◆2-4 ウィル

 黒衣の少女が淡々と言う。


「試験の課題が〈脱出〉だとしても、偽物がまぎれているのは事実。私たちは誰一人身分を証明できない。結界で閉じこめられ逃げ場はなく、寝首を掻かれても何もできない」


 …………ですよね。


 もし、敵意を持つ者がまぎれてるとしたら。〈栄光の戦士〉を殺し、魔王復活の前に勢力を削ぐのが目的だとしたら。


「…………」

「…………」

「…………」


「じ、自己紹介しない?」


 ミアがひきった笑顔で両手を打った。


「名前とジョブ、出身地とか! 知らない者同士だから、あれこれ心配しちゃうんだよ。まずはおたがいを知りましょう!」

「ウム、いいですね」

「ですです!」

「そうだな、名前がわからないと不便だしな!」


 妙に明るく話しちゃうのは不安からじゃないよ、本当にまじで。


「じゃあ、あなたから!」


 ミアがびしっと魔法使いを指差した。


「私を疑っているの? つくづく浅ましい剣士。いいわ、教えてあげる」


 魔法使いは冷淡に言い放ち、バサッと漆黒のローブを翻した。


「我が名はケルキニディアス=ディシゼリシア。闇に呼応せしジレスの魂、オニキスとオブシディアンの血脈、〈深淵の監視者〉に身を捧げし孤高の大魔法使い!」


「おおー」


 ぱらぱらと拍手が起きた。なんか、名前だけで〝できる〟感がはんぱない。


「くうっ、〈深淵の監視者〉って優れた魔法使いしか入れない特殊機関じゃない。実績もだけど推薦状がないと門さえくぐれないのに、あの若さで?」


 ミアが悔しそうだ。想像以上に実力者らしい。

 ズシ、と地面を踏みしめる音がして、俺と魔法使いの間に立つ虎男が一歩前へ出た。


「次はワレですね。ロウ国、〈天狼門〉から参りました武闘家。名はウルフ」

「虎なのにウルフ?」


「〈ウルフ〉は世襲制、流派の始祖の名を継ぐならわし。狼の獣人以外で老師になったのはワレが初めてです」

「へー、そうなのか」


 ミニ神官がぴょんぴょんと跳ねた。


「はいはーい、ハル知ってますなのです! 〈天狼門〉は由緒正しき武闘派集団ですなのですよ。過去、四度も魔王討伐に随行する武闘家を輩出したなのです!」

「それはすごいな」


 虎男こと天狼門の武闘家ウルフは、グルル、と胸をふくらませた。嬉しいらしい。

 二メートルを超える巨体とモフモフの毛並みに隠しきれない分厚い筋肉。筋骨隆々ってこういうのをいうんだろう。

 他種族だけどこの男らしさには憧れるな。


「次は貴方」


 ケルキミ……ケルキニ、ケルキニミディアムだっけ?

 まあ、とにかくそんな名前の魔法使いがロッドで俺を指した。時計回りで自己紹介する流れになったらしい。


 フッ。やれやれ。


 主人公は最後に名乗るものだが順番じゃしかたない。


〈五人目〉の疑惑が出たときから心に決めていた。

 疑念がうずまき、不安を抱く今だからこそ全員をまとめる強い光が必要だ。疑う余地がなく、全幅の信頼を寄せられる人物。たとえそれで命が狙われることになったとしても。


 俺は大きく息を吸い、名乗りをあげた。


「ウィルだ。ホクトコ諸島、ユーテル村出身。グウィンの盗賊ギルド所属だ」


 しょぼい経歴だと思った? まあ見てろ。


 一秒、二秒、三秒――――

 たっぷり五秒あけて、ビシッと親指を自分に突きつける。



「俺こそ女神に選ばれた勇者だ!」

「ディアーナ=ミア、勇者よ」



 声が重なった。


 俺がもったいぶったから自己紹介が終わったと思ったらしい。なんて間が悪いんだ、せっかく決めたのに台無しじゃないか――――


「っておい!?」

「なに?」


「いま勇者って言わなかったか」

「言ったわ」


「なんで勇者が二人もいるんだよ?」

「そうね。勇者を騙るなんてどういうつもり?」


「俺がニセモノか!」

「ほかに誰がいるの?」


「あのなよく聞け、勇者っていうのは光の女神の加護を受けた者をいうんだ、唯一無二、世界にただ一人! 女神が目の前に降臨して『あなたは選ばれし勇者です、世界を救ってくださいませ!』てお願いされるわけ、それで召喚されて世界のために戦うわけだよ。ごっこ遊びじゃないんだから『私勇者になる!』でなれるもんじゃない!」


「あたり前でしょ。まさか私が根拠もなしに勇者を名乗っているとでも思ったの? 勇者たるあかしがあるんだから」


「あ、あかし!?」


 そんなものあったか?

