第13話 街を守り、ミャクスを探せ
「まず、この街に結界を張るわ」
シェリルは無地の符を取り出した。今回は正方形の符である。興味深そうに身を乗り出すアンドレアルフスにシェリルが視線を向ける。しかし、すぐに視線を外して針を指に刺した。赤い小さな玉ができる。
「どんな術式にするんだ?
あんたの事だ。普通の結界じゃないんだろ?」
血を吸い取らせたペン先を光らせながら、シェリルは簡潔に答えた。
「ディサレシアにだけ反応するようにするのよ」
正方形の符に円を描き、さらさらと迷う事なく式を書き込んでいく。その式を見ながらアンドレアルフスは笑った。その笑い声に槍の手入れを終え、長剣を手にしたアンドロマリウスが顔を上げた。
煩わしそうに彼を見やり、鼻を鳴らして作業に戻る。
「そうくるか!
ディサレシアを関知して攻撃を仕掛ける、と。
入れないようにはじくより、力の消費が抑えられるしな」
「ええ。
普通の結界とは全く違うけど、分類は結界のはずよ」
一枚描き上がると、同じ術式を新しい符に描き始める。その符を10枚ほど描き上げ、アンドレアルフスに渡した。
「町のはずれに設置すれば完了。
街の中に設置してもディサレシアにしか害を及ぼさないから安全に使えるし、固定の術式も組んであるから、誰でも設置できるの。
予備として、余分に作ったわ」
彼は受け取るとひらひらと符を揺らした。青黒い式がちらりと見える。リリアンヌはそこから一枚手に取り、しげしげと眺める。
彼女の様子を見やるアンドロマリウスは、長剣の手入れを終える所だった。それに気づいたリリアンヌはアンドロマリウスへ符を渡す。
「マリウス」
シェリルの声に、符をリリアンヌに返そうとしていたアンドロマリウスの動きが止まる。アンドレアルフスがリリアンヌの代わりに符を回収した。
「この宿のミャクスがどこに行ったか。か?」
「そう」
彼は手元の符がなくなったのを気にした様子もなく、数秒空を眺めて目を閉じた。
そのままミャクスの行方を伝える。
「山にいるようだ。
だが、生死は分からない」
シェリルが眉をひそめた。下唇を少し噛み、険しい表情の瞳には焦りが浮かんでいる。
だが、すぐにそれを諫めるかのように息を吐いた。目を閉じて一呼吸する。再び目を開いた時、その瞳にあった焦りは既に消えていた。
「アンドレ、リリアンヌ。
悪いんだけど、これから結界の符を配置してくれるかしら。
私はマリウスとミャクスの所に行ってくる」
鞄を手に取り立ち上がる彼女に、リリアンヌが慌てた。
「え、今真夜中よ?」
シェリルは振り返り、彼女を見下ろす。その瞳は真剣で熱が込められていたが、いたって冷静であった。リリアンヌは初めて見るその様子に口を閉じ、動きを止めた。
「手遅れになったら後悔する。
できる事はしたいの」
「違う、私が言いたいのは……っ!」
どうやらシェリルはリリアンヌが夜中なのに出かけるのかと言っていると勘違いしたようだ。焦ったリリアンヌの声は、思いのほか大きかった。彼女の剣幕にシェリルが止まる。
アンドロマリウスは口を挟む気はないらしい。黙って様子を見ている。アンドレアルフスの方はリリアンヌが言おうとした事を理解したようで、にやにやとしていた。
「その格好じゃだめ。
せめて、動き回っても大丈夫なように下だけでも!」
「……」
は、とシェリルが自身の格好を見下ろす。寝る前に明日の打ち合わせをしようと部屋に集まっていただけだった四人は、それぞれ適当な姿だった。
シェリルはケルガをさらっと巻き付けただけで、これから山まで行くとは普通では考えられないものである。
「あー……やっぱり、だめ?」
「はしたない!」
しばらくシェリルは自分の今の姿を眺めていたが、面倒そうにこの格好ではだめかと言うが、どんどんリリアンヌの声に棘が増える。
彼女の剣幕に負けたかのように上を見上げて深く息を吐いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます