第11話 蜂蜜のない街
少年は出入り口の近くにあった敷物の横にある箱から、大きな袋を取り出していた。その袋を背負うが、相当重たいのか、左右によろけてしまう。
その様子に戸惑うも、シェリルは声をかけようとはせず、そのままついて行く事にした。
少年は街を歩き回っていた。今、風呂上りのシェリルは殆ど何も持っていない。最低限の符を持っているくらいである。一瞬、彼女の脳裏に部屋に荷物を取りに戻るという選択肢が浮かんだ。だが、そのせいで少年を見失う事になるのは何となく嫌だった。
幸いな事に、少年は街から出るつもりはないようだ。何かを探しているらしく、きょろきょろと辺りを見回していた。
両親が忙しくしている間を忍んでいるからか、少しの間街中を探し回り、涙ぐみながら宿へと戻っていった。
アンドロマリウスが部屋の扉にもたれ掛かるようにして立っていた。その手には、風呂上りのまま出歩いてしまったシェリルを気にしてか、タオルが握られている。
確かに、髪の毛もろくに乾かさず、少年の後を追っていたのだった。動き回ったとはいえ、シェリルの長い髪がそれで乾くわけがない。
「シェリル、うろうろするな」
「ちょっと気になる事があって」
シェリルが肩をすくめて答えれば、アンドロマリウスは溜息を吐いた。
「あまり心配させてくれるな」
アンドロマリウスは組んでいた腕をほどき、扉から背を離す。そして手に持っていたタオルで、乾ききっていない髪の毛を拭き始めた。
シェリルはそんな彼の様子から、そんなに機嫌が悪い訳ではないらしいと肩の力を抜いた。
「悪かったわね、気をつけるわ。
二人はもう行っちゃった?」
仕上げとばかりに、アンドロマリウスが軽く風を起こして髪を乾燥させる。さらさらになったのを確認すると、彼女の頭をぽんと軽く撫でて食堂へと向きを変えた。
「ついさっきの話だ。
ちょうど食事が来るところだろう」
アンドロマリウスの後をついて食堂へと向かえば、彼の言う通り、食事が運ばれてくるところだった。
「シェリル、どこ行ってたの?」
リリアンヌの問いに、シェリルは困ったような笑顔で答えた。ここで話題にしてしまえば、少年にも後をつけていた事がばれてしまう。
この場は濁すしかなかった。
「そんな事より、早く食っちまおう。
話は部屋でゆっくりすればいいだろ。
なあ、シェリル?」
そう言いながらアンドレアルフスは含みを持った笑みを向ける。アンドレアルフスはシェリルが寄り道をしていた事などお見通しのようだ。
先に座っていた二人の向かい側に、シェリルとアンドロマリウスも席に着いた。テーブルには、山の幸が多く料理されていた。ここはキノコ類が多く採れるらしい。
柳茸のソテーやリゾットなどは、メルツィカのバターがよくきいていて、シェリル好みの味だった。
バターは持ち歩きができない為、旅路では貴重な味である。久々のバターに、シェリルだけではなく他の三人も舌鼓を打っていた。
「おっさん、ワインも頼んで良いか?」
アンドレアルフスは調子づいたのか、酒をあおり始めていた。それに続くようにシェリルも飲み始める。酸味と渋みが強いワインだった。つまみとして出されていたメルツィカのチーズで口直しする。
「店主さん、蜂蜜酒をお願いできるかしら?」
渋いワインが苦手なシェリルは、杯を飲み干して蜂蜜酒を頼む。しかし蜂蜜酒が出される事はなかった。
「お客さん、今この街では蜂蜜を使ったものはないんですよ」
そう店主に言われてしまったのである。申し訳なさそうな表情だった。しかし、嫌悪感などの負の感情が入り交じり、それを堪えたかのような声が四人に異常を伝えてくる。
「……何があったの?」
そう聞けば、店主は悔しそうに首を横に振った。
「お伝えしてどうにかなるなら言いますがね。
どうにもならない事を旅人さんに言っても……」
相当な事のようであった。シェリルがアンドロマリウスを見れば、彼が口を開いた。
「ライザに異変が起きているのは見れば分かる。
これでも俺達は砂漠でアホロテの群れを倒してきた。」
「なっ、アレの群れ!?」
店主の声が裏返る。人間のこういう反応が好きなのか、いつの間にかまた移動していたアンドレアルフスが、店主の耳元に囁いた。
「だから、あんたらの力になれないとは限らないぞっと」
そう言う彼の表情は、言っている言葉とは裏腹に悪魔そのものだった。
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