第29話 それぞれの悩み

 シェリル達が街へ戻ると、宿の主人が息子と共に入り口で待っていた。

「山の方で大きな音がしたので心配になりまして。

 いてもたってもいられず、ここで戻ってくるのを待っていたんです」

 おろおろとする店主に、クアが近付いていった。彼女の元気そうな姿に彼は膝をついて抱きしめた。

「無事で良かった!」

 やや疲れた表情のリリアンヌは、彼らの様子を見て微笑んだ。

「ディサレシアがここにやってくる原因になっていたものは取り除きました。

 もう安心してください」

 そう言ってシェリルがにっこりと笑ってみせれば、二人はやっと明るい表情になった。しっぽを振るミャクスを抱きしめたまま、笑顔を見せる。

「皆さん、たいそうお疲れでしょう。

 今夜はいっそう料理に腕を奮いますよ。

 でも、その前に私はこの事を皆に伝えなくては!」

 陽気な足取りで店主は街中へと歩き出した。




「んあー食った食った」

 ベッドに横になったアンドレアルフスが満足そうにごちる。アンドロマリウスはそれをちらりと横目で見て、鼻で笑う。

「大活躍だったからな?」

「あんたは役得だったろ?」

 珍しくよく動くと言われたアンドレアルフスは、逆にシェリルから口付けられた事を揶揄する。

「ふん」

 どこか、おもしろくなさそうな様子の彼に、アンドレアルフスが不思議そうな顔をする。

「何だよ。

 お前色のシェリルなんて、見れると思ってなかったろ?」

「……」

 アンドロマリウスの周りの空気が、どんよりとし始める。

「お、おい……?」

 鬱々とした雰囲気を醸し出したアンドロマリウスに、アンドレアルフスがやや引き気味に声を掛ける。


「漆黒に染まる姿を想像した事がないとは言わない」

「あ?」


 アンドロマリウスが素直に自分の欲を吐くとは思っていなかった。ぼそぼそと呟く悪魔は、思いの外アンドレアルフスを驚かせた。それ以上に、次の言葉が彼の壷にはまった。

「だが、あんなにあっさりと……」

 ふう、と溜め息を吐き、ゆるく頭を振った。ぴくぴくと表情筋が耐えられずに動くも、アンドレアルフスは耐えた。ここで笑い転げる訳にはいかない。

「あんた、真面目で正義感が強い奴なのは知ってたが、意外にロマンチストだったのな」

「――頭を冷やしてくる」

 アンドロマリウスは窓を開けてベランダへと出ると、翼を広げて羽ばたいた。それを腹筋に力を込め、最大限に動かない努力をして見送ったアンドレアルフスは彼の姿が見えなくなるやいなや、ベッドに伏せた。

 くふ、ふふふと耐えるように笑う。しばらく頭を埋めて笑っていた彼であったが、笑いの波が引くと立ち上がった。

 のんびりとした動作で開けっ放しの窓を閉め、部屋の外へと歩き出した。




 シェリルは窓に向かうようにベッドへ腰掛けていた。夜空を見上げるその瞳は力なく、ただぼう、と闇夜に浮かぶ月を映すだけであった。

 ふ、とその瞳に光が戻る。数回瞬きをした彼女は、夜空を見る視線はそのままに口を開いた。

「アンドレ、どうしたの?

 リリアンヌが目を覚ますわ」

 声を掛けられた美しい悪魔は、くすりと笑い、彼女の隣に腰掛けた。音が立つ事はなかったが、ゆっくりとシェリルの左側が沈み込む。

「寝てないみたいだったから、気になったんだ。

 あんたこそ、どうしたんだ」

 彼の質問に、特に興味もなさそうにシェリルは答えた。

「一人反省会よ」

「反省って、何を?

 あんた、別に失敗も何もしてないじゃないか」

 不思議そうな顔で彼女をのぞき込むと、ようやくシェリルはアンドレアルフスの方を向いた。彼女は、苦虫を噛みつぶしたような表情で笑う。

「考えなしに、当然のようにあなたたちに命令したわ。

 マリウスの力を問答無用で奪ったし……」

 マリウスは怒っていなかった?と続ける彼女に、むしろ彼は落ち込んでいると答えるわけにもいかず、アンドレアルフスは肩をすぼめて「いや?」と言うしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る