらそれまでだ。俺がセーブ地点に戻ったところで問題なく進められるとはかぎらない。


〈女神の福音〉の発動は最善を尽くしても力が及ばなかったときだけ。

 いまはミアを説得して、全員で生きて帰るのが最優先だ。


「魔王復活は近い、明日甦ってもおかしくない状況だ。俺たちは〈栄光の戦士〉の候補者の前に冒険者だろ。この力で人々を守らないと。これはそのための撤退だ、生きて帰ることが俺たち候補者の使命だよ」


 ミアは唇をきゅっと噛み、苦悩に顔をゆがめた。


 ミアは〈栄光の戦士〉にこだわっていた。絶対になるんだと決意を見せ、命懸けで目指していた。

 どうしてそこまでして〈栄光の戦士〉になりたいのかは知らない。でもどれだけ辛い決断を迫っているのかは、ミアの顔を見れば充分だった。


 きっと俺はミアに人生をあきらめろといってるんだ。でも選ぶ余地はない。覚悟を決めるしかないんだ。


「………………わかった」


 ミアが蚊の鳴くような小さな声で言った。

 俺はうなずいて、左手を見せた。


「壁に印をつけてきた。これをたどってくれ」


 布を裂いて作った即席スタンプだ。夜行貝の蛍光インクを染みこませた布を包帯で手の甲に固定した。不格好だけど、壁に手の甲をつけるだけでスタンプできるし、インクをたどれば安全なところにいけるというわけだ。いいアイデアだろ。


「でっかい女神像を覚えてるか? あそこに魔物が近づかない、ミアはその通路から脱出するんだ」

「ウィルは?」

「非常装置を作動させてくる」


「一人で行くつもり!? あなたひとりに危険なことはさせられない、私も一緒に」

「だめだ、混戦になったら神官を守りきれない」


 俺はミニ神官に目をやった。通路の壁に背を預けてぐったりしてる。

 純白の祭服についた大量の血の痕が痛々しい。


「この子を安全なところに連れて行くのが先だ」

「だけどあなたは……?」


「大丈夫、ウルフと魔法使いがいるんだ。あいつらも死ぬくらいなら俺に手を貸すだろ」

「〈五人目〉がいるんでしょ!? この子を傷つけた人が! 武闘家か魔法使いのどちらかはもう」


 死んでいるかもしれない。ミアがそう言おうとしたのがわかった。


 ここにいるのは俺たち五人だけ。ウルフか魔法使いのどちらかが神官を襲った〈五人目〉だ。その毒牙は今、本物の候補者に向けられている。


「だから急ぐんだ。俺は本物の候補者と非常装置で脱出する。装置が作動すると全員強制転移されるって書いてあっただろ。運がよければミアは転送前に脱出できるよ。試験合格だな」

「そんなこと――」

「神官のこと、頼んだぞ」


 俺はミニ神官を抱き上げて、ミアに背負わせた。

 落ちないように俺の上着でくくりつけていると、魔物のたてる騒々しい音が近づいてきた。通路からだ。


 運がいい、ミアたちが向かう方向と逆だ。

「よし、いいぞ。できるだけ戦闘は避けて」

「ウィル――」

「行け!」


 鱗の擦れる音やいななきが、はっきり聞き取れる。

 ミアは後ろ髪引かれるように俺を振り返った。


「私に貸しがあるんだから、必ず脱出して」

「貸し?」


「あるでしょ!」

「…………どっちかっていうと、俺が迷惑をかけられたような」

「なっ!」


 ミアは顔を赤らめ、唇をとがらせた。


「私のあんな恥ずかしい格好見ておいて責任とらないとか……許さないんだから」


 ――――あっ!? 〈お嫁に行けない〉ってアレ!?


「地上で待ってる」

「は!?  お、おいちょっと!」


 ミアは背中の神官を支えながら走り去った。


「なんていう爆弾を投げていくんだ…………!」


 俺は苦笑いした。

 戦闘前の緊張が吹き飛んでいた。


「まったく」


 遠ざかる足音を聞きながら通路に立つ。

 長い通路の先に赤い目が浮かび上がる。ひとつ、ふたつ、と数が増えていく。

 俺はナイフを両手に構えた。


 ケルベロスがよだれをたらして突進してくる。


 敵に不足なし、ここから本気でやらせてもらう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る