第一章 Let’s get started!

◆1-1 ウィル

『おはよう!

 さあ、試験を始めるよ。制限時間内にダンジョンから脱出してね。


 ・出口はないからね。

 ・制限時間を過ぎたら魔物だらけになるぞ。

 ・一人が脱出したら死の瘴気が噴射されるよ。

 ・魔法も特殊技も自由に使っていいよ!

 ・生存者が一人になったら出口が開きます。


 じゃ、4人でなんとかするみょん!』



     * * *



「痛っ……」


 頭がズキズキする。それに卵が腐ったような匂い。


 おえ……っ、なんだ、なにが起きた?


 薄闇の中に人が倒れてるのが見える。俺も横たわっているらしくて頬にゴツゴツした地面を感じた。


 どこだ、ここ。


 寝返りをうつと、巨大な牙が目に飛びこんできた。


 鍾乳石だ。

 鋭く尖った無数の石塊が、凶暴なモンスターのようにこっちを睨んでる。


 ぬらぬらした岩壁、湿った地面……生き物の匂いのしない空間をたいまつがほの青く照らしている。しかもたいまつは白骨化した冒険者の亡骸に突きたてられていた。


 …………なるほど、ヤバいところにいるのはわかった。


 その時、頭上で、ピシッ! と音がした。


 なんだ?

 ああ、鍾乳石に亀裂が入って落―――――て、はああああああ!?


 とっさに横に転がって回避。

 直後、俺がいた地点に鍾乳石が激突した。

 衝撃で巨大な石塊が爆ぜ、破片が四方に飛ぶ。礫がビシビシ俺の背中を叩く。


 いててて! 直撃したら間違いなく死んでたな。ふう、あぶなかっ――――


「きゃあ!」

「ゴフッ!?」


 俺の腹になにか直撃した。


 口から内臓が飛び出したと思った。衝撃で意識が遠のく。

 全身から力が抜けてふわふわした。いい香りがする。それに温かい。顔が柔らかいものに包まれて……


 ん、やらかい?

 

 重量のあるそれが顔から離れて、急に視界が明るくなった。


 最初に見えたのは乳白色の肌。

 ほっそりした首筋に乱れた黄金色の髪がかかっている。

 それから、鳶色の瞳とぶつかった。


 すごくきれいな女の子がびっくりした顔で俺を見つめた。


 三秒、四秒。呼吸を忘れて見つめ合う。

 次の瞬間、女の子が頬を真っ赤にして手を振り上げた。

 

 バチン!


「ばか!」

「痛って!!!?」


 女の子は胸元を押さえて、そそくさと離れた。


 めちゃくちゃ痛い、なんなんだ!?


 頬をさすりながら女の子を見た。

 武器どころかアーマーも装備してないじゃないか。ダンジョンで肌着って不用心だな…………ん?

 じゃあ、さっきの柔らかいのは? 手にはなにも持ってないし、あの弾力は――――あっ!?

 

 なにに顔をうずめていたかわかって、かあああっと顔が熱くなる。


「ご、ごめん……!」


 女の子がひからびたスライムでも見るみたいに俺を見た。

 ジト目のまま壁際に積んだ防具の山に手を伸ばす。


「わざとじゃない、不可抗力でっ! 人が落ちてくるなんて予測できないだろ、しかもぶつかって胸に顔をうずめるとか」

「~~~~っ」

「あたるっていうかクリティカルヒットだけど。やらかいけど女の子って結構重いとかそんなことぜんぜん考え」


「うるさい!」


 ヒュッと空を裂いて剣の切っ先が俺の鼻先をかすめた。


「それ以上いったら串刺しにするから! なしなし全部なし、記憶から抹消して!」

「わ、わかった……!」


 気迫に押されてこくこくうなずく。

 彼女は、フンッ、と鼻を鳴らして細身の剣を収めた。とりあえず危機は脱した――――なんて思ったのが甘かった。


「最低の回答」

「ですですっ!」


 いきなり声が増えた。

 ぎょっとして振り向くと、俺のうしろに少女が二人。


 一人は十五、六歳。とんがり帽子にロッド、魔術学院のブレザー制服に黒のローブを重ねている。腰に届く猫っ毛の髪は漆黒で、頭の先からつま先まで見事に真っ黒。

 間違いなく魔法使いだな。


 対照的に、隣の小さい子は真っ白だ。十歳にもなってないんじゃないか? 銀の髪はおかっぱで、フードのついた純白のコートを着ている。

 光の女神を信仰するテンプス教の神官だ。


 二人とはもちろん初対面。そして二人とも、最悪な俺の行動の目撃者でもある。

 

