◆1-2 ウィル

 俺は手にした布をこっそり確かめた。


 麻の布に共通語で記されている。『制限時間』『死の瘴気』って…………軽いノリでぶっそうなこと書いてあるな。

 一番気になるのは最後の一文だ。


『じゃ、4人でなんとかするみょん!』


 みょんて。

 いや、注目したいのはそこじゃなくて、『4人で』のほうな。


 目の前には三人の少女。俺をいれてぴったり四人だ。

 魔法使い、神官、それから――――


 俺は金髪の少女を見た。


 たぶん十六、七。年は俺と同じくらいか。さっきの剣の構え方といい、着古したアーマーといい、剣士だろうな。


 すらりとした手足に均整のとれた体躯。右耳の上でひとつにまとめた柔らかな黄金色の髪が、肩や胸にかかって、雪みたいに白い肌が淡く輝いて見える。

 最初も思ったけど、きれいな子だ。


 って、見とれる場合じゃないな。


「なあ、これ見てくれないか。気がついたらこんなものを持たされてた」


 俺は三人に見えるよう布を広げた。



『おはよう!

 さあ、試験を始めるよ。制限時間内にダンジョンから脱出してね。


 ・出口はないからね。

 ・制限時間を過ぎたら魔物だらけになるぞ。

 ・一人が脱出したら死の瘴気が噴射されるよ。

 ・魔法も特殊技も自由に使っていいよ!

 ・生存者が一人になったら出口が開きます。

 

 じゃ、4人でなんとかするみょん!』



 剣士が顔をしかめた。


「〝試験を始める〟? じゃあ、これが〈栄光の戦士〉を選ぶ最終試験?」

「ああ。ここにいる人数は四人だし、課題が〈脱出〉なら、魔法で強制転移されたのも納得できる。歩いてダンジョンに入ったら、順路を覚えられて試験にならないからな」


 魔法使いが口を開いた。


「問題はそこの小規模結界。あれを破らないと先に進めない」

「えっ?」


 言われて初めて、周囲の異様さを知った。


 直径十メートルくらいか。たいまつが刺さった冒険者の亡骸を中心に、ぐるりと岩壁に囲まれている。

 通路もドアも穴ない。ゴツゴツとした壁面は天井まで達している。


「俺たち、閉じこめられてるのか?」

「そのとおり。天井付近は結界が薄いかと思って剣士に調べさせたけど無駄だった」


 あー、それでさっき俺の上に落ちてきたのか。


「しかも、その壁はただの岩じゃない」


 黒衣の少女がロッドを振ると、岩の壁が透きとおり、複雑な魔法陣が浮かびあがった。

 古代文字や図形が綴られ、生き物みたいに動く。


「見てのとおり。高度な魔法を編んで作られた魔術結界。物理攻撃無効、魔法無効、特殊スキル無効――あらゆる攻撃を無力化する。構造はかなり複雑、少なくとも神聖魔法と精霊魔法が組みこまれてる。誰が作ったにしろ、現代の魔法学や人間の域を超えている。これを解析できるのは三十年は先」


「三十年!? 結界を解く前に飢え死にしちゃう!」

「ハルたち、死んでしまうのです……?」

「いきなり大ピンチだな」


「魔法陣はここで収束する。おそらく鍵穴。対になる魔術式か特殊アイテムを使用することで結界を解くことが可能。ただし、この場にそれらしいアイテムや魔術の手がかりは存在しない。いまのところ私たちに結界を破る手立てはない」


