◆2-3 ウィル

 空気がいっきに重くなった。


 神官が声を震わせた。


「み、みんなさん、ほんとうに〈栄光の戦士〉の候補者なのです……?」

「確認不能。この場に後見人や推薦人がいないから誰も証明できない」


 バッサリだな、この魔法使い。


 ちびっ子が「ふぇっ」と涙目になってもガン無視で、魔法使いは俺たちに言った。


「一応訊くけど貴方たち、何者? 私は〈栄光の戦士〉になるべくして選ばれた候補者」


 帽子のつばを押し上げて黒髪を耳にかける。

 耳飾りがきらりと光った。銀のプレートに透かし彫りで、王冠と飛翔する鳥が描かれている。


 間違いない、最終候補者に贈られた証明証だ。


「あっ! ハ、ハルも持ってるなのですっ」


 ミニ神官がポケットを探った。同じデザインの銀プレートが出てきた。ついでに小さな手には油紙に包まれたキャラメルが二粒ときれいな葉っぱと小石。

 お子様らしい一面に、ちょっとなごむ。


「俺もだ」


 俺は腕に革ベルトで留めたプレートを見せた。


「私も候補者よ」

「ウム、ワレもです」


 剣士と虎男もそれぞれプレートをかざす。


 だよな、自己申告だとこうなるよ。


「これじゃ証明にならないな」

「そう? 少なくとも観光で来た人がうっかりまぎれていることはなくなった」

「こんなところに観光客は来ないだろ」


「理解できない? プレートはどれも本物に見える。つまり〈五人目〉は前々から準備をしていたということ。悪意を持ってまぎれている」

「だから決めつけるなって。運営側のミスかもしれないだろ?」

「フン、偶然に期待するなんて愚か」


 くっ、鼻で笑われた……!


「じゃあ、動機はなんだ? 試験にまぎれて〈五人目〉にどんな利益がある?」

「もちろん正規の候補者を排除するため」


「排除?」

「無能な人間ほど称号に目がくらむ。家名を高めるため、人気、政治利用。強欲な権力者は身内を勝たせるため、〈五人目〉を使ってライバルを蹴落とす」

「うっ…………ありそうだな」

「あるいは魔王の狂信者、魔族の勢力と通じた間者が皆殺しを目的としているのかも」


 魔法使いはうっとりした。


「これから始まるのは血と殺戮の宴。〈五人目〉の狙いは私たちの暗殺。そして〈栄光の戦士〉の座を勝ち取ったのち、勇者を殺害、人類を絶望のどん底に突き落とすのが狙いかも」


 なんでそんなに楽しそうなの? ドン引きだよ、この魔法使い怖いな! こいつも怖いけど、言ってることを否定できないところが一番怖い。


「も、もう一度状況を整理しないか? 〈五人目〉なんて、ただの誤解かもしれないだろ!」


 魔法使いが薄ら笑った。


「悪い知らせがある。魔法で探知したら、この一帯に生命体反応はなかった。結界の外は人間どころか魔物一匹生息しない」


 ミアが小首をかしげた。


「魔物がいないのは、いい知らせじゃない?」

「浅はかな剣士」

「なんですって?」


「魔物がいなければ私の実力が示せない。魔法の最大の魅力は広域攻撃。武力魔法陣の緻密で繊細な美しさは比類ない。剣を振るうしか能のない小娘には理解できないだろうけど」


 魔法使いの言葉にミアがむっとして言い返す。


「なっ、私はもう十七よ! あなたの方が年下に見えるけど!」

「愚か。私は闇に愛でられし破滅の使徒、今度の新月で五百十五回目の転生を迎える」

「ばっかみたい、ただの十五歳じゃない」

「馬鹿……?」


 無表情の魔法使いの髪が魔力でざわざわ動いた。


〈ワイズ〉が感応して、空中で、ぴりっ、とスパークする。おいおい、こんな状況でケンカするなよ。


「なあ、本当に俺たちだけなんだな? 結界の外に試験監督官はいないのか?」

「いないと説明した。魔法で調べたから絶対」


 魔法使いがトンッ、と杖で地面を打った。


 光の波紋が広がる。追跡トラックだ。

 波紋によって人や魔物などの生命体を探知する。範囲は術者の熟練度に比例するが、詠唱なしに光の波紋を出したことからして、かなりの使い手だ。


「ヌウ、監督官なしで、どのように試験の判定を?」


 獣人がうなった。


「だいたい〈栄光の戦士〉の最終候補がたった五人って、おかしくない? 二十人は残ってたはずなのに、どこに行ったの?」

「そこの剣士の脳みそは筋肉でできてるの?」

「なんですって?」


 かっちーん。そんな効果音が聞こえそうだ。

 魔法使いは鉄壁の無表情で応酬する。


「コカトリス並みに記憶力がないようだから教えてあげる。最終試験は〈絶望の塔〉、〈嘆きの水底〉、〈死者の都〉、〈煉獄〉の四カ所。かつて魔王が跋扈した地で同時に行われる。今頃、他の会場で最終候補がしのぎを削っている」