 ……………………………………………………気まずい。


 非常に気まずい、一人でも気まずいのに気まずさ三倍だ。しかも全員知らない人で、ここがどこかさえわからない。これ以上の危機が未だかつてあっただろうか、いいや、ない!


「…………えええと、ここはどこでしょうか」


 思わず敬語になった。

 これ以上悪印象は与えたくないけど、頬がひきつってひどい顔になってるのが自分でもわかる。


 魔法使いが冷たく言った。


「馬鹿なの。最終試験のことを忘れるなんて」

「試験?」

「〈栄光の戦士〉のことも忘れたようね」


 栄光の戦士?


 いきなり鋭い痛みが脳を刺した。


「痛……っ!?」


 視界が揺れる。耳鳴りがして、ドクドク脈打つ。なんだこの痛み……!

 痛みに耐えておぼろげなイメージをたどると、目の奥でバチッと火花が弾けた。


 そうだ……!


「最終試験! 俺、〈栄光の戦士〉の試験会場に向かう途中だったんだ! 小さい村を出て森に入って、それから…………なんでダンジョンにいるんだ?」


 試験会場に行く前はたしか……山奥で修行してたんだ。

「修行といえば山ごもり!」とか師匠の超個人的趣向のせいで、嵐の日も雪の日も、一年中、山の中。おかげでずいぶん強くなったけど、強くなりすぎてすぐにでも魔王を倒せるんじゃってくらいに――――あ。

 

 師匠、騎士団、王様、それから――――あああっ、そうだった!

 

 思い出した、俺の正体は!


「似た状況ね」


 声が響いた。

 俺の上に落ちた金髪少女だ。すっかり装備を整えている。


「私も試験会場へ向かっていたの。そのはずが、目を覚ましたら、ここにいた」

「私もって……じゃあ、君も〈栄光の戦士〉の候補者なのか?」

「そうよ。だけど、どうやってこんなダンジョンの奥に入ったのか……」


「転移魔法」


 魔法使いがぼそっと呟いた。抑揚のない声でやや早口に続ける。


「古い魔法、とても古くて複雑なもの、おそらく先の大戦で使われたもの。全員同じ魔法にからめとられ、強制転移した。長い年月で劣化した魔法は発動時にノイズを生み、試験会場に向かう私たちの意識を混濁させた」


 試験会場に向かう私たち、か。


「ということは、君も〈栄光の戦士〉の候補者なんだな」

「そのとおり」


「あのあの、〈栄光の戦士〉ってなんなのですか?」


 神官少女がぴょんぴょん跳ねて話に割って入った。

 俺は答えた。


「勇者の仲間のことだよ。女神テンプスに選ばれた勇者と一緒に魔王を討つ人。たしか、テンプス教だと呼び方が違ったはずだけど」

「あっ、〈御使いの守護者〉なのです。それならハルも立候補したなのです!」


「つまり君も最終試験に向かう途中だった?」

「はいなのです!」


 うわあ。全員〈栄光の戦士〉の候補者とか、できすぎだろ。


 俺と同じことを思ったのか、金髪の少女が呟いた。


「偶然〈栄光の戦士〉の候補者が集まったとは思えないよね。私たちは全員、最終試験に向かう途中だったんだから。……なにが始まるのかな」


 始まる?

 それは違う。



『おはよう! さあ、試験を始めるよ。制限時間内にダンジョンから脱出してね――』



 意味深なメッセージのつづられた布が俺の手にある。

 気を失っている間に握らされたこれが、この状況と無関係なわけがない。

 最終試験は始まるんじゃない、


 

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