第4話 アンドロマリウスの奉仕
座ったままでシェリルを横目に海綿で石鹸を泡立てた。
ふんわりと、石鹸の香りが漂う。今回アンドロマリウスが用意しておいたのは、柑橘系のオイルを使ったものだ。
爽やかなレモングラス、ベルガモットにさっぱりとしたペパーミントを混ぜ、少しだけイランイランの精油を加えて甘みを出した。と、前にシェリルが得意げに言っていたのを思い出す。
やる気のない人形のようなシェリルを最初に見てしまったアンドロマリウスにとって驚いた事だが、シェリルは色々と作る事が好きなようだった。人間としての生活を取り戻してからは、様々な物を作っていたのは確かだ。
彼女の作った石鹸には色々な香りや効能を付与させた物がたくさんある。その中でも、アンドロマリウスはさっぱりとした香りの物を選んだつもりだった。
しっかりと泡立ったのを見て、シェリルの手を取った。ぴくり、とシェリルの手に一瞬力が入ったのが分かった。アンドロマリウスは気にせず、持ち上がった腕へと泡を擦り付ける。
まずは指の間、そして手の甲。丁寧に、海綿で強く擦らないよう、力を入れずに腕を往復する。二の腕まで優しく擦ると、もう片方の腕も同じように洗い始めた。両腕が終わると、今度は肩へ。
甘くも爽やかな香りが辺りを包む。海綿は撫でるように首筋をなぞり、くるくると肩を磨いた。
「背中を」
アンドロマリウスが端的に言うと、シェリルはタオルを前にたぐり寄せるようにし、背中を見せた。すらりとした背中に、再度泡立てた海綿をあてる。
上から下へと、丁寧に擦る。腰まで来ると、アンドロマリウスは再び彼女の正面へ移動した。
正面の体幹部は後で本人に洗わせるとして、彼女の太股へと海綿をあてる。白く細い太腿は壊れそうにも見え、より慎重に力を調節した。彼女の足を自らの腿へと乗せ、まっすぐに伸びた脚を丁寧に洗う。
そして足の甲、足の裏、指先をしっかりと磨き上げた。
一度海綿を綺麗にすすぎ、改めて石鹸を泡立てる。泡のついた海綿を彼女に渡しながら、口を開いた。
「前は自分で洗えるだろう。
俺はその間に湯を汲んでおこう」
「ありがとう」
あらかじめ用意しておいた湯桶を手に取り、湯を汲んでおく。いくつかの湯桶を満たし、シェリルの近くに置いた。
しばらくは、ぱしゃぱしゃと湯をかける音だけが響いた。
「髪は向こうで洗うぞ」
「え?」
シェリルが振り返る。浴室に入ってから初めて彼女と目があったアンドロマリウスだが、その瞳には不快感が含まれていなかった。それを確認すると、彼女を抱き上げた。
「湯冷めするから、おまえは湯船につかればいい」
「え、ああ。うん」
アンドロマリウスが思うよりも、すんなりとシェリルは頷いた。ゆっくりと彼女を湯船に入れると、縁へと頭を預けた。
結い上げた髪を解く。長い髪を湯桶が受け止めた。湯をかけて彼女の髪を濡らすと、アンドロマリウスは立ち上がった。
浴場から脱衣室へと移動してすぐの棚から二本の瓶と一つの小瓶を取り出し、すぐに戻る。シェリルの側にひざまづくと、湯船の縁に瓶を置いた。
片方の瓶の中身を手にとる。やや濁り気味の、とろみの付いた液体は彼女お手製の液体石鹸だ。固形の石鹸よりも、髪を洗いやすいからと自作しているらしい。
作るのが難しいからと、こちらは香りの強い精油を混ぜずに作製していた。泡立てる前に精油を数滴混ぜるのがシェリル流の使い方だと言っていた。
彼女の言っていた通り、精油の入った小瓶を持ってきていたアンドロマリウスは、それを数滴石鹸へ加えた。泡立て始めると、先ほどの石鹸にも似た柑橘の香りが漂った。
泡立てた石鹸を、彼女の髪へ付けていく。泡をもみ込んでいくようにして髪に馴染まると、ゆっくりと洗い始めた。額の生え際の方から、生え際を沿うようにして耳の裏へと回り、うなじの辺りを揉んでいく。
もちろん爪を立てないように、細心の注意を払っていた。
本業ではないし、やり方もよく知っている訳ではない。それでもアンドロマリウスは丁寧に彼女の髪を洗った。生え際から髪を流すように頭頂部の方向へと揉んでいく。
くしゅくしゅと、泡と髪がぶつかりはじける音が小さく響いた。
親指をシェリルの小さな頭頂部へと固定し、残りの指先だけでしっかりと揉む。そして、今度は親指へと少しだけ力を込めながら、首筋の方へと向かわせた。
簡単に湯を流し、改めて液体石鹸を取り出し泡立てた。そして今度は髪を中心に洗い始めた。
一通り洗いあげて満足したアンドロマリウスは泡を流す。念入りに石鹸を洗い落とすと、今度はもう一つの瓶を手に取った。
軽く水を切ったシェリルの髪に、瓶の中身をかけていく。シェリル特製のアップルビネガーだ。しゃばしゃばとした液体は、ややつんとしたリンゴの香りを広げていった。
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