第14話 真夜中のミャクス探し
真夜中のライザを一組の男女が彷徨っていた。女はきょろきょろと辺りを見回しながら、男は悠々と大股で、それぞれ手に紙を持っている。
その紙には何か複雑な模様の絵が青黒いインクで描かれていた。
「リリアンヌ、ここに一枚」
「はい」
リリアンヌと呼ばれた女は手にしていた紙を地面へと置き、指でぴんと紙をはじいた。数秒淡い光が浮かび上がる。浮かび上がった光が闇へ溶けたのを確認し、彼女は立ち上がった。
男はその様子に頷き、歩き始める。
「街の外からやってくるとは限らない。
残りのは街中に設置するぞ」
「分かりました」
二人はそれだけ言葉を交わすと闇へと紛れていった。
「もう良いだろう」
「ん」
アンドロマリウスが両手を差し出すと、シェリルは素直に近付いた。アンドロマリウスは彼女をさっと抱き上げ、翼を広げて羽ばたいた。
ライザの街を出て山の中へと入っていった二人は、少し離れた川へと向かっていった。そして山を覆う木々のないそこから飛び立ったのである。
人目を気にして翼を隠していたアンドロマリウスだったが、今はその必要はない。蜂に怯える街は厳重に戸締まりをしており、夜に外を見るような人間は誰一人としていないのだ。
いたとしても高く飛ばなければ木々が隠してくれる。問題はなかった。
彼は久々に広げた翼で川沿いに移動する。シェリルには風を切る音と彼の羽ばたく音しか聞こえなかった。久々の飛行は寒かった。
「山だからな、冷えるか」
「……大丈夫」
シェリルが腕の中で小さくなったのに気が付いたアンドロマリウスが声をかけるが、彼女は小さく頭を横に振る。
アンドロマリウスは内心で苦笑し、風が当たらないように壁を作る。透明だが効果のあるそれは、無意識の内に彼女が強ばらせていた筋肉をほぐした。
アンドロマリウスの気遣いに、シェリルは口を開こうとした。しかし彼女よりも早くアンドロマリウスが声を発した。
「もうすぐだ」
「――うん」
シェリルは言おうとしていた言葉を飲み込み、小さく返事をする。礼を言う時機を逃し、居心地悪く下を向く。視界にきらきらと反射する何かが入り込む。
泉である。
気が付けば、アンドロマリウスはその近くに降り立つ所だった。彼に降ろされ、大地に足を着けたシェリルはその泉を眺める。
月明かりに照らされ、青白い光を発していたのである。砂漠に囲まれた地に住んでいるシェリルは、山と馴染みがない。何百年ぶりにもなる美しい光景に目を見張った。
光景に飲まれ惚けているシェリルをそのままに、アンドロマリウスは辺りを見回す。
辺りに蜂の気配はなく、普通の森そのものである。ミャクスがこの近くにいるのだけは感じ取れる。しかしその場所が曖昧で、どうしてかアンドロマリウスでも分からない。
「あ」
シェリルの小さな呟きがアンドロマリウスの耳に届く。その声に振り返れば、シェリルが泉の方を指さしていた。
「マリウス、あれじゃない?」
水面から何かが飛び出している。よく見てみれば、それはミャクスの鼻にも見える。アンドロマリウスは躊躇いもなく泉へと身を沈めた。
もちろんミャクスの状態を確かめる為である。アンドロマリウスの腰丈ほどの水位の泉は、月の光を反射していて底が見えない。
慎重に足を進め、ミャクスの隣に立った。ミャクスと思わしき鼻のような浮島は動かない。アンドロマリウスは翼を大きく開いて高い位置で動きを止める。楽な姿勢ではないが、翼を濡らさない為であった。
少し腰を低くし、ミャクスへと手を伸ばす。彼の手が微かに触れたがまだ動かない。動かぬそれを、アンドロマリウスは思い切って抱き上げた。
水面からミャクスの頭が完全に出た瞬間、それは大きく痙攣するように跳ね上がったのだった。
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