第10話 ミャクスが必要な街

 日の落ちる直前、山の麓にある街に着いた。久々の街である。砂漠を通る人間が必ず立ち寄る為か、辺鄙な土地であるわりに、にぎやかな街だ。

「俺、宿取ってくる」

 町に着いて早々、そう一言残してアンドレアルフスが姿を消した。リリアンヌは人間に囲まれ、一息ついているようだ。シェリルはヒポカを撫で、辺りを見回した。

 日が落ち始めているせいか、店じまいをしている店が多い。どことなく忙しない。家や宿を目指し、人々が急いているようにも見える。

 日が落ちてからも人々で賑わいを見せている街だと聞いていたシェリルには、この動きが不穏なものに感じられた。

「マリウス、何か感じる?」

「いや……」

 シェリルの固い声に、アンドロマリウスは街を軽く見通した。特に、危険そうな気配は見あたらない。強いて言うならば、砂漠を抜けてから見あたらなかったミャクスがいるくらいである。

「ミャクスが人間と同盟を組んでいる事以外は、何もない」

 どうやらこの街ではミャクスと共存しているらしい。家の番をするかのようにミャクスが座り込んでいる。半分以上の家に、彼らはいた。


「シェリル、何かあったの?」

 リリアンヌの心配そうな声がシェリルの背後から聞こえてきた。シェリルは振り返ると、困ったような表情で告げる。

「特には何も。

 ただ、私が聞いていた街と雰囲気が違うから気になって」

「宿、取れたぞ」

 アンドレアルフスの明るい声が割り込んできた。シェリルは話題を変えるチャンスとばかりに彼に駆け寄る。

「ヒポカも一緒で大丈夫?」

「もちろんだ。その方が楽だろ」




 宿の厩へヒポカを預け、歩いていると、ふいにアンドレアルフスが立ち止まった。隣を歩いていたシェリルが訝しげに見上げれば、彼はにやりと笑った。

「この宿、貸切状態なんだけど訳ありでね。ほら、ここにはミャクスがいないだろ?

 まあ……俺たちなら平気だろうし、面白そうだからここにしたのさ」

 確かに、他の宿の入り口には必ずミャクスがいたが、この宿にはいない。ミャクスが人間の街にいる事自体珍しいが、それだけでは済まされない何かがある。

 彼の言葉は、そうシェリルに感じさせるのには十分だった。

 だが、ミャクスが必要な街とは、聞いた事がない。シェリルには、嫌な予感はすれど、具体的に何が起きるのか予測がつかなかった。


「この街は初めてって聞いたが、困る事はなかったかい?」


 扉を開ければ、気さくそうな店主が待っていた。隣には少年がいる。十歳くらいだろうか、旅人を見る事なく、どこか悲しそうな表情をしていた。

「ライザには着いたばかりで、あの、特には……」

 シェリルは、むしろそちらこそ困っている事でもあるのではないかと言いかけたが、口には出さずに濁した。

 アンドレアルフスの様子からして、この街の状況に関係している可能性が高い。街について話をしていれば、彼らの事も聞けるだろう。

 アンドロマリウスは、入り口の近くにある敷物をじっと見つめている。少年の視線の先だった。リリアンヌはどことなく落ち着きのない様子で、視線をあちこちへと動かしている。

 アンドレアルフスに至っては、シェリルがどんな行動をするか楽しみにしているらしく、ずっと彼女を見ていた。

 シェリルは心の中で溜息を吐いた。どうやら、何にも巻き込まれずにカリスまで行くのは難しいようである。




 ひとまずは旅の汚れを洗い流してから、という事になった。つまり身綺麗にしてから夕食を、という話になったのである。共同浴場から出た時、シェリルの視界の端に少年が一瞬見えた。宿の出入り口へと向かったようである。夕食の支度を手伝っているかと言えば、そういった様子には見えない。

 むしろ、辺りを見回しながら移動する姿は、親の目を忍んで何かをしようとしているようにも見える。

 少年の様子を探るべく、シェリルは一歩踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る