第30話 シェリルの味方
「同郷の者かもしれないと思ったけど、それを気にしなかった」
シェリルはアンドレアルフスをしっかりと見つめ、はっきり言った。だが、その目には後悔の色が浮かんでいる。
「無駄死には嫌だから、問題があれば言うさ」
「あなた達はそうかもしれないけど、今回の件は私一人でも不可能ではなかった。
つまり、私はあなたを便利な道具として使ったのよ」
ふ、と目を逸らすシェリルの両手はしっかりと握りしめられていた。その拳は白く、力が込められているのが分かる。
いつもそうだ。シェリルがアンドレアルフスと話をする時、必ずどこかしらに力が入っているのだ。彼との会話で緊張しているかのように。
アンドレアルフスが少しだけシェリルの事を視ると、やはり彼女はただ後悔しているだけではない事が分かった。自分のした事がアンドレアルフスの目にかなったものではないと、彼を落胆させたと、そう考えているのだ。
普段使わないようにしている力だからか、じわりと頭に痛みが広がった。いや、これくらいでは痛みなど感じないはずだ。
アンドレアルフスが思案すると、一つだけ心当たりを見つけた。シェリルが扉を破壊した時の衝撃から彼女を守る為に、無意識の内に力を使ってしまったのだろう。
彼は心の中で、どうにもシェリルには甘くなってしまうなと苦笑した。
「シェリル、いつも試されているように感じているのか?」
アンドレアルフスが確認するように言うと、シェリルの瞳が小さく揺れた。その素直な反応に、彼の彼女を見つめる目が優しくなる。
「俺の持つ大きな力は、あんたにはそう影響するようだな」
右手をシェリルの肩へと伸ばし、そのままゆっくりと抱き寄せる。そのままアンドレアルフスに身を寄せた彼女は、唇をへの形にして不満そうに俯いた。
「試しているわけじゃないって?」
「認めてる奴を試し続けたって意味ないだろ。
――まあ、落ち込んでいるようだからご褒美に本音を教えてあげよう」
体重を預け、力を抜いたシェリルの頭をゆっくりと撫でる。何故か、シェリルはそれを心地よく感じていた。不思議な感覚になりながらもシェリルは彼の言葉を待つ。反発もなく素直なシェリルから、アンドロマリウスの力がふわりと漂ってくる。
彼女に気が付かれないように少しだけ魔力を掠め取ると、頭痛が和らいだ。
「シェリル、君は私が気に入っている唯一の女性だ。
ロネヴェに頼まれてから、ずっと長い時を見守ってきた」
「……」
シェリルは何も言わず、目を閉じた。やさしく撫で続ける感触が、ロネヴェとの昔を思い出させる。心地よく感じるのは、そのせいかもしれない。
「気に入っていなければ、ロネヴェが死んだ時点で君を見限り、殺していたはずだ。
アンドロマリウスの安全の為にもね」
言葉の内容の割には、柔らかな低音で話す彼に耳を傾け続ける。
「君の、努力家で負けん気が強い所。
優しさもあるが、強い義務感から召還術士として力をふるっている所。
召還術士としての厳しさの後に、君本来の優しさが訪れる所。
長い間見てきた私は、そんな君を好いている。
だから、こうして様子を見に来たのだよ」
優しく語りかけるアンドレアルフスの言葉に、シェリルの口元は自然とゆるんでいった。
「今回の事は、気に病む意味がない。
彼も気にしていないし、もちろん私も気にしていないのだからね」
アンドレアルフスはそう言うと、シェリルの後頭部に口付けた。
「私がいつも君を試すような物言いになってしまうのは、長年の癖のようなものだ。
マリウスにも、よく嫌がられてしまう」
困ったように言う彼に、シェリルが小さく笑う。大分気分が解れてきたようである。
「私は、君が信じようが信じまいが関係なく、ずっと君の味方だ。
今までも君に火の粉が飛ばないようにしてきた。
これからもずっとそうしていくつもりなのだ」
「……マリウスより」
「うん?」
ぽそりと話し始めたシェリルに、彼は首を傾げた。
「アンドレ、あなたの方がロネヴェに似てるわ」
「私も彼の面倒を見てはいたから、多少は似るかもしれないけれど」
不思議そうな声を出したアンドレアルフスに、シェリルがくすくすと笑い出す。
「マリウスと一緒に居ても、似ていると感じた事はないの。
でも、こうしてあなたと一緒に居ると似ているって感じる」
「弱ったな」
彼は苦笑しながらそう言うと、シェリルごとベッドに倒れ込んだ。
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