第8章 砂漠の殿下 幕間
第1話 不機嫌なアンドロマリウス
「えっと、私何かした?」
「何の話だ?」
クアと店主に見送られながらライザの街を出て早数日、シェリル達は山越え中である。ライザの街を出た時からずっとアンドロマリウスの機嫌が悪い。
シェリルは前を行くアンドロマリウスとリリアンヌの二人を気にしながら、アンドレアルフスに小さく声をかけた。
「ここ数日マリウスが私を睨むのよ」
彼女は溜め息を吐いた。アンドレアルフスはそれを楽しそうに眺めている。
「俺とあんたがめちゃくちゃ仲良くしてるから嫉妬してるんだろ」
彼の言葉にシェリルは首を傾げ、頭を横に振った。
「信じらんねえか?
でもよ、明らかに前より親密になってると思うけどな」
「たったそれくらいで、数日間も睨まれなきゃならないの?」
疑うような眼差しでじっと見つめてくる彼女にアンドレアルフスは苦笑した。
アンドレアルフスからすれば、彼の不機嫌の原因は明らかだ。シェリルが身に纏っている魔力は、今までアンドロマリウスの魔力に少しだけロネヴェの残滓を感じるものだった。
だが、今はどうだろうか。アンドレアルフスと魔力の交流をした今、彼女の身に纏う魔力は更に複雑になっている。
魔界、あるいは天界に棲むものにとって、自らの魔力を纏わせるという事は一種のマーキングのようなものである。己の守護下にある事を主張する意味もある。
「多分、人間のシェリルには言っても分かんねえよ。
もうしばらくすればあいつも元に戻ると思うから、それまでの我慢だな」
人間の、それも女であるシェリルに、「あんたのにおいがいつもと違うから嫌がってる」と言う訳にもいかない。シェリルはかれこれ数百年も同じ魔力―におい―を身に纏っていたのだ。香水や香油とはまた意味が違う。
においが変わる――それは相手の心変わりを示唆する場合もある。
アンドレアルフスはにおいの変化で揉める奴を何度も見てきた。あれは醜悪で愚かな、美しくない争いだった。
アンドロマリウスもそうなのだろう。だからこそ、直接的には何も起きていないのだ。
だが、アンドロマリウスの気持ちが分からない訳ではない。悪魔であるアンドロマリウスにしてみれば、ずっと自分だけのものだったのに、少し目を離した隙に自分だけのものではなくなったのだ。
愛とか恨みとか、そういった感情とは別にある習性のような感覚は、元々そういった感覚を持たない人間には理解されないものである。
「そんなに気になるなら、走ってぶつかる勢いで抱きしめてきたらどうだ?」
「は?」
悪魔とは、案外単純なものである。多少においが変わっても行動で気持ちの比重をみせられれば、においなど些細な事であるように感じてしまう。
逆に天使などは精神の繋がりを重要とする為、行動で示されれば関係の悪化を招く原因となるが。
「私はアンドレよりもマリウスの方が好きなの、だからそんな風に私をみないで!
ってやればいいのさ。ほら、簡単だろ?」
両腕を大きく開いてから自分を抱きしめるようにがばりと閉じ、身をくねくねとさせながらアドバイスをする。そんなアンドレアルフスの姿を見せられたシェリルは、頬をひくひくとひきつらせた。
二人の会話が気になるのか、アンドロマリウスがこちらを振り返る。それに気付いたアンドレアルフスが眉を上げれば、アンドロマリウスは何とも言い難い、彼らしくない慌てた様子で正面に向き直った。
シェリルはアンドロマリウスの視線に気付かない。そんな彼女が、アンドレアルフスの顔芸に対して硬い声を出した。
「ふざけてる?」
「いや、結構真面目な話さ?」
アンドレアルフスを睨むように見つめていたシェリルは、しばらくすると目を伏せて呟いた。
「……もう少しだけ様子を見て、我慢できなくなったら試してみる」
彼はシェリルの言葉に口角を上げて応えたのだった。
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