「えっ、そうなの?」


「最終試験の挑戦権を与えられたとき、近衛騎士団直々の説明を受けたはず。その記憶もなくした?」

「そ、そういえばそうねっ」


「痴女コカトリス」

「なんてこと言うのよ!?」


 ミアはむうっと頬をふくらませた。


「兵士の話に興味なかったから! でもこういうことでしょ、全部で四カ所ということは、各会場で勝利をおさめた者が〈栄光の戦士〉になる。きっと一人は補欠ね。勇者に仕えるのは伝統的に三人。私はここで勝利して、私の仲間と会うわ」


「私を倒せると? ザコの自意識過剰は身を滅ぼす」

「試してみましょうか?」


 ミアと魔法使いがにっこりしながら剣とロッドに手をかけた。


 初対面なのになんでそんなに仲が悪いんだよ。

 試験監督官はいないし、トラブル発生中だし、これ以上ゴタゴタはごめんだ。


「それくらいに。いがみ合ったら〈五人目〉の思うつぼだ。まずは脱出方法を考えよう」


 魔法使いは淡々と答えた。


「賛同できない。布の試験問題は候補者同士の殺し合いを求めている」

「まあ、ぱっと見、そう読めるな。けどブラフだよ」


 ミニ神官が目をぱちくりさせる。


「ブラフ?」

「ハッタリってこと。さも一人しか助からないみたいな内容だけど、俺たちをケンカさせる演出だ」

「どうして、言いきれるのです?」

「よく読んでみろ、要求されてるのはダンジョンからの脱出だろ? あとの部分は箇条書きで、どこにも候補者同士で殺し合えなんて書いてない」


「たしかに、なのです」

「後半の文章は候補者を試す仕掛けだよ。一人しか合格できないのに他人と協力できるか? てヤツだ」


 意地の悪い試験だよな。でもこれで謎が解ける。


「課題が〈脱出〉なら、俺たちが強制転移されたのも納得だよな。歩いてダンジョンに入ったら、順路を覚えられて試験にならない。四つあるうちのどこで試験を受けるか教えられなかったのもこのせいだな。事故みたいな演出で混乱させられたけど、勇者の仲間を決める試験で殺し合いなんてないよな」


 うんうん、とひとりうなずいてたら視線を感じた。

 ミアが驚いた顔で俺を見ていた。ていうか、虎男とミニ神官も。


「えーと……俺、変なこと言った?」

 

 ミアが感嘆の息をもらした。


「すごい、ウィルは頭がいいのね」

「え、そうか? ふつうだと思うけど」


「ううん、すごい。私たち悪いほうにばかり考えてた。いままでの試験は戦闘技能を見るトーナメントだったけど、最終試験で同じことするはずないよね。なんたって勇者の仲間を選ぶんだから」

「そうなのです、勇者様にお供するなら心根は正しくなければ、なのです!」


「ウム。勇者殿の来訪が告げられ、じきに一年。勇者殿は若く、かなりの実力者らしいと聞く。ワレらもそれに劣らぬ、素晴らしい武人でありたいですな」

「実力だけじゃないのですっ、女神が選ぶのは世界を治めるにふさわしい、器の大きなかた。強くて、やさしくて、絶対無敵にステキなかたなのです!」


 いやあー、あんまり褒めないでほしいな!

 へへ、こうやって目の前で評判聞くの、初めてだ。


 一年前、俺はこっちに召喚された。それが知れ渡ると世界が大騒ぎ。あっという間に王都に担ぎ出されて、町中の人に祝福された。

 初めての大都市、しかも王都だ。あのときは嬉しかったな。


 はしゃいで遊んで、買い食いしたり、観光したり、ちょっとだけ問題起こしたり。

 まあ、それもいい思い出だ。そのあとすぐに地獄の山ごもり修行が始まったからな……。


 魔王討伐に国を挙げて送り出したのに速攻棺桶で帰ったら国王様の沽券にかかわる。勇者である以上、その看板にふさわしい強さを、というわけだ。


 師匠は鬼みたいに厳しくて、容赦のない人だった。過酷な訓練に何度吐いて気を失ったことか。

 けど、その甲斐あっていまの俺がいる。


「自分の成長を確かめてこい」そういって師匠が〈栄光の戦士〉にエントリーしたのが、つい先月だ。

 世界中から腕に覚えのある戦士や魔法使いが集まるんだ。実力を試すのにもってこいだし、近い将来、生死を共にする仲間を知るのにも役立つだろうって。


「それで? 〈五人目〉のことはどうするつもり」


 なごみかけた空気を魔法使いが氷点下に戻した。

 でも、魔法使いのいうとおりだ。


 状況はなにも変わっていない。

 


 俺たちの中に、招かれざる者がいる。

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