第6話 噂の被害者

 シェリルとアンドロマリウスは、街のはずれにある活気づいた市場から離れ、住宅や宿の並ぶ通りへと向かう。人通りも少なくなってきた頃、アンドロマリウスがシェリルに声をかけた。

「変な虫が尾いてきている」

 小さな声だったが、確かにシェリルの耳に届いた。

「一般人のいない路地裏で迎えよう」

「分かったわ」

 シェリルは目配せすると、アンドロマリウスの腕に自らの腕を絡ませる。彼女にぶつからないように荷物を移動させたアンドロマリウスは、絡まれた腕をやんわりと振り解いてシェリルの背に回した。

 腰を抱き寄せられるようになった彼女はそのまま気にした様子も見せず、アンドロマリウスに誘われるまま道を逸れていく。

 二人の動きに合わせ、いくつかの気配が移動する。普通ではない動きに、流石にシェリルも尾行に気が付いた。

 さっと辺りを視て人気のない事を確認したらしい、アンドロマリウスが歩みを止める。一瞬遅れてシェリルも立ち止まった。


「姿を見せたらどうだ」


 アンドロマリウスが声を張ると、物陰からぞろぞろと覆面の男達が現れた。何人かは建物の上にいるらしく、シェリルの視界には入らないが、とげとげしい視線を送ってきている。

「そこの女を渡して貰おう」

 覆面の一人がそう言った。どうやら“噂”を聞きつけた何かの団体のようだ。アンドロマリウスは荷を置き、無言で長剣を抜いた。否、の意思表示に覆面の男達は一様に短剣を手にする。

 シェリルはぎゅっとクロマを握りしめた。

「お前は逃げておけ」

「でも」

 アンドロマリウスの言葉にシェリルが反論しようとした時、彼らが動いた。

「っ!」

 アンドロマリウスが瞬時に反応し、剣を振る。近くにいるシェリルは咄嗟にしゃがみ込んだ。頭に手を当て、被っていたクロマをはぎ取る。

「逃げろっ」

 叱咤するように小さく鋭い声に、シェリルがクロマを抱きしめる。その顔は恐怖というよりは不満そうな顔だった。


 彼女の表情を気にしている暇もなく、アンドロマリウスは襲いかかる刃を弾き飛ばす。混戦になりそうな彼から離れるべく、シェリルが走り出した。

 最初から目当てはシェリルである。アンドロマリウスから離れ始めたシェリルを目指し、上から刺客が舞い降りる。

「くっ」

 アンドロマリウスが近くの男から短剣を奪い、足蹴にする。奪った短剣を投擲すれば、シェリルのすぐ後ろに着地していた男が勢いよく倒れた。

 だが、彼女の周りに現れたのは一人だけではない。掴みかかってきた男を剣の柄で殴り、彼女の元へ駆け寄ろうと振り返った。

 一歩だけ踏み出していたアンドロマリウスだったが、彼女に背を向けるように体の向きを戻してしまう。彼の視線の先には、数人の覆面と対等にやりあうシェリルの姿があったのだ。彼の心配は、全く無用だったのである。

 アンドロマリウスはシェリルの方に行く人間がこれ以上増えないよう、近くの敵を倒す事に集中すると決めた。


 シェリルはアンドレアルフスに貰ったクロマを巧みに使い、刺客を翻弄していた。クロマをぴんと伸ばし、力を込めるとほのかに光り始める。いつの間に濡れたのか、クロマから液体が大地へと垂れていく。

 濡れる事によって重みを増し、強度も増したクロマで相手を叩けばぴしゃりと良い音がする。シェリルが笑みを浮かべ凄んでみせると、短剣を構えた男が一人向かってきた。

 突きの形でシェリルへと襲いかかる男に、彼女はクロマを巻き付ける。一瞬の内に動きを止められた男が戸惑う。クロマをほどこうと彼が腕に力を込めようとするタイミングを見計らい、シェリルがクロマの両端を引っ張った。

 ねじるように強い力が加えられた男の腕が鈍い音を立てる。流石に短剣を持っていられなかったらしく、乾いた音を立てて短剣が落ちた。

 武装解除をさせたシェリルのクロマが改めて男へと襲いかかる。鞭のようにしなりながら男へと向かうクロマは、その身体へと当たろうとする直前に姿を変えた。

 クロマが凍ったのである。この前シェリルがクロマにしていた刺繍は水気を纏わせる術式だったのだ。思うがままにクロマの形態を変化させたシェリルは、そのままクロマを男に突き刺した。

 肩を貫通したクロマは、赤い血を滴らせながらもまだ硬度を保っている。

 シェリルは傷口の近くを足で踏みつけ、クロマを抜いて残りの男達と対峙した。

「この私が無防備な訳ないでしょう?」

 不適な笑みを見せるシェリルに、刺客は自分達の準備不足を呪うしかなかった。

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