第3話 マガイダー、神殿騎士になる

 「そして朝だ、ラヴィニア女史に朝飯を用立ててもらわねばならん」

 腹が減っては戦はできず、食う寝る所に住む所、生きて行くには色々物と金が要る。

 「日本円がこっちで使えたらいいんだが、手持ちがなくなれば終わる」

 確かめた財布の中身は、六千六百六十円と縁起が悪かった。

 泊めてもらった部屋を出て、神殿内の居間に向かう。


 ラヴィニア女史の暮らす神殿は、地球で言う所の小さめの教会に似た建物だった。

 外から横に回ると、神殿部分と民家部分が半々で繋がった形で建てられており敷地は広めだが大部分は墓地で墓地側にも八畳間ほどの小屋があり墓守小屋と納屋を兼ねていた。

 「おはようございます、福太郎様♪」

 居間では、ラヴィニア女史が二人分の朝食のパンとスープとサラダを並べていた。

 「ああ、おはよう。別に様は付けなくていい」

 彼女に挨拶をする。

 「朝ご飯ができましたので、ご一緒しましょう♪」

 彼女に勧められて向かい側の席に着く、食文化は地球と変わらないようだ。

 「命の糧に感謝を」

 ラヴィニア女史が手を組み祈りの言葉を述べたので、自分もそれを真似てみた。


 「あの、異世界には異世界の作法があるのでは?」

 ラヴィニアが俺に尋ねてくる。

 「あるにはあるが、あなたのやり方がここの流儀なら合わせるよ」

 郷に入れば郷に従えと言う、何も知らないのだから相手に合わせる事で世界について学ぶとしよう。

 

 「福太郎様は異世界の方なのに、この世界の事を大切にしてくれるのですね」

 ラヴィニアが笑顔で語りかけてくる。

 「それはまあ、あれだ! い、今の自分に飯を食わせてくれる所だからな!」

 彼女の笑顔が眩しくて目をそむけながら答える福太郎、男のツンデレである。

 「照れてらっしゃるのですか♪」

 福太郎に意地悪な笑みを浮かべるラヴィニア。

 

 福太郎にとってこっぱずかしい空気になる、誤魔化すように食事を勧める福太郎。

 「あなたは、善い方なのですね♪」

 ラヴィニアが優しく微笑む、その笑顔には後光が差していた。

 「勘弁してくれ、魅力的な女性の笑顔は弱いんだ」

 恥ずかしさに手で顔を覆う福太郎。


 福太郎の言葉に、ラヴィニアも照れていた。

 彼とラヴィニアの間に、絆のようなものが芽生え始めていた。

 「ああ、そうだ仕事の件だが冒険者や傭兵の組織はあるのか?」

 泊めた貰ったはいいが、いつまでもいられないし自分に出来る仕事と言えばやはり冒険者の類だろう。


 「え? ここを出て行ってしまわれるのですか!」

 福太郎から冒険者の話を聞いて驚くラヴィニア。

 「いや、当てはないが何時までもあなたの世話になるわけにはいかん」

 福太郎が語り出す、恩を売って宿を得たが一宿一飯で良いのではなかろうか? 

 困っていた女性に恩を着せるなどやはり不味いだろうと良心が疼き出したからだ。

 「お気になさらないで下さい、これもアックス様のお導きです♪」

 福太郎に微笑みかけるラヴィニア。


 「良いのか? 神官職が、得体のしれない男を連れ込むとは外聞が悪いだろ?」

 福太郎は不安になった。

 「お気になさらないで下さい、世間様には私が言い聞かせますので」

 福太郎を丸め込もうとするラヴィニア。

 「わかった、では冒険者の店的な場所を紹介して貰いたいのだが?」

 ラヴィニアが神職なら、口利きもどうにかなるのではと思い相談する。

 

 「冒険者ですか? それよりもアックス教の神殿騎士になりませんか?」

 ラヴィニアの答えは、福太郎の予想の斜め上を行っていた。

 「神殿騎士? 仰々しい名前だが、異世界人の俺がなれるのか?」

 神殿騎士、由緒正しそうな家柄の者がなりそうなどう考えても異世界から来た人間がなれそうにない仕事だった。

 「なれます、お任せください♪ そして、私達にお力添えをお願いいたします!」

 福太郎の言葉に頷き、ラヴィニアは彼に助力を請うた。


 「……わかった、神殿騎士になろう! そして、困っているなら事を話してくれ」

 自分の力になって欲しい、気になる魅力的な女性に頼まれたら断れない。

 福太郎は、ラヴィニアの要求に応じる事にした。

 

