第12話 ミャクスとライザ

「始まりは、ミャクスの虐殺だった」

 店主の話はこうだった。




 元々ミャクスはこの街の近くで大きな群をつくり、街の人間とはあまり関わる事もなく、生きていた。そんなミャクスであったが、突然何者かに虐殺されたのだ。

 ライザ側の山の主であり、一千もの数の群を成していたはずのミャクスは、一夜にして半数近くまで減ったのである。数が減ったミュクスは山を降りてきた。

 もしかしたら、ミャクス虐殺を成した者から逃げてきたのかもしれない。

 街周辺でミャクスをよく見かけるようになったが、ミャクスと人間との間に問題は何も起きなかった。むしろ、人間がミャクスに食事を分ける事や、その逆でミャクスが山から様々な物を取ってきてくれる事もあったくらいだ。

 一月もすれば、ミャクスとの生活にも慣れてくる。ミャクスと協力しながらの生活に慣れた人間は、彼らとの意志疎通を図るようになる。そうしている内に、蜂が現れたのだ。


 蜂はミャクスに襲いかかった。そして稀に人間にも襲いかかる事があった。突然燃やされる恐怖は計り知れない。当然、蜂が主に狙ってくるミャクスに対する心象は悪くなる。

 しかし蜂は怖い。見た目上、他の蜂と変わらないアレは、人間には判断つかない。街の人間は、ミャクスに個々で家を守ってくれないかと頼んだ。ミャクスも蜂には強い敵対心を持っているため、快諾してくれたという。

 どの蜂なのか分からない以上、蜂蜜は採れなくなった。ミャクスが番をしていてくれなければ恐ろしくてその家にはいられない。

 いざとなれば、彼らが戦ってくれるし、その間に逃げれば良いのだ。つまり、ミャクスはこの街にとって体の良い破格な傭兵だった。

 こんな状況が半年ほど前から続いているのである。




 店主の話を聞いてから口を開いたのはシェリルだった。

「……ミャクスがこの宿にいないのは、狙われたから?」

 店主は顔を強張らせた。恐怖というよりも、不安げな何かを思い出させたのか、力なく俯いてしまう。アンドレアルフスが、そんな店主に追い打ちをかけた。


「それとも――逃げたのかな」


 彼の言葉に、店主はぎゅっと目をつぶり、耐えるかのような表情へと変えた。力の込められた拳は小さく震えている。どうやら、いなくなったのは本当だが、襲われたというわけではないらしい。力が込められたのは悔しさからか、怒りからか。複雑な事情でもあるのかもしれない。

 そこでようやくシェリルは少年が何を探していたのか見当がついた。

 この宿を守っていたミャクスを探していたのだ。親がここまで気持ちを傾ける相手を、優しい少年は放っておけなかったのだ。

 おそらくあの大きな袋にはミャクスの為に用意したものが入っていて、見つけた暁にはそれを与えようとでも考えていたのだろう。

「ミャクスを家畜同然のように扱う家もあったが、我々は家族同然に過ごしていたんです」

「あなたの息子さん、一生懸命ミャクスを探してたわ。

 あなたも、ミャクスがただ逃げ出したわけじゃないって分かっているんでしょう?」

 シェリルは店主を刺激しないよう優しい声を努めながら、彼の拳に手を添える。片方の拳を包み込むようにすれば、少しずつ力が抜けていくのがシェリルにも分かった。

「そのミャクスの事、詳しく教えてくれるかしら。

 私、困ってる人を放っておけないわ」

 店主が顔を上げ、シェリルを見た。

「でもね」

 シェリルはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「急ぎの用が待ってるから、早く済ませたいの。

 協力してくれる?」




「すぐに片付くような簡単な事じゃなかったらどうすんだよ」

 そう言う割に、長剣の手入れをしているアンドレアルフスは楽しそうだ。その横でアンドロマリウスは無言のまま、槍をいじっている。

「大丈夫」

「力があるとはいえ、得体の知れない事に首を突っ込むのはさすがに……」

 リリアンヌが咎めるように言う。砂漠の移動とディサレシアと遭遇したのが堪えているようである。危険な事に自ら向かって行く気力はもう残っていないのだろう。

 リリアンヌは普通の女性だ。仕方のない事である。

「何とかしないと、ライザの街はなくなるわ。

 みんなが困るし……防げる力があるなら使わなきゃね」

 シェリルは彼女の態度をさして気にした様子もなく、軽い調子で答えたのだった。

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