第5話 悪魔達からの贈り物

「マリウス、どこに行ってたの?」

「少し買い物を」

 アンドレアルフスが買ってくれた荷物を手にシェリルが聞いた。心なしかシェリルの声が弾んでいる。彼女も楽しんでいたようである。彼女からその荷物を取り上げれば、シェリルはその中身について話し出す。

 その視線の先には、アンドレアルフスとリリアンヌが買い物をする姿があった。

「アンドレに買って貰ったのよ。

 このクロマに合わせられるように」

 シェリルがそう言って首に巻いているクロマをひらひらとさせた。淡い赤色に濃い赤が通された格子柄が、ちらちらとアンドロマリウスの視線を刺激する。

 受け取った時の態度とは大違いである。無理矢理渡されたから仕方なく身に付けているかのようであったが、今は進んで身に付けているように見える。

 五百年かけてシェリルとの関係を良くしてきたアンドロマリウスは、一月もかからずに距離を縮めてきたアンドレアルフスの器用さを羨んだ。


「白じゃなくて、淡く色の付いたものにしてもらったわ。

 普通の白地に模様だと、このクロマの色が反射して汚れたように見えやすいんですって」

「確かに黄ばんだような色に見える事もあるな」

 そう言うアンドロマリウスが身に付けている色は、本人曰く、汚れが目立ちにくい薄黄色である。正確に言えば、やや緑に近い黄色である。

 確かにこれなら砂の色にも似ている為、汚れは目立たないかもしれない。

 シェリルは前から、その色を”最初から薄汚れているようにも見える”と感じていたが、どうせ旅をしていれば同じ色になるのだ。気にしても意味がないと割り切る事にしている。

「本当に淡い色よ、浅い藍染なの」

「それは丁度良かった」

 アンドロマリウスの相づちに首を傾げ、シェリルが振り返る。丁度、彼が自分の荷から袋を取り出す所だった。シェリルの荷を左腕だけで持ち、空いている右手で小さめの袋を彼女に差し出した。

「これをやる」

「?」

 受け取って中身を出したシェリルが黙ったまま瞬きを繰り返している。彼女の手には、二種類の長紐があった。

 彼女の反応に気を良くしたアンドロマリウスが、紐について語り出す。

「特殊な紡ぎ方をした糸を切れにくく編み上げた紐だ。

 どの色を身に付けるか分からないから二種類選んでみた」

 シェリルはまじまじと二種類の紐を見る。赤と青である。赤は、クロマとはまた違った朱色に近い赤。青は何度も染め直されたものだろう深い藍色であった。

「試してみたが、本当に切れにくい。

 いざという時に色々な使い道ができる。

 ケルガを纏めるだけでなく、ヒマトにも使えるだろう」

「万能なのね」

 一色の紐で、模様も何もない。だが、一目でシェリルには手間のかかる品と分かった。値段もそこそこ良かったのではないだろうか。

 そこでふと疑問が湧く。このお金は一体どこからだろうか。シェリルとアンドロマリウスは金銭に関する取り決めをした事がない。今までそれで困るような事もなかった。

 おおよそシェリルの金はアンドロマリウスの金でもある。だが、その逆はよく分からない。シェリルは改めて、自分の生活にアンドロマリウスという存在がしっかりと組み込まれてしまっている事を実感する。

 これを買うお金の出元が何だったのか気になったシェリルであるが、それは一瞬だけだった。普段ほとんど使う事のない金である。こういう時に使わねば意味もない。

 それに、贈り物をされて嬉しくないわけがない。例え、自分の恋人を殺した悪魔からの贈り物であっても。

 いや、そんな悪魔だからこそ、シェリルには裏の感じられない実用的な贈り物が特別なものに思えたのかもしれない。

「ありがとう、早速後で試してみるわ」

 そう言って彼女は大切そうに二本の紐を袋へしまったのだった。


 買い物が終わりそうにないアンドレアルフスとリリアンヌの様子に、アンドロマリウスが先に宿へ戻ろうと提案してきた。シェリルもこの荷物で彼らを待ち続けるのも大変だし、とすぐに同意する。

 近しい悪魔同士、互いの位置はよく分かる。アンドロマリウスかアンドレアルフスのどちらかと共に行動さえしていれば、突然片方の目の前から居なくなっても問題はない。

 二人はもう一度、買い物を楽しむアンドレアルフスとリリアンヌを振り返り、賑やかな市場を去った。

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