 重苦しい沈黙が流れた。


 魔法で強制転移させられて密室に閉じこめられる。

 しかも脱出の手立てはない。


 まあ、こういう空気になるよな。


 俺は膝を打って立ち上がった。


「よし、さっさと壁を破って外に出るか」


 魔法使いが冷ややかに俺を見る。


「貴方、目を開けて寝てた? 結界は破れないと説明した」

「聞いてたよ。俺、シーフなんだ。鍵開けはシーフの専売特許。魔法はわからないけど、鍵穴があるなら俺の出番だろ?」


「高等な魔法を束ねる特殊な鍵が必要と話した。民家のドアを開けるのと訳が違う、スキルも熟練度も並みの人間に開けられる代物ではない」

「やってみる価値はあるよ」

「…………」


 そんなめちゃくちゃ疑ってます、って目で見るなよ。


「黙って立ってても始まらないだろ?」

「…………」


 魔法使いは鼻を鳴らした。好きにしろ、といわんばかりの顔で俺に場所を譲った。


 壁を調べると、胸くらいの高さにエンブレム型の錠前が埋めこまれていた。大きさはこぶし大、女神テンプスを表す三角形と蔦を組み合わせたデザインだ。


 鍵穴っていうから小さなものを想像したけど、エンブレム全体が錠前になってるらしい。見たことないタイプだな。

 まあ、触ったことない錠前やトラップに出くわすのは日常茶飯事だ。


 耳を澄ませると、エンブレムの内部から小さな振動を感じた。


 やってみるか。


 ピッキングツールを出して、目を閉じる。

 スキル〈鍵開け〉を発動――――


 いざ。


 目を開けると、俺の瞳に〈ワイズ〉が集中して赤紫の焔が散った。鍵穴の内部構造が頭の中に流れこんでくる。〈鍵開け〉の効果だ。


 複数の魔法が複雑に絡みあって流動してる。シリンダーやボルトに相当する魔術はなし。たりないスペルを書きこんで解錠するタイプでもなさそうだ。


 ピッキングツールで壁を軽く叩くと、キンッ、と硬質な音が響いた。

 その瞬間、エンブレム内部の振動音が変化した。

 あ、これ音で開けるタイプか。


 解錠方法がわかれば簡単だ。音は振動。フックピンで正しい音階を導き、舌笛で同じ音域を再現する。

 エンブレムが共振した。

 正しい音に近づけながら、念のためスキル〈トラップ解除〉と〈警戒〉を発動。

 解錠を始めて一分たらず。


 カチッ、と壁の内部で音がした。


「よし、開いた」

「えっ!」


 周囲から驚きの声があがるのと同時に、エンブレムから波状の光が放たれた。岩壁に光が走り、魔法陣のスペルをさらっていく。

 ぱらぱらと音をたてて、岩壁が崩れはじめた。


 魔法使いが目を丸くした。


「信じられない、あの複雑な結界が……」

「すごいのね、あなた」

「シーフさん、かっこいいのです!」


 やー、全員からほめられると照れるな。

 こそばゆいものを感じながら、俺はピッキングツールをナイフに持ち替えた。


「喜ぶのはまだ早いらしい」


 透きとおる岩壁の向こうから禍々しい風が吹いてくる。


 吐き気のもよおすような悪臭、屍肉の腐ったような臭い――――死の臭いだ。


 それは巨大な門から放たれていた。

 優に十数メートルはある不気味な門から、この世の悪と業を煮詰めたような、醜悪で陰惨な空気が漂う。


 候補者たちが息を詰めた。


「おぞましい気配」

「ですです……っ!」

「ここからが試験本番というわけね」


 岩壁は明るく燃えるエンブレムを残して、ほとんど透明になっていた。


「あと数秒で完全に結界が解けるぞ」


 あの門、かなりヤバいぞ。


 立ってるだけで冷や汗が吹き出してくる。

 ナイフを握る手に力をこめたとき、補助魔法の光が俺を包んだ。


「さっきは悪かった。貴方の実力は本物」


 魔法使いのロッドが〈ワイズ〉にきらめき、全員に〈魔法反射リフレクスィオン〉の効果が付加された。

 詠唱なしで五人一度にかけるとは…………この魔法使い、なかなかやるな。


 感心してると、今度は淡い輝きが俺の体を包んだ。オート回復とプロテクト効果の神聖魔法だ。


「みなさん、気を引きしめていきましょうなのです! 死んだらそれまで、女神であっても死人を生き返らせることはできないなのです」


 小さな神官が祈りの力で加護を授けてくれた。

 って、この子も一瞬で全員に加護をつけられるのか。


「こんな高等魔法を使いこなすなんて、すごいな」

「えへへーなのです」


「危ないから少し下がってるんだぞ」

「はいなのです!」


 神官が後方へ下がった。

 剣士が剣を抜き放ち、その後ろで魔法使いがロッドに赤々と炎をともす。

 俺は先陣に立ち、両手にナイフを構えた。

 

 もう結界が消える。


 禍々しい気配がうなりをあげ、空気中の〈ワイズ〉を震わせた。

 あの門の向こうには、なにがいるのだろう。絶望と死の臭い。怖気をふるうような感覚がまとわりつく。


 でも、負ける気がしない。

 どんな魔物が待ち構えていようと、こいつらとなら楽勝だ。


 エンブレムが焼き切れ、地面へ落ちた。


「行くぞ!」



 さあ、俺たちの戦いはこれからだ!



 結界の外へ踏み出した瞬間、カチッ、と靴底の下で音がした。


 カチッ?

 

 俺の体をめぐる〈ワイズ〉が強制的に吸い上げられるのを感じた。

 足元には焼き切れたはずのエンブレムが花開き、巨大な魔法陣へと展開している。


 えっ?


 カッ、と閃光が弾けた。



 一瞬の出来事だった。


 莫大なエネルギーが弾け、天地を揺るがす。

 百雷に空気は切り裂かれ、地鳴りが轟き、業火がブリニー式噴火のごとく噴き出して、ダンジョン上空に火砕流と噴煙をまき散らす。




 なんていうか、爆発した。

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