 勇者になると女神の加護を受けるけど、そんなの〝運〟とおなじで人に提示できるものじゃない。


 ミアが不敵に笑った。


「その顔、なにも知らないみたいね」

「ぐ……っ」


 なんだその自信。まさか本当に俺以外の勇者が存在する? いや、勇者が複数出現するなんてありえない、女神に選ばれる人間が同時期に二人もいるはずがない。


「いい機会ね。私こそが勇者であると証明してあげる」


 ミアがしゃなりと歩み出た。

 全員から少し離れたところで足を止め、しなやかな腕を天にかざす。


「悪しき闇を打ち払い、世界を光で満たす魔法。勇者にのみ伝えられる、真の言葉」


 うそだろ、そんな言葉があるのか!?

 

 息を詰めて見守る中、ミアの黄金色の髪が淡く輝いて、ふわりと揺れた。清廉な風がまきおこり、あたりの穢れが払われる。


 そしてミアが高らかに叫んだ。



「へんにゃら こらっただんが ほげらああ ほげら!」



 しーーーーーーーーん



 しーーーーーーーーん


 しーーーーーーーーん



 なんだ、ただの頭が残念な子だったか。

 あー、びっくりした。


 俺は残念なミアから天使のように愛らしい神官少女にほほえみかけた。


「君は?」


「神なのです!」


 整理しよう。

 魔法使いと武闘家に勇者と勇者と神様、と。やったね、最強パーティ誕生だ。てアホか!


「おいそこの剣士! お前がおかしなこと言うからこんなちっちゃい子までおかしくなっちゃったよ!」

「そ、そういうあなたはどうなの、勇者だって証明できる?」


「天啓を受けた」

「はっ、いつどこで何時何分女神が何回微笑んだ日?」


「子どもか! 女神の加護は人にひけらかすようなもんじゃないんだよ。見せようったってできないし」

「ずいぶん都合のいいご加護ね。だいたい勇者が〈栄光の戦士〉の試験に参加するなんておかしいじゃない。勇者が自分の仲間になれるわけないでしょ」


「そのセリフ自分にも跳ね返るからね!? そっちこそさっきの呪文はなんだよ、いったいなにがしたいんだ!」

「あっ、あれは……っ! 想定外っていうか、なにか起こるはずだったの!」


 ミアの頬が赤くなる。意外だ、恥ずかしいっていう認識はあったのか。


「そんなに恥ずかしいならもっとまともな呪文考えればいいのに」

「うるさいわねっ、あの神聖な文言はね――――ん!?」


 急にミアが眉をひそめて俺に近づいた。


「なんだよ」

「んん!?」


 つま先立ちになって、ぐっと俺に顔を寄せる。うっわ、近……!


「な、なに……」

「あーっ!」


「だからなんだよ!」

「あなた、一年くらい前に指名手配されてたでしょ!」


「ファ!?」


「王都で泥棒が出たの、白昼堂々民家にあがりこんで物色するやつ!」


 ドキーッ! その話題は非常にまずい!


 自称神ことミニ神官が目をまんまるにした。


「ほんとうなのです?」

「ええ、間違いないわ!」


「待った、誤解だ! あれはご近所づきあいというか、世界とフレンドリーというか俺の故郷ではああだったからで」


「ジョブをいいなさい」

「え?」


「あなたのジョブをいいなさい」

「………………………………シーフです」


「ほらね!」

「だから違うんだって! シーフはたまたま! スキル覚える都合上!」


「人畜無害な顔してとんでもないわね! この泥棒、ヘンタイ! どこが勇者よ!」

「そうじゃなくて……あっ、そうだ見ろこれ、オリハルコンのナイフ! 王様が勇者のためにセレモニーを開いてくれて、メイデリアって貴族からもらったんだ。正真正銘、勇者だけに授けられる世界に一振りしかない特別なナイフだ」

「王様から盗んだの!?」

「なんでそうなるんだよ!」


 ドンドン、とケルキニデイズが杖を打ち鳴らした。


「そこまでよ、偽勇者ども」


「「違うっ!」」


「偽物同士、息もぴったり」


 吐き捨てるケルミニティックズにミアが頬をふくらませて抗議した。


「さっきの見てなかったの? 私は勇者だって証明したわ!」

「あの奇妙奇天烈ダサくて品性のないみょうちくりんな呪文のこと?」

「ダサッ!? ひひひ品性って……あ、あなたよくも由緒正しき勇者の言葉を!」


「ヌウ、話を進めませぬか」


 ウルフが困り顔でうなったが、ミアとケルキックイタイスはぎゃーぎゃー言い合ってそれどころじゃない。

 ていうか俺の誤解が微塵もとけてない! あーもう、なんなんだよこの状況!


