◇2-13 ミア
「硫黄と火、アピンの矢、我が呼びかけに応えラハモーグとモドスの焔を呼び覚ませ――〈
魔法使いの詠唱と共に眩い光が炸裂し、高温の岩石が降りそそいだ。
直撃を受けたイビルバットの群れが一瞬で隅と化し、塩の固まりみたいにぼとぼと落ちる。
その下では天狼門の武闘家がダークドライアドと交戦している。脚を鞭のようにしならせて強烈な蹴り技をくりだし、魔物を吹き飛ばす。
地下闘技場を思わせる円形の空間は混戦状態だ。
「ハアアッ!」
私は気勢を上げてダークドライアドに剣を叩きこんだ。
触手のようなツタを一閃、舞うようにしてその首を刎ねる。〈断末魔〉はあげさせない。特殊効果で麻痺と錯乱があるからだ。
もう一体のダークドライアドが胞子を吐いた。吸いこむとまずい。息を詰めて後方に大きく下がると、魔法使いが私から逃げるように場所を変えた。
当然ね、信用できないのはお互いさま。
魔法使いと武闘家にばったり出くわしたのは、ほんの少し前。武器にこそ手を伸ばさなかったけど、緊張が走った。ウルフとケルキニディアス=ディシゼリシアは敵じゃないのかもしれない。でも違ったら? 全員、同じことを考えたと思う。
私たちはほとんど言葉をかわさないまま、違う通路へ進もうとした。
ダークドライアドが現れたのはそのときだ。天井にいたイビルバットが騒ぎだし、ダークドライアドに仲間を呼ばれてしまった。
植物系は仲間を呼んで増殖するからやっかいだ。
私は正面のダークドライアドを見た。目の端の魔物にも注意を払う。
そのとき、視線を感じた。
魔法使いがこちらを見て笑っている。
とんがり帽子のつばで目元はわからないけど、口の端にできた皺が嫌な感じだ。
背中を見せたとたん魔法で一撃、なんてことはないでしょうね。
正面のダークドライアドの腕が鞭のようにしなった。
剣で弾き上げ、懐に飛びこむ。と、ダークドライアドのツタを編んだような胴がかぱっと開いて無数のトゲが発射された。
よけきれない!
でも引けば勝機を失う。最小限の動きでトゲを避け、当たるものはそのままに任せる。腕、肩、腿――指ほどの長さのトゲが突き刺さり激痛が走った。だけど引かない。中空を漂う精霊に〈ワイズ〉で呼びかけた。
「
中段に構えて放った一撃を精霊の力を借りて威力を増大させる。剣気が狼の形を取り、ダークドライアドを食いちぎった。
よし、しとめた!
手応を感じた瞬間、いきなり横からツタが伸びて私の首に巻きついた。左手でかばわなかったら即座に絞め落とされていた。
「く……っ!」
いったいどこから!?
目をやると、天井からぼとりと三体目のダークドライアドが降ってきた。あんなところに潜んでいたなんて!
ダークドライアドはツタの腕で私の首を押さえたまま、もう一方の腕を振り上げた。剣で弾こうとしたけど、首に巻きつくツタにひっぱられた。
しまった! ブンッ、と鈍いうなりをあげてツタが私の眼前に迫る。
とっさに前へ飛び出してよけると、ツタが頬をかすめた。焼けつくような痛みを感じる間もなく思いもしないことが起きた。
私の耳をかすめて四、五発の火球がダークドライアドに当たったのだ。
「シャアアアア!」
奇声をあげてダークドライアドが身をよじる。
魔法使いが攻撃したんだ。
だけど、今のはどっちを狙ったの?
前へ飛び出さなかったら私も火球の餌食になっていた。私の動きを予測した? それとも……。
首に巻きつくツタを切り裂き、ダークドライアドを討ち取る。黒い靄がたちのぼり、魔物の体が塵と消える。
私は額を流れる汗をぬぐって肩で大きく息をした。
やりにくい。背中を預けて戦えないのがこんなにも不自由だなんて。敵か味方かわからなくて、どうしても意識してしまう。
「ヤアア!」
私は急降下してきたイビルバットを真っ二つにした。
はあっ、数が多すぎる……!
