第31話 真夜中の交流

「っ」

 目を見開いて驚くシェリルの首筋にアンドレアルフスは顔を埋めた。シェリルが体の向きを変えて向き合うと、彼は笑っていた。ロネヴェを思わせる笑みに、シェリルの動きが止まる。

「かわいい愛し子。

 今夜は一緒に眠っても良いかい?」

 遠まわしだが、魔力を分けて欲しいという意味だ。アンドロマリウスから力を譲ってもらったときのように、積極的な接触の方が短時間かつ大量に力を受け渡す事ができる。しかし、ただ触れているだけでも力の受け渡しは可能である。

 それを要求されたのだ。

 シェリルはまじまじと美しい顔を見つめた。彼の美しさはいつも通りだが、どこか疲れを感じさせる陰がある。シェリルは、戦いの最中でこの悪魔がいつの間にか力を消費してしまっていたのだと察した。


 今回の件では、無茶を要求していた自覚のあるシェリルは軽く頷く。この世界で自由に動き回る為の代償が力を行使しない事だ。彼はそれに随分拘っていた。

 それを破らせたのは誰でもない、シェリル自身である。何に力を使ったのか検討つかないが、シェリルの要望を叶える為に使われただろう事は彼女にも分かった。

「マリウスから貰って余ってるので良ければどうぞ」

「君は察しが良すぎるね」

 どうせこのまま無意識の内に流れ出てしまう力だ。シェリルはそれをアンドレアルフスに奪われようが、何も問題はない。それに先程から気になっている事を聞く良い材料にもなる。

 実の所、彼女にとって、彼の要求は丁度良かったのである。

「その代わり、質問に答えてよ」

 不思議そうな顔でぱちぱちと何度か瞬きをしたアンドレアルフスは、改めて笑みを作って頷いた。

 中途半端にベッドの上で横になっていた二人は、整え直して横になる。元々一人分のベッドな為、少々狭い。

 だがアンドレアルフスが腕枕をすることで、シェリルの快適さは確保されていた。


「内容にもよるけれど、どうぞ」

「元々その話し方なの?」

 アンドレアルフスはぽかんと口を開けた。もっと複雑な質問が来ると思っていたのだ。アンドロマリウスとロネヴェの成り立ちとか、そういった事を。

 まさか、質問が自分の事とは思っていなかった彼は、シェリルの「これは極秘だったりするの?」という言葉を聞いて我に返った。

「いや、まあ……私は元々魔界の貴族の生まれで、それでこういう話し方になっただけだよ。

 普段の話し方は、この話し方に圧力を感じる者が多すぎて会話にならないから。かな」

 意図して区別しているつもりのなかったアンドレアルフスには、答えにくい質問であった。

「元々悪魔の貴族って事は、そもそも強い悪魔って事よね。

 それでアンドレアルフスとアンドロマリウスの名持ちなら、そうとう凶悪な訳だわ」

 納得した様子で唸る彼女をアンドレアルフスがぎゅっと抱きしめる。

「凶悪、だなんて意地悪だね。

 君の言う通り、仕事が二倍で凶悪に忙しかったのは本当だけれど」

 彼がおどけてそう言うと、胸元からシェリルがくすくすと笑う声が漏れた。彼女の髪がアンドレアルフスの喉元をくすぐる。ふわりとアンドロマリウスのものではない、彼女の力が甘い香りとなって鼻腔をくすぐった。

 アンドレアルフスはシェリルの意思とは関係なく誘ってくる銀糸を梳いて宥めた。アンドロマリウスの努力のおかげでシェリルの髪はいつもさらさらと流れを作る。

 ロネヴェの時はここまで髪も綺麗じゃなかったのに流石は生真面目君、とアンドレアルフスは心の中でアンドロマリウスの努力を褒めた。

 この努力はシェリルに評価される時は来ないかもしれない。だが、いつか報われると良い。そんな事も考えながら。

「アンドレも大変だったのね」

「力ある者は、どの世界でも大変なのだよ。

 責任も大きいし、何よりちょっと力を使うだけで大事になる場合も多い」

 髪を撫で梳かれるのが心地よいのか、シェリルの声質はまろやかで、気の抜けたものになっていく。


 そろそろ頃合かと考えた彼はシェリルの額に口付け、少しだけ彼女に自らの魔力を分け与えた。

「さあ、シェリル。

 そろそろ眠った方が良い」

「ん……ありがとう、色々と」

 ゆるゆると笑みを作りながらも、シェリルの瞼は落ちていく。

「良かった。あなたに、嫌われてなくて……」

「嫌わないさ。

 おやすみシェリル」

 まだ何かを言おうとしていたのか、口を開こうとしているシェリルの言葉をアンドレアルフスはもう一度力を注いで封じる。

 今度こそシェリルは深い眠りについたらしく、口元の力が抜ける。少しだけ開いたままの唇を見て、彼は苦笑し目を閉じた。

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