「ギギャアアアアアアアアアアアアアア!」


 突如、大音量の悲鳴が響いた。


「きゃっ」

「グ……」

「っ、なんだ!?」


 耳をつんざく高音に、たまらず耳をふさぐ。

 視線を走らせると青白い焔の柱が見えた。


 白骨死体に刺さったたいまつが火炎放射器みたいに火を噴き上げている。声の出所は白骨死体だ。焔になぶられ、死体がエビ反りになって絶叫をあげている。

 

 白骨が叫ぶ異様な光景に驚く間もなく、パシイィン、と薄いガラスの砕ける音が響いた。


 突風が吹き抜け、目を開けていられない。

 


 次の瞬間、絶叫がぷつりと切れ、白骨死体の首がカクッと落ちた。



「結界が……消えた?」


 はっとしてまわりを見ると、岩壁が消えていた。

 エンブレムの錠前は音で解錠できたのか――じゃあ、あの絶叫が結界を解除する〝鍵〟だったってことか。


「これで結界で出られるのか……」

「それどころかダンジョンの外にだって行ける」


 魔法使いが言った。

 俺はごくりと息をのんだ。


「いまの絶叫が最終試験開始の合図ってわけか。悪趣味なスタート音だな」


 岩壁結界のせいでわからなかったけど、俺たちは開けた場所にいた。


 巨大な石柱や鍾乳石が闇に浮かび、湿った風がりょうりょうと渡る。

 うねるように広がった空間はどこか王宮の大広間を思わせた。そしてその奥、ダンジョンの深い闇の中に巨大な門がそびえている。


 リセット前はあの門しか進む道がないと思ったけど早とちりだったらしい。


 道は数多。ダンジョンの規模も不明。

 無限の可能性と試練が、眼前に広がっている。


 そのとき、ミアが歩き出した。


「おい、どこに行くんだ?」

「この中に〈五人目〉がいるんでしょ? 私はひとりでやらせてもらう」


「待った、まだ状況がわからないから――――おい、待てって!」


「ああいう愚か者が真っ先に死ぬのよ」

「おそろしいこというなっ」


 不吉なケルキミディクスに言い返すうちにもミアの背中が遠くなる。


「追いかけよう、ひとりじゃ危ない」

「私は好きにさせてもらう」

「ヌウ、ワレも」


「え……なに言ってるんだ?」

「なにを驚くの? 私たちは〈栄光の戦士〉候補者。蹴落とすことはあっても馴れあう仲じゃない」


「だけど〈五人目〉はどうする? 単独行動は命に関わるぞ」

「誰が〈五人目〉かわからない以上、一人でいるほうが安全。じつはあの女が〈五人目〉で、追ってきた人間を殺すのが狙いかもしれない」


 だからなんでちょっと嬉しそうなんだよこの魔法使いは。


 だめだ、話にならない。急がないとミアを見失う。

 どんなダンジョンかわからないし、〈五人目〉の問題もある。はっきりするまで固まって行動すべきだ。


「わかった、剣士は俺が連れ戻す。なにかあったらここで落ち合おう、それだけは覚えててくれ」


 職業柄、足には自信がある。俺はミアを追って大広間を出た。


 鉱石が淡く光り、通路を照らす。たいまつを持たずに走れるのはありがたい。

 

 ………………それにしても。


 少し不安になった。不安というか、違和感だ。



『おはよう! さあ、試験を始めるよ。制限時間内にダンジョンから脱出してね』



 結界は試験のために張られていた。だからスタートの合図で解除された。どうやって制限時間を計ってるか知らないけど、タイマーは動き出したはずだ。


 試験監督官のいない試験。


 詳細不明のダンジョンへの強制転移。


 脱出を目的としながら、ライバル同士の協力を妨害するようなメッセージ。


 ここまでのお膳立てされてるんだ、〈栄光の戦士〉を選ぶ最終試験で間違いない。

 だけど、



 本当にそうなのか?



 なにかが胸に引っかかった。

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