第二章 To Load the Data[2回目]
◆2-1 ウィル
天上の光が俺を包む。
村の教会は木造の素朴な建物だった。
明かりとりの窓からやわらかな日光が射して、女神像が手にしたバラ色のオーブ――セーブポイントをきらきらと輝かせていた。
小鳥のさえずり。村の子どもたちの歓声。のどかでほのぼの。
新たなスタートを切るには、最高のロケーションだ。
教会に漂う香の匂いと新緑の香りを想像しながら光に身をゆだねる。溢れる光はバラ色のオーブへと集約され、最新のセーブ地点へと俺を誘った。
最初にリセットのペナルティが来た。前回爆発した時のダメージがガツンと全身を叩く。
くっそ痛てえ――――!
痛いなんてものじゃない。
痛みが記憶されてるせいで起こる現象だ。HPに影響はないけど、精神的に堪える。まあ、あのまま死ぬよりはいいけど。
肉体と精神がリンクしてロード完了。さて、行動開始だ。
ぱちっと目を開けると、地面があった。
あれ? 俺、なんで横になってるの?
ゴツゴツした地面。腐敗臭がする。頭が痛い。暗がりに誰か倒れてる。
え…………えっ? まさかここ。
嫌な予感がしたとき、ピシッと不穏な音が響いた。
IYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
もう条件反射だ。頭上も確認せず横に転がって回避。一瞬前までいたところに鍾乳石が激突して、砕けた礫がうつぶせた俺の体をビシビシ打つ。いててて! いまので最後か?
ふう、あぶなかっ―――――ハッ!?
たしかこのあと女の子が落下してきて、俺の腹に膝蹴りがめりこんで、そ、それから顔に……!
( ゚∀゚)o彡°おっぱい! おっぱい!
膝蹴りが腹にめりこむのは嫌だけどおっぱ……いやさすがに、だけどあれ事故だし故意じゃないし不可抗力だとするならもはや膝蹴りはご褒
「きゃあ!」
「ゴフッ!?」
ごちゃごちゃ考えてたら腰になんかめりこんだ。
女の子の膝だよね、うん、知ってる。
端から見たら俺の体は逆エビぞりして、くの字に曲がっていたに違いない。
痛すぎて声が出ない。息が詰まる。腰を痛めるとものすごいことになるって師匠が言ってたけど、これほどとはな……!
「うーん、いたた……え!? やだ、ごめんなさい!」
「い、いいから、おりて」
「ごめんなさい、治すからじっとしてて」
女の子の手からあたたかな光が俺に流れ、腰の痛みがやわらいでいく。うう、しみる。
「助かった……楽になったよ」
「ううん、私の不注意だから」
「いや、俺も考え事してて反応が遅れた」
まさかおっぱいにつられた結果だとは夢にも思わないだろう。決して話すまい。
それにしても、どうなってる?
セーブはどこでもできるわけじゃない。女神の恩寵を授かったバラ色のオーブだけがセーブポイントとして機能する。そんな重要アイテムがそのへんにゴロゴロと――――
「ん!?」
青白い炎のたいまつの下でキラリとなにか光った。
高速ほふく前進でたいまつに這い寄った。
俺の動きに女の子が小さく悲鳴をあげたけど、気にする余裕はない。
たいまつの土台、白骨死体のボロボロの服をめくると、ころんっ、とバラ色のオーブが転がった。
セ、セーブポイントォオオオオオオ!
いつセーブしたよ、記憶にないんだけど!? ていうか、なぜこんなところにセーブポイント!?
「あの……どうしたの?」
「いやなんでも!」
しゅぱっと立ち上がって「ははは」と乾いた笑いでごまかす。
「本当に大丈夫? 頭を打ってるんじゃ」
「いやいや大丈夫、しっかり治ってるよ」
とりつくろうと、女の子が歩み寄ってきた。
うぇ……っ!?
彼女は薄い肌着しか身につけてない。胸の谷間や体のラインがばっちり見える。
「ふーん」
俺のまわりを歩きながら、遠慮のない眼差しでチェックする。
「な、なんだよ?」
「武器はナイフね。一級品と、そこそこいいもの。二刀流なんだ。軽装だけどベルトにはいろんな道具がついてるのね。シーフってところ?」
アタリだ。
「あなた、名前は?」
名前? 俺の名前は――――痛っ!
