第7話 統率のとれた刺客

 シェリルとアンドロマリウスが刺客の半数以上を地に伏せると、彼らは戦う姿勢を見せていたにも関わらず、さっさと姿を消した。

 この場に残された刺客を問いただそうとしたが、彼らは既に仲間に始末されていた。

 きっとこのまま立ち去れば、ここの死体は街の人間に知られる事なく秘密裏に回収されてしまうのだろう。

「統率のとれた、組織的な団体だな」

「……お金のある人間に雇われたのね」

 組織の人間と分かるように刺青でもしていないか確認したが、それらしいものもない。こういう汚れた仕事を専門にしているのかもしれない。


「所でシェリル」

「何?」

 これ以上得られる情報がない事を悟ったアンドロマリウスが話題を変える。既に荷物を拾い上げ、宿へ戻る準備が終わっている。

「体術もできたのか」

 シェリルは澄まし顔で微笑むと、クロマを頭部に巻き付けた。

「最低限、自分の身は自分で守れなきゃ困るじゃない。

 それに、接近戦ができないと言った事はないけど?」

 彼女は宿へ向けて歩き出す。

「いや……短剣を所持しているから、それを使うかと思っていた」

「あれは本当に最終手段」

 そう言ってシェリルは手首を切るような動作をする。得意の血を使った術式で大技を使う為に手首を切る。つまり、接近戦の為ではない、そういう事だ。

「自分の血って、出せる量が限られているじゃない。

 だからそれで術式を作るのは最終手段よ」

「――やるなよ」

 ひらひらと振られるシェリルの手を掴み、アンドロマリウスはやや強めに言う。

 シェリルは思わず立ち止まる。彼女は力を加減して掴まれた手をちらりと見、そしてアンドロマリウスを見た。

「あなたが守ってくれている限り、しないわ」

 いつもよりやや深めに眉間にしわが刻まれている。互いに一物抱えた身であるにも関わらず、どうしてか真面目に心配してくるアンドロマリウスを、シェリルは笑った。

「言われなくともお前は守る」

 彼女の笑いをどうとったのか、よりアンドロマリウスの眉間のしわが深くなる。シェリルは心の中で、いつかはしわが取れなくなる日が来そうだと呟いた。

 だが、実際にはしわをからかう代わりに、違う言葉を紡ぐ。

「あなたの事、有意義に使わせて貰うわよ」

「前から勝手にしろと言っている」

 ふん、と鼻を鳴らし、シェリルを掴んでいた手を放す。そうして再び歩き始めてしまう。

 少しだけいつもよりも早く歩いていくアンドロマリウスを、早歩きで追うシェリルだった。




「えー!」

 シェリルが宿で落ち着いた頃、リリアンヌが帰ってきた。彼女に刺客が現れた事を伝えると、小さく叫び声を上げたのだ。

 買い物なんて止めて、一緒に帰れば良かったと嘆くリリアンヌをシェリルは宥める。

 そうして、アンドレアルフスに貰ったクロマが大活躍した事を伝えれば、興奮したように「流石です!」と息を荒くした。

 リリアンヌの騒ぎようにシェリルは心の中で距離をとる。事の顛末を伝えると、ようやく彼女は落ち着いた。

「……大きな組織、もしくは高貴な人間。

 どちらも考えられそうだけど」

「今は情報が少なすぎて、いまいちまとめられないわ」

 リリアンヌが小さくうなり、紙を取り出した。植物を漉いて作られた紙は比較的高価なものであるが、これは符に使うものよりも安価である。

 その為、シェリルも好んで持ち歩いている。

「ある意味で一番怪しいのが、殿下よね。

 でも、呼び寄せておいて襲ってくるというのは変だし」

 リリアンヌが殿下の名前を書く。上の方にクリサントスという名が丁寧な筆跡を残す。アンドレアルフスの教育がきちんと行き届いている証だ。

「シェリル様の能力を試す為、というには些か強行過ぎるし……」

 二人しかいないからか、珍しく様付けでシェリルを呼ぶ。旅を始めるにあたり、まず気を付けさせたのは言葉遣いだった。

 もちろん言葉遣いで素性がばれたり、不審がられるのを防ぐ為だ。大体は改善されたが、二人きりだとリリアンヌが判断すれば、こうして昔の言葉遣いに戻る時がある。

 本人は気付いていないらしい。シェリルは真剣に考え込んでいるリリアンヌを見ながら笑みをこぼした。

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