まわりを見ると〈ワイズ〉の残滓と倒した魔物から漂う黒い靄であたりが濁っていた。まずいわね……臭いにつられて魔物が集まってくる。
「剣士、後退だ! 場所を変えよう!」
ケルキニディアスが叫んだ。瘴気がこもってきたことに気づいたみたい。判断が一致したのは嬉しいけど、そう簡単にはいかない。
「グルル!」
黒い靄を突き破ってケルベロスが襲いかかってきた。ひらりと身をかわして胴に斬る。でも火花が散っただけで浅い傷しか残らなかった。
ケルベロスは三つの頭を持つ犬。顔は口の裂けたコウモリみたいで、皮膚はドラゴンみたいに硬く刃が通らない。有効なのは打撃、突き、属性攻撃――――素早く分析して口の中で精霊の言葉を紡ぐ。
〈ワイズ〉は惜しまない。もっと、もっと威力がいる。
地面を蹴ってケルベロスが向かってくる。
私が溜めた力を解放しようとしたとき、魔法使いにイビルバットが群がるのが見えた。いけない!
「〈ワイルドハント〉!」
標的をケルベロスからイビルバットに変えて放つ。
斬撃が魔物を蹴散らしたとき、ケルベロスが大口を開けて私に飛びかかった。
ガキン! と牙と剣がぶつかる。
「……っ!!」
「ガオッ、グググッ!」
のしかかられて、巨大な牙が肉薄した。くっ、すごい力……! 防ぐのがやっとで身動きがとれない!
ケルベロスの左の頭が盛んに咆え、右の頭が遠吠えを始めた。その喉がボコボコと音をたて皮膚の下に灼熱の渦を巻く。火を吐く気だ!
「
早口に詠唱に入ったとき、ケルベロスの頭が不自然に横にまがったかと思うと、胴体ごと傾いた方向へ吹き飛んだ。
なにが起きたかわかったのは胴着を着た獣人が着地したときだ。
「脇が甘くなっているようだな!」
ケルベロスに飛び蹴りを食らわせた天狼門の師範ウルフが大きな口で笑い、魔物に追撃を加えた。筋張った腕をしならせ、ヌンチャクのような連打を食らわせる。
ケルベロスの頭の一つがなにかしようとしたけど、武闘家の三角の耳がピクリと動き、目にも止まらない速さで掌底を打ちこんだ。
「瘴気が高まりすぎた! 先に下がれ、その通路だ!」
ウルフがほうきのような尾で壁を指した。
漂う瘴気の向こうに、アーチ型に石を積んだ通路が見える。
「ありがとう!」
「ゆけ!」
私は通路へ走った。
体に刺さったトゲを引き抜いて〈ワイズ〉に意識を集中する。
「
癒しの光に痛みがやわらぐ。傷ついた部分がぴりっと痛むのは再生をはじめた証拠だ。
通路を抜けたところで武闘家と魔法使いを待とう。二人にも回復がいる。神官とシーフはどこにいるんだろう? 早く見つけて…………えっ?
私はたたらを踏んだ。
通路の先で魔物が蠢いている。それも一匹や二匹じゃない。
「…………うそでしょ」
この道を示したのはウルフだ。
安全だから教えてくれたんじゃないの? じゃあウルフにはめられ――
「………………」
剣を構え、魔物との衝突に備える。
落ち着いて。魔物だって移動する、私に運がなかっただけ。でも。
「ハンッ!」
剣を振るい、魔物を屠る。
誰を信じればいい?
誰が仲間で、誰が裏切り者? こんな状態でどうやって戦えと、どうしたら魔王に挑めるというの?
どうにか魔物を押し返したけど数が多すぎた。だめ、いったん退かないと!
「きゃああああああ!」
いきなり通路の先から声が響いた。
体がこわばった。
甲高い子どもの声。
正面に顔を戻すと、ほの暗い通路の向こうに巨大な人影が見えた。大きすぎる一つ目が底光りしている。
「ああ、女神様…………テンプス様」
どうしてこんなにも無慈悲な試練を課すのですか?
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