ああ、またこの頭痛か。不快な痛みに耐え、どうにか自分の名前を記憶からすくいあげる。
「ウィルだ」
「ウィル? ……ねえ、どこかで会ってない? 町とか、どこか大きな集まりで」
「? ないと思うよ」
まあ、俺はさっきのリセット前に会ってるけど。
「そういう君はなんて名前だ?」
「ディアーナ=ミア。ミアでいいわ。あなたの恩人ってところね」
「………………どのへんが?」
「起こしてあげたでしょ」
「起こすって、俺の上に落ちたこと?」
「そうよ。よかったね、私のおかげで目が覚めて」
そうだね、打ち所が悪かったらうっかり永遠の眠りについてたよ、ありがとう!
んなわけねーよ。
「他に言うことないかな。鍾乳石落としてごめんなさいとか、ケガさせてすみませんとか」
「どうして?」
「人の腹、思い切り踏みつけたくせに」
「あなたが踏まれたくて私の足下に転がってきたんでしょ?」
「そんな難癖初めて言われたよ!?」
「ふふ、よかった。頭もしっかりしてるみたいだし、回復魔法は必要ないね」
あっ、俺の体調をみてたのか。
なにそれ、かわい――――わけがない、全然ない。あやうくかわいい顔にだまされるところだった。
そのとき、俺とミアの間にぬっと黒いとんがり帽子が割って入った。
「乳繰り合うなら他でやって」
「ち、ちち……!?」
ミアが頬を赤らめると、魔法使いは冷たく言った。
「イチャつくという意味」
「意味くらいわかるわよ! そうじゃなくて、いつ私がそんなこと!?」
「そんな裸同然の格好で話しこむ人間の気が知れない。貴女、痴女?」
「えっ? ――――ひゃあああ!」
ミアが悲鳴をあげて両腕で胸元を隠した。それから、キッ、と俺を睨み、平手打ちが炸裂する。
バチン!
「痛っ!?」
「ばか、エッチ!」
「なんでっ!?」
「服のこと気づいてたのに黙って見てたじゃない!」
あ、はい。ですね。
ミアは魔法使いにも噛みついた。
「だいたい装備外して天井調べろって言ったのあなたじゃない! 痴女なんてよくも言ってくれたわね!」
「装備を解いたほうが身軽という合理的判断、その後の痴女行為は私と無関係」
「あーっ! また痴女って言った!」
「あのあの、ちじょ、ってなんなのです?」
ミニ神官が澄んだ瞳で尋ねる。
ミアは口をぱくぱくさせて、泣きながら脱いだ装備のほうへ走り去った。
これ…………一周目よりマシ、か?
結局ビンタされたし、好感度もだださがりだ。展開を知ってても、うまくやるのって難しいな。
それに、問題はこれからだ。
『さあ、試験を始めるよ。制限時間内にダンジョンから脱出してね――』
肝心の試験は始まったばかりだ。
ミアが装備を整えたところで、現状についての話し合いが始まった。
全員〈栄光の戦士〉の最終候補者であること。試験会場に向かう途中、強制転移されたこと。俺が布のメッセージを見せ、これが最終試験だと全員の認識が一致する。
そして話題は岩壁結界のことに移った。結界が邪魔でダンジョン攻略どころじゃないかならな。
「この壁、壊せない?」
当然、そんな意見が出る。
ミアの言葉に魔法使いは首を横に振った。
「まず不可能。これはただの壁じゃない」
俺は深くうなずいた。
そのとおり、ただの壁じゃない。結界を壊そうなんてばかなこと考えちゃいけない。爆発するからな!
なあ、爆発する直前のこと覚えてるか? 地面に落ちたエンブレムが魔法陣に変化してただろ。
たぶん正しい方法以外で結界を破ると爆発するように設計されてるんだ。
「――魔法陣はここで収束する。おそらくこれは鍵穴。結界を解除する魔術コードか特殊アイテムを使用することで岩壁が崩れる。ただし、ここにそれらしいアイテムや魔術の手がかりはない。いまのところ結界を破る手立てはゼロ」
沈黙が広がった。
前回は俺が「壊そうぜ!」って言ったせいでひどい目に遭ったからな。
今回は別の手立てを――なんて思ってたら、ミアが剣を抜いた。
「本当に壊せないか、試してみない?」
っておい!
「壊すわけないだろ!!」
「? どうしたの急に?」
「い、いや、ほら…………っ、どんな仕掛けがあるかわからないだろ、それより結界を解くアイテムとか探そう。これは〈栄光の戦士〉を選ぶ最後の試験なんだから、結界を解く方法が必ず用意――――ん?」
そのとき、俺は視界の隅にあるものに気づいた。
「え…………なんだあれ?」
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