 後に、有徳の暗黒騎士マガイダー卿や黒の勇者マガイダーと呼ばれる伝説が始まる瞬間であった。


 後世の物語に、『勇者の誓い』と題されるエピソードである。


 「ありがとうございます、よろしくお願いいたします♪」

 ラヴィニアが福太郎の手を取り心から礼を言った。

 

 「お、おう! どんな仕事だろうと任せてくれ!」

 福太郎が、女性から喜ばれたのはこれが初めての事だった。

 

 朝食の片づけをしてから二人で礼拝の間へ向かう。


 礼拝の間は、右手に持った斧を振り上げ左手で赤子を抱く豊満な胸の美しい女神像が鎮座するだけのシンプルな部屋だった。

 「何と言うか、凄いご神体だな」

 美しさとおっかなさを女神像から感じた。

 「はい、死の安寧と生の慈愛の戦女神にして冥府の女王アックス様の神像です」

 ラヴィニアがアックス神像について語る。

 「それは色々と兼任し過ぎていないか?」

 

 この世界の人々は、この神に何を求めたんだろうか? と疑問に思った。

 「創造神様が最初に生み出された女神で三姉妹神の長女ですから」

 ラヴィニアが軽く解説する。

 「何と言うか、第一子を溺愛して色々と習い事をさせるみたいだな」

 創造神が何を考えているかは知らないが、与え過ぎじゃね?

 と言うのが福太郎の感想だった。


 「アックス様の他に、商売と賭博と芸能の女神マリーシャ様と武芸と職人と冒険の女神スジャータ様のがおられます」

 姉妹神も複数司っていた。

 「で、アックス教と冒険者の仲が微妙なのは信仰する神様の違いか?」

 ラヴィニアへ冒険者について聞いた時に感じた違和感を尋ねる。

 「はい、冒険者はスジャータ教が運営する冒険者組合の管轄でアックス教とは残念ながら仲が良くありません」

 ラヴィニアが語る。

 「何が仲違いの原因なんだ? 面倒な予感がするが」

 宗教関係のトラブルは面倒くさい、地球でもそれは変わらなかった。

 

 「アックス様は戦女神、スジャータ様は武芸と冒険の女神と司るものがぶつかり合う形になってしまっているのです」

 ラヴィニアの言葉に福太郎は考え始めた。

 

 戦の女神と武芸の女神、武芸を振るうのは戦場もであるからわからない事はない。

 「他にもあるんだろう? もしや、アックス教はモンスター退治なども行っていて冒険者組合と仕事が被るなどをしているのでは?」

 おそらくそれが正解だろうと思いついた事を口に出す福太郎。


 「はい、アックス教は求められれば無償でモンスター退治を行っておりその行為が冒険者組合の職分を侵害しているとスジャータ教から責められて」

 ラヴィニアが涙を流した。

 「アックス教が、モンスター退治を止めないなら冒険者組合はアックス教に一切の協力をしないとスジャータ教から布告されアックス教の総本山も対抗して冒険者の冠婚葬祭は一切執り行わないと報復し対立しております」

 ラヴィニアが語る内容は酷かった。

 

 「つまり、あの日あなたがあのトロールに襲われていたのは?」

 嫌な予感がしつつも聞いてみる福太郎。

 「ええ、冒険者を雇う事が出来ず私一人でトロールの討伐をする事に」

 ラヴィニアが話を終える。

 「なるほど。非常に面倒くさい事がわかった、俺はあなたの力になろう」

 福太郎は、自分がこの世界に来たのは彼女を救うためだったのかと思った。

 

 「ありがとうございます、それではアックス様の像に誓いを述べて下さい」

 ラヴィニアが神殿騎士になる儀式を説明する、儀式自体は簡単だが難儀な仕事が待っている予感がする福太郎だった。

 「魔王装甲マガイダーこと寿福太郎、アックス教の神殿騎士となる事を誓おう!」

 福太郎が誓いを叫ぶと、女神像から光のシャワーが降り注ぐ。


 暖かい光を浴びた福太郎は、優しい女性の声を聞いた。


 異世界から来た暗黒騎士よ汝を祝福します、我が信徒を救ってください。


 かくして、福太郎はアックス教の神殿騎士として生きていく事になった。

 

 

 

 

 



 

 


 

 

 


